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第154話 洗い物

「ただいま〜」


 少し夜遅くなったが帰宅すると累が玄関まで迎えにきてくれた。


「おかえり。今日は外で済ませてくるってLIME見たから夜食だけ用意していたよ。食べる?」


 夜食という魅力的な響きに私は目を輝かせる。


「嬉しい!今ちょうど小腹が空いていたの!メニューは何?」


「鯛茶漬けだよ」


「うわ!すごいね。美味しそう」


 累は料理がとても上手で出汁もこだわって取るからきっと美味しい鯛茶漬けが出てくるのだろう。ワクワクしていると累は子供にいうように言った。


「まずはシャワーを浴びておいで。その間に準備しておくから」


「は〜い」


 私は手を洗ってから部屋に向かうと鞄を片付け、ルームウエアと下着を準備するとお風呂場に向かった。今日も暑かったから汗をじっとりかいていて早くシャワーを浴びたかったから急いでスーツを脱ぐと洗濯カゴに放り込んだ。


「夏場は汗かくから家で洗えるスーツにしておいてよかった」


 そうしなければかなりあせくさかったろう。一応女なので身なりには気をつけたいからそれは避けたかった。


「累にもいつもいい匂いって思って欲しいし!」


 私はそう呟くとお風呂場に入ってシャワーを浴びた。体からじっとり湧き出していた汗が全て流れていく感覚はとても心地よい。


「ん〜気持ちいい!それに鯛茶漬け楽しみだな…累って本当になんでもできちゃうから尊敬しちゃう」


 その時ふと思い出す。先ほどの良平の悲しい顔を。

(このことは累に話しておいた方がいいかも)

 私はお風呂から上がると早速今日あったことを累に話した。

 累は静かに聞いていたが、最終的には私を抱きしめてくれる。


「結菜、選んでくれてありがとう。良平君には悪いけど、嬉しいよ。俺もどんなことがあっても結菜を選ぶ。俺には結菜しかいないから」


 累はそういうと首筋にキスをする。その仕草に私はドキドキしてしまう。


「累。くすぐったいよ」


「結菜。今は君に鯛茶漬けを食べて欲しいからあまり煽らないで。ほら座って」


(私煽った?いつの間に?)

 累は私のちょっとしたことで反応してしまうらしいので、どこがポイントだったのかよくわからなかった。


「じゃあいただきます!」


 手を合わせて早速鯛茶漬けをいただく。出汁が上品な味で、ぷりぷりの鯛にピッタリと合う。鯛には下味がつけてあるから鯛の身も美味しかった。


「すごく美味しい!さすが累だね!」


累は私が目を輝かせて食べる姿を愛おしそうに見つめてくる。ちょっと恥ずかしかったけど、いつものことなので気にしないようにした。

累はいつでも私のことを一番に考えてくれて、大切にしてくれるからその甘くて暖かな空気が心地よくてついつい甘えてしまう。


(たまには私も夜食とか作って食べてもらいたいな)


 累は普段あまり外食しない。蓮花に行った時におつまみをつまむくらいだ。どうもお店の味より自分で作った方が美味しいからという理由らしい。確かに累の腕前はそこらの店よりずっと美味しい。これだけ美味しいものを作れるのなら確かに外食では物足りないだろう。


(でもたまには外食も楽しみたいんだよね)

 味はそこそこでも雰囲気がいいお店はいくらでもある。そういう店にデートで行きたいなと想っても、累のことがわかっているのでうまく誘えないのだ。


「結菜、箸が止まっているけど、どうしたの?味付けあまり好きじゃなかった?」


「ううん!すっごく美味しい。ごめんね…ちょっと考え事しててぼーっとしちゃった」


「何か悩み事?」


「違うの。ただ…私も累に夜食とか作ってあげたいなっておもあったけど、累のご飯の方が美味しいし、私のじゃ物足りないなって想って」


 半分本当、半分嘘。私は外食のことは言わずにおいた。累がきっと無理するから。

 本当は気乗りしないのに一緒に外食しても全然楽しくない。美味しさも半減してしまうだろう。


「累はまだ外食あまり好きじゃない?」


「う〜ん。やっぱり自分で作った方が美味しく感じるからお金を払ってまで外食したいと思わないんだよね」


 思った通りの答えたがかえってきて内心ちょっとがっかりする。

でも累がそうしたいならあわせたいとも思った。いつも美味しいご飯を作ってもらっているのに累の意見を無視して一緒に外食したいなんて言えない。


(う〜ん。仕方ないから外食は愛花や花ちゃんと楽しむか)

そう思ってその話は終わりにして残りの茶漬けを食べ終えると私は手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


「お粗末さまでした。完食してくれてありがとう!」


 累は嬉しそうに笑ってさっさと食器を回収すると洗い物を始めてしまった。


「ああ!私やるのに」


「前にも言ったけど、結菜には洗い物をさせたくないんだ。綺麗な手が荒れたら大変だからね」


「そんなの、ハンドクリームを塗ればいいだけのことだよ?」


「それでも俺がしたいの!お願い…結菜」


うるうるした瞳で私を見つめてくる累に私はそれ以上反論することができず、せめてもの手伝いとして洗ったお皿を布巾で拭いて棚に片付けた。


「ありがとう結菜」


 たったそれだけのことで累は嬉しそうに微笑んだ。



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