「マスターありがとうございます」
私と花はマスターに頭を下げる。すると蓮はなんでもない風に笑った。
「魅力的なお二人に言い寄るのは仕方ないと思って見守っていましたが、暴力はいけない。相手が男性でも女性でも…決してそれだけは許されざることです」
蓮はキッパリ言い切って別のお客さんの接客に行ってしまった。
「マスターすごく強そうだけど、何か格闘技でもしてたのかな?いつもきっちり着込んでいてわからなかったけど若い男の子のパンチかなりしっかり止めてたよね」
花が感心したように言うと、私も頷く。
「マスターはいつも物腰柔らかいけど、底がしれない人だなって思ってたけど…強いのは意外だったな」
私も花に同意した。ただ、マスターはあまり自身のことを話すのが好きじゃないみたいなので特に詮索せずに、その後も楽しくお酒を飲んでから帰路につく。
「結菜お姉ちゃん!また一緒に飲もうね」
「うん!またね。花ちゃん」
店の前で花と別れて夜道を歩いていると、前方から見知った人が歩いてくるのが見えた。
「あ…良平…」
「よお。元気そうだな結菜」
良平は優しい笑顔を結菜に向けてくれる。もしかしたらもう私のことは吹っ切れたのかもしれない。そうしたら花ちゃんと前向きに付き合ってくれるかもしれない。
そんな期待が胸に湧いてきた。
「もしかして蓮花の帰りか?」
「うん…本当はもう少し飲む予定だったんだけど、ちょっとあってね」
すると良平の顔がこわばる。
「何があった?」
「ちょっと変なナンパに絡まれただけだよ。マスターが助けてくれて特に怪我とかもなかったし」
すると良平はイライラした様子で夜闇を睨んだ。
「そいつらはもういないのか?」
「うん?マスターが追い払ったから、出禁にするみたいだからもう会うこともないよ」
そいういと私はヘラっと笑って誤魔化した。良平が怖い顔をしているから少しでも場の雰囲気を和やかなものにしたかったのだ。
だが良平は私のことを見つめると突然抱きしめてきた。
「ちょっ!良平?」
驚いて必死に抵抗しようとするが、良平の拘束は緩むことがない。ぎゅっと抱きしめられて私はあまりのことに困惑して子供の頃のように良平の背中をポンポンと叩きながらあやすように言った。
「私は大丈夫。もう良平に守ってもらわないくらい弱い子供じゃないんだよ。それに私には累がいる。何かあったら累が守ってくれるから。だから良平に助けてもらう必要はないの」
ここははっきりと言っておかないとお互いのためにならないと思ってそう言ったが、良平の拘束は強まるばかりだった。
「どうして…こんなに好きなのに。お前が生まれてからずっと好きだったのに…どうしてお前は他の男のところにいっちまったんだよ」
絞り出すようにそういうと良平は私にキスをしようとしたのでそれを手で止める。
「だめ!私がキスするのは累とだけだよ!良平とは何があってもしない」
私は確固たる意志を持って全力で拒否をした。
すると良平は項垂れて涙を流し始めた。少し酔っているのか息がお酒臭かった。
(良平かなり酔ってるのかな?だったら一晩寝たら今の記憶が消えていたらいいんだけど。じゃないときっと良平はまた苦しむ)
私はそっと力が抜けた良平から体を離して距離をとる。良平はその場にしゃがみ込むと嗚咽を漏らし始めた。
「もし…もし俺がもっと早く勇気を出していたら、俺とお前の関係は変わっていたと思うか?」
「ううん。残念だけどそれはない。わたしは良平のことただのお兄ちゃんとしか見れないから。他の人がいなくても良平に靡くことはなかったと思う」
その答えを聞いて良平はから笑いした。
「そっか…俺はもう完全に見込みなしだったわけだ…」
良平にとって残酷な話だけど、ここは正直な気持ちを話すことのほうが良平にとっていいことだと思ったから、はっきりと告げる。
(だって…私が生まれた時からずっと側にいて、いつも守ってくれていたんだもん。お兄ちゃんだよって自分でも言っていたから、本当に血のつながったお兄ちゃんみたいに思っていたから。今更好きになんてなれないよ)
良平のことが大好きだった。でもそれは親愛。男として見て好きなわけではなかった。今回そのことをはっきり伝えられてよかったと思う。
だってそうしたないと、きっと良平はいつまでも私のことを想ってくれて先に進めないだろうから。
「情けないとこ見せてごめん。でも。結菜の気持ちが聞けてよかったよ。俺もそろそろ…諦めようと思う。かなり難しいけどさ。色々考えてみるよ」
「うん。ありがとう。でも反動で女遊びとか酷いことしたら許さないからね?」
花ちゃんのことを想ってそう言ったが良平は僅かに頷くとフラフラと蓮花の方角に向かって歩いて行った。
(花ちゃんとうまくいって傷が癒えてくれるのが一番いいんだけど。こればっかりは私が介入できることじゃないからな…)
結局は良平自身が乗り越えるしかないのだ。
私は特に関わっちゃダメ。そんなことしたらまたおかしくなってしまうから。
(どうか良平が幸せな恋ができますように)
私は空を見上げて見えない星に祈った。