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第130話 後輩指導

 世良君は終始顔色悪く私が声をかける度にビクついていて気の毒になったが、教えないわけにもいかないので、丁寧に仕事を教えていった。彼は飲み込みが早く、1を教えると10理解する優秀な人だったので研修はすぐに終わりそうだと思った。


「あの…泉川先輩はいつまで俺についていてくれるんでしょうか?」


 相変わらず顔色悪く聞いてきたので私は苦笑いしながら言った。


「世良君は物覚えも理解も早いし1週間くらいで独り立ちできるかな。その後も相談ならなんでも受けるから。あ。でも男の先輩の方が話しやすいなら頼りになりそうな人に話を通しておくけど」


「あ…いえ。困ったことがあったら泉川先輩に聞くので大丈夫です」


「そう?頼りにしてもらえて嬉しいよ。じゃあここだけど」


 そうして1週間は始まった。朝来ると世良君はいつも早く来ていて前日の予習をしているらしく、私も早出な方だけどいつも私より先に来てデスクに座って必死に資料を確認していた。


「おはよう。今朝も頑張ってるね」


 私は来るときコンビニに寄ってコーヒーを買って世良に差し入れした。もちろんハンカチで包んで渡した。世良はそれを見て決意したように言った。


「あの。泉川先輩なら、ハンカチいらないです。そのままでも。平気です」


「え?無理しなくていいよ?今は仕事に慣れる方を優先しよう。女性が苦手なのはおいおい慣れていけばいいから」


「…はい」


 少ししょんぼりした世良はコーヒーをゆっくり味わいながら飲んでいた。


 今日はデスクでの仕事だったので体がなるべく触れないように気をつけてソフトの使い方とか会社内の専門用語なんかを伝えていった。その一つ一つを真剣に聞いてメモを取ったりして理解しようといてくれるのが嬉しかった。

(女性苦手なのに真剣に仕事しようとしてくれるの嬉しいな。私も何か役に立てたらいいんだけど)


 そう思っていた時だった。

 気づくと世良は顔をすごく近づけてきてまじまじと私の顔を見つめていた。


 驚いて飛び退くと世良はハッとした顔をして「すみません」と謝った。


(驚いた。でもあんな至近距離大丈夫だったのかしら?)

 そっと世良を盗み見ると彼は普通の顔をしてマニュアルと睨めっこしていた。

 それから今日はリモート会議の仕方を勉強するためにリモート会議室を予約して二人で会話するということを行った。その際、会議室に二人きりだからきっときついだろうと私は一番奥の席に座ったのに世良はなぜか隣に座ってきた。


「?女の人と二人キツくないの?」


「あ…不思議なんですけど泉川さんだと大丈夫なんです。それより初めてなので色々聞きたいことがあるので…隣でいいですか?」


 世良は捨てられた子犬のような顔をして言うので、距離感が近すぎるのも仕方ないのかと納得して会議の手順を教えてあげた。


 お昼になると世良はなぜか私に向かって言ってきた。


「あの。泉川先輩が嫌じゃなかったら。ランチ一緒に行きませんか?」


「へ?私は別にいいけど、あ。愛花も一緒だけど大丈夫?」


「あ…そうですよね。でも大丈夫です」


 私が愛花を見ると愛花はOKと指で合図してくれた。

 それで三人連れだってランチに行くと世良は遠慮がちに私の隣に座った。



「なんか新しい子分ができたんだね結菜」


愛花が揶揄うように言うと私は苦笑した。


「ちょっと、子分はないでしょう、世良君は新人さんなんだからあまりからかったら可哀想だよ」


 私がそう言うと世良は愛花に対して緊張しているようで固まっていた。


「大丈夫?ご飯食べられそう?」


 心配して聞くと世良はコクリと頷く。


「仕事でも会食はありますし…大丈夫です」


 そう言ってメニュー表を見てフォーを注文していた。

(麺類なら食べやすいものね。世良君頑張れ)


 私は心の中で応援した。それくらいしかできないのがもどかしかったけど、料理が運ばれてきて世良がフォーを一口食べたら愛花が自分の料理を取り分けて世良にわたした。


「女性慣れの第一歩。これ食べれそう?無理なら戻してくれていいから」


 愛花も世良のことを心配してくれているようで、それは世良も感じたらしく頷く。


「ありがとうございます。佐々木先輩」


 そう言うと愛花が出してくれた料理を一口食べる。うっと一瞬吐き戻しそうになったがゆっくりと咀嚼してなんとか食べることができた。


「えらい!その努力家なとこいいね!応援しているよ」


 愛花はそう言うとメニュー表を世良に渡していった。


「ドリンクご馳走してあげるから選んで」


「え!?いいんですか?」


世良は愛花の好意におどろいたようだった。今まで彼にいったい何が起きてこうなってしまったのか気になったがあまり追及するのも悪いなと思って聞かなかった。


「佐々木先輩ありがございます。じゃあマンゴージュースがいいです」


「OK、すいません追加注文お願いします」


 店員さんに愛花が注文すると世良がポツポツと語り始めた。


「あの。自分のこと少し話してもいいですか?」


世良は何か決意したような表情で言った。


「世良君が言いたいことがあったらなんでも聞くよ。言いたくないことは無理に言わなくていいからね」


 そう言って私達は世良の話に耳を傾けた。


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