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第134話 子犬のような

「まるで子犬みたいだな」


 ずっと私の後をついて歩く世良を見て課長が微笑ましそうにそう言った。


「子犬…ですか。あはは」


 私は苦笑いして後ろで尻尾がついていたらぶんぶん振り回しているだろう世良に目を向けた。

 彼は相変わらず私を慕ってくれているようだが、他の女性社員が話しかけると固まってしまい、うまく喋れずにいた。そのせいで世良を狙う女性社員から私のことを悪く言う人間まで現れて辟易していた。


「世良君。慕ってもらえるのは嬉しいけど私は彼氏もいる身だから適度な距離を保ってほしいの。あと、他の女性社員を無碍に扱わないで。そのせいで私は色々とよくない噂を立てられていて正直困っているの」


 私は真実を述べると世良はしゅんと落ち込む。


「すみません。泉川さんを困らせたくはないのですが…俺は泉川さんが好きなんです。こんなに人を好きになってしまったことがなくて、泉川さんに彼氏がいるのは知っているのですが、諦めきれないんです」


 とうとう告白されてしまった。その言葉を聞かないうちはただの思い過ごしでやり過ごせたがはっきりと口に出されてしまったら、もうそうはいかない。


「世良君。悪いけどその気持ちに応えることはできないよ。私は彼氏一筋だから。他の人じゃだめなの。彼氏だけが私が愛する人なの」


 好きだけじゃなく愛しているとはっきり伝えると、世良は傷ついた顔をした。それでも世良は諦めてくれない。


「泉川さんが彼氏さんを愛していても俺が一方的に思い続けるのは自由ですよね。俺はこの先もずっと泉川さんのことが好きです。俺だって泉川さん以外いらないんです」


 真剣にそう言う世良の瞳は熱く燃える炎のようだった。私はその情熱に目を背ける。


「世良君の気持ちはわかった、でも、他の女性社員ともちゃんと会話できるようにセラピー頑張ってね。女性医師にしたんだよね?」


「はい。女性不信ということを伝えたら女性医師がついてくれることになりました」


 それを聞いてホッとした。私以外の女性に話を聞いてもらったらきっと今の恋心がただの勘違いだと思ってくれるかもしれないと思ったから。今世良が私に固執するのは私が唯一喋れる女性だからだろうと思っていた。

 他にも喋れる女性が出てきたらきっとそっちに恋してくれるだろうと思ったから、今度のセラピーには期待していた。


 そうして過ごしているうち、ようやく待ちに待った週末が来た。

 私は荷物を再度チェックして累の家に持っていくものを玄関まで運んだ。その時インターフォンが鳴って出るとそこには累が立っていた。


「今開けるね」


 累には合鍵を渡してあるがいつもインターフォンを押して入ってくる。余計な不安を与えたくないかららしいけれど、そんなに気を遣わなくてもいいのにといつも微笑ましい気持ちになる。累が私を気遣ってくれることが嬉しいのだ。


「おはよう結菜。荷物は子でだけ?」


 私は一番大きなキャリーバッグとダンボール2箱しか用意していなかったので、荷物の少なさに累は驚いていた。


「うん。当分必要な洋服とかしか入ってないから。本とかはまた今度余裕がある時でいいかなって思って入れてないの」


「そっか。遠慮しなくてもいいのに。まあ。俺も本たくさん持ってるから大丈夫か」


 そう言いながらダンボールを2段重ねて持つと私にはキャリーケースだけ持ってくれるよう言って車に向かった。


「重くない?一応服とかだけしか入ってないけど」


「こっちは全然重くないよ。でもキャリーケースにはパソコンとか入ってるだろ?そっちの方がおもたそうだね」


「ふふ。車輪がついてるから平気」


 私はウキウキが止まらなかった。ようやく累とまた一緒に暮らせることが嬉しくて、荷物を車に積み込んでもらうと、私は車の助手席に座ってシートベルトを閉めた。


「軽くお茶して帰る?昼飯は俺が作るからどこかで甘いもの食べようか」


「賛成!じゃあ星座珈琲店のふわふわパンケーキ食べたいな」


「いいね。駐車場もあるし。そこにしようか」


 星座珈琲店は2人のお気に入りのお店だった。車で行きやすいし、パンケーキがとにかく美味しいのだ。ネットで調べると今はベリーのパンケーキが期間限定で発売しているらしかった。


「また2種類頼んでシェアしよっか」


 私がそう言うと累はしばらく考えて言った。


「2種じゃ足りないから4種頼んであげるから、結菜は少しずつつまむといいよ」


「贅沢!いろんな味が食べれるなんて嬉しいな」


 そう言って2人笑い合った。お店に着くと落ち着いたソファ席に通される。ここは内装も凝っていて、ソファも革張りの座り心地の良いのがポイントが高かった。

 メニューはホームページで決めていたので、案内された店員さんに注文すると先に運ばれてきたアイスコーヒーを飲む。程よい苦味と芳醇なかおりが口の中に広がる。


「美味しい。やっぱりここはパンケーキだけじゃなくてコーヒーも美味しいよね」


「うん。そうだね、ここのコーヒーはブラックで飲みたくなる」


 そう言って2人ともブラックでコーヒー本来の味を楽しんだ。


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