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第128話 再会

その日の夜は愛花が予約してくれていたサロンに行く日だった。

定時退社して真っ直ぐに向かうとこだわり抜いた外装がすごくオシャレでテンションが上がる。扉を開くとからんからんと鈴の音が響きわたり奥から男の人が出てきた。


「え?結菜ちゃん?」


「あ!由衣さん!!」


 あまりの偶然に驚いた。ここは由衣の経営するサロンだったのだ。


「愛花ちゃんのお友達の名前が結菜ちゃんだったからまさかな〜って思ってたけど俺達ご縁があるみたいだね」


 その時私は累が言っていたハーレムのことを思い出していた。こうやってサロンで二人きり。男前の人に言い寄られたらそれはお断りできないだろう、しかも他に女がいることを承知の上で付き合う恋愛上級者達を集めたハーレム。

(どこの国の王だろう)

 そんな失礼なことを考えながら私は断ることもできず鞄とスプリングコートを預けて案内された椅子に腰掛けた。


「わあ!」


 その椅子は今まで言ったどのサロンよりも座り心地がよかった。


「その椅子座り心地いでしょ?ここには3台椅子があってね、体の大きさによって椅子のサイズを変えているんだ。男のお客様も多いからね」


 私の感嘆の声を聞いて由衣が説明する。確かに体にしっくりくる大きさだった。それにふわふわなのに柔らかすぎず、体に馴染む本革の心地も気持ちいい。


「いい椅子ですね。人生史上一番座り心地がいいかもしれません」


 私が素直に感想を述べると唯は嬉しそうに微笑む。


「じゃあ今日はどんなカットにしますか?」


前回のこともあって即口説かれるのかと思っていたけれどそんなことはなく、由衣は髪型の本を持ってきて色々と説明してくれた。とりあえず肩につくくらいの長さにしてあとはおまかせにしてみようと思ったのでそうオーダーし、私はケープをつけてもらってから雑誌を読もうとして戸惑った。ここには雑誌もタブレットも置いてないのだ。


「ああ、うちは雑誌とか置かない主義なんだ。会話も施じゅつのうちだと思ってるから。結菜ちゃんがきてくれるなんて嬉しいな。実はね。俺、結菜ちゃんのこと本気で好きになってから、ハーレムの子達をどうしても可愛がれなくなって、ハーレムを解散したんだ。みんなサバサバした子達ばかりだからさっさと新しい彼氏を作って楽しくやってるみたいだからその点何も心配いらないよ」


「心配いらないというのは?」


「結菜ちゃんが俺の元にきても女の子から恨まれる心配はないってことだよ」


「…」


 私はあまりのことに絶句する。確か由衣は累の友達だったはず。なのに友人の彼女をあっさりと口説くことに嫌悪感を感じた。


「ごめんなさい。私は累しか好きになれないので。由衣さんとは客とサロン経営者の関係でいたいです」


 そう言うと由衣は全く気にしない様子で私の髪を救ってキスをした。


「ちょっと!誤解されるようなことはしないでください」


 私が本気で怒ると由衣はパッと手を離した。


「ごめん、髪があまりに綺麗だったから。手入れが行き届いていて綺麗だね。ちゃんとトリートメントのあと、オイルもつけているのかな?サラサラしていて枝毛もない」


 悪びれることなく由衣は今度は髪を救うとハサミを入れた。耳元でシャキシャキと切られてると少し恐怖を感じた。

(今怒らせたらハサミで切られる可能性もあるんだ)


 それに思い至った途端今の状況にゾッとした。


「あの…あとどれくらいで終わりますか?」


「ん〜あと一時間くらいかな。シャンプーの後にトリートメントもしたいし」


(あと一時間も!!)


 とりあえず怖くなってしまったので由衣が席を離れた隙に累にLIMEで助けを求めた。


「どこにLIMEしてたの?」


にこやかに由衣が戻ってきた。送信音でLIMEしたとバレたらしい。私は慌ててスマホを伏せると作り笑いをした。


「紹介してくれた友達に…いいサロンだねって」


「気に入ってもらえてよかったよ。ここさ。完全紹介制だからほんと結菜ちゃんに巡り会えたの運命だと思うんだよね。だからさ、俺は二番目でもいいから付き合ってくれたら嬉しいんだけどな」


「それは…私は一人しか愛せないので…」


「イヤイヤ。意外といけるよ。累には内緒でさ」


 そんなやりとりをしている最中に扉がどんどんと叩かれた。


「誰だろう?こんな時間に」


 由衣が扉を開けるとそこには累が立っていた。


「え!!何で累が?」


「結菜に呼ばれたんだよ。怖いから来てって。お前結菜に迫ったんだろ?俺の彼女に手を出すなって警告したよな?」


それを聞いて由衣は手をひらひらさせてあやまった。


「だって結菜ちゃん可愛いし〜。累独り占めずるいなあって」


 由衣は全く反省せずにヘラヘラ笑っていた。


「とりあえず入れば?俺まだカットの途中だから心配なら後ろから見張っててもいいからさ。仕上げさせてくれよ」


「わかった。可愛くしてくれ」


 そんなやりとりを見てわたしはようやく一息つけた。


 それからは由衣は無駄口を叩かずにひたすらカットに集中して、カットが終わるとシャンプーとトリートメントをしてからブローをして完成させてくれた。


「わ!素敵」


 思わず声が出るほど結衣のカットの腕はよかった。

それだけに残念だった。こんな怖いところには2度と来たくなかったので。


「うん!イメージ通り。結菜ちゃんはこうカットしたら可愛くなるなーって思って俺の理想系にしちゃった」


「悔しいけど可愛い」


 累は複雑そうに私を見て褒めてくれた。


「じゃあ今日はこれでおしまい。よかったらまた来てね」


 由衣は微笑んだけど、それすら恐ろしく感じて私は苦笑いしてやり過ごした。


 帰り道、累の運転する車の中で累にお礼を言った。


「累きてくれてありがとう。本当に怖かったから。ホッとしちゃった」


「知らずに行ったの?」


「うん。同僚のおすすめのお店だったんだ」


 すると累は頭を抱える。


「紹介制の店だから結菜は大丈夫だと安心してたけど、まさかそんなとこで繋がるとはなあ。次からは別の美容室にするんだよ?」


「はい…」


 由衣の腕は惜しいがあの恐怖に耐えられる自信はないので次はサロンを変えようと決意した。


 その後、累が運転する車は私が住むマンションの前に泊まり、キスをしてから別れた。


「週末楽しみにしているからね」


 累がそう言うと私も微笑む。


「私も楽しみだよ。おやすみなさい」


 もう一度口付けてから名残惜しそうにする累から離れて車を降りると見えなくなるまで見送って家に帰った。


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