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第132話 セラピー

 帰宅したら私は早速、累に電話してもいいかLIMEでメッセージを送った。

 するとすぐに累から電話がかかってくる。


『どうしたの?電話で話すってことは大事な話だよね?』


 累はよくわかっている。本当は対面して話した方がいいけどお互いに忙しくしているのでその時間が取れないからやむなく電話で話したいと連絡したのだ。


「実はね、今、世良君ていう男の子の新人教育をやってるんだけど、色々あって今度セラピストに会いにいくのに付き添うことになったの」


『へ?セラピスト?色々端折りすぎてて意味がわからないよ?』


「うん…その子ね、過去の恋愛経験から女性恐怖症になっちゃったらしくて、仕事をする上で女性に接することができるようにセラピーに通って女性恐怖症を治したいんだって。でも一人で行くのが不安だから一緒に来て欲しいって頼まれちゃって」


『それで行くって言ったの?』


「うん…」


 ふうというため息とわずかな沈黙が耳に痛かった。きっと電話の向こうでは累は呆れてどう言えばいいか言葉を探しているのだろう。しばらくの後、累は言った。


『わかった。じゃあ俺も付き添いするよ。それが最大の譲歩だ』


 私は嬉しかった。累が頭ごなしに拒否するのではなく、譲歩してくれたことが。


「ありがとう!じゃあ世良君には私からLIMEしておくね!」


『LIME…?』


(しまった)


 気付いた頃には遅かった。累はなんでLIMEを交換したのか説明を求めたので、そこで良平の名前も出てきて累は大変ご立腹した。


「結菜は…君が困っている人を放って置けない性分なのはわかっていたけど、まさか良平さんにまでお願いするなんて…流石に…」


 累は黙ってしまった。私の愚行に呆れ返っているのだろう。

 確かに私は色々と失敗してしまったが、それもこれも仕事を円滑に進めるためにやむなくしたことだと累に言い募ったが、累は無言だった。

(怒ってる。すごく)


『結菜…』


 地の底から響くような声で累は話し始めた。


『君のいいところは僕も大好きだけど、それは女性限定にしてくれないかな?男ってバカな生き物だから優しくされると勘違いして好きになっちゃうかもしれないんだよ。結菜の優しさって男を勘違いさせる類のものだから…正直…こういうこと多すぎて呆れてる』


 胸がちくりと痛んだ。確かに私は考えなしで、思ったらすぐ行動しちゃう。深く考えないことがよくあるからそれだけ累に負担をかけてしまっていることが辛かった。


「累ごめんね。でもセラビーは…」


『それはもちろん行くよ。彼の女性不信問題は放っておけないしね。でもこれ以上こんなことが続くなら、会社を辞めて家庭に入って欲しいってお願いしないといけなくなる。結菜がそんなこと望んで無いことは知っているけど…不安なんだ。いつか結菜が誰か他の男に奪われるんじゃないかって』


「累…それは…累以外の人なんて好きになるわけない」


『先のことはわからないよ。俺だって過去に何しでかしたか忘れたわけじゃないだろ?それを全部許して付き合ってくれてる結菜には感謝があるけどそれ以上に怖いんだよ…良平さんだって…本当なら…』



 累は押し黙る。

 私も沈黙してしまい、二人の間に気まずい空気が流れた。


「累…私が考えなしでいつも傷つけてばかりでごめんね。でも信じて。私が好きなのは累だけなの。累以外いらない」


『本当?じゃあ今週末から俺の家に住むこともその後輩にちゃんと言っておいてくれる?』


「うん。それはさっきちゃんと言ったよ。こんなタイミングだけど、週末楽しみにしてる」


『よかった。それが聞けて少しホッとした。荷物が増えるようだったら軽トラ借りて行くけどどうする?俺の車でも積めそう?』


「うん。とりあえず必要なものしか持っていかないから」


『そっか。じゃあ結菜は。これ以上結菜のことを好きになる男の人が現れないように祈っておくよ』


「ふふ。そんなことそうそう怒らないよ」


『自覚ないのがタチが悪いんだよ。とにかく週末楽しみにしてる』


「わかった。おやすみなさい」


『おやすみ。結菜』


 通話が終わって私はほっと息を吐く。

 やっぱり怒らせてしまった。当たり前だけど。

 だって自分が累の立場だったらきっと気を揉むだろうから。


世良にセラピーは累も同伴してもいいか聞くと、しばらく経ってから大丈夫と連絡が来た。まるで両親に連れられた子供みたいですね。と少し自嘲気味な回答だったから悪いことをしたと思ったがもう変えられない。


「なんで私なんかを好きになってくれるんだろう」


今まで生きてきて、こんなことなかったから戸惑ってばかりだった。 

見た目もパッとしないし、特に特徴もないのに。

 だけど累と付き合い始めた頃から急にモテ期がやってきてしまい、結果色々と累にも心配をかけた。傷つけた人もいたし、寂しい思いをすることもあった。それでもわたしの心は累だけを求めていた。


(私が好きなのは累だけ。これは絶対に変わらない。いつまでも。ずっと)

 スマホで二人で撮った写真を見る。累は優しく微笑んでいて、私も幸せそうに笑っている。こんな表情ができるのはきっと累の隣だからだろう。


「累…大好き」


 私は写真の累にそう呟いた。



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