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第155話 クロワッサンとオムレツ

 今日は遅くなってしまったので、結菜は眠くてうとうとしながら大好きなドラマを見ていた。


「眠いならベッドに行った方がいいよ」


 累に諭されるが、いい場面なので今はどうしてもドラマが見たかった。

 でもその意思に反してどんどん瞼が重くなり、やがて完全に意識が途切れてしまう。


ふわふわとした夢の中で、誰かが私を抱きしめてくれていた。その腕の中に包まれるだけですごく幸せな気持ちになって私はいつまでもここにいたいと思ったが、やがて彼は離れていってしまう。


「行かないで!ずっとそばにいて」


 そう叫ぶが彼は振り向いてもくれない。悲しくなって涙をこぼすと世界が揺さぶられてハッと目を覚ました。


「結菜どうしたの?泣いていたから思わず起こしたけど、怖い夢でも見てた?」


「ううん。すごく幸せな夢を見ていたのだけど…なんでか急に悲しい気持ちになって…」


 累は私が流した涙を優しく指で拭ってくれる。

 その手の温もりに安心して私はほっと息をつく。

(あの人はきっと累だ。だって私が今抱きしめられて落ち着くのは累だけだから。でも離れていっちゃうなんて、ちょっと縁起悪い夢だったな)


 私は乱れた呼吸を整えて思わず累にしがみつく。


「お願い。どこにも行かないでね。私の側にいて…」


「大丈夫だよ。俺は結菜をおいてどこにも行かない。ここが俺の居場所だから」


 そう言って笑う累はすごく優しい表情をしていてすごくほっとする。この表情がだいいすきだった。


「ずっと一緒にいてね。離れないで…」


 夢の余韻が残っているので私は累に甘えてぎゅっと抱きしめる。すると累が私を包み込むように抱きしめてくれた。それは夢の中の感覚と同じで、匂いも体温も大好きな累のもの。安心する。するとだんだんまた眠くなってきてそれを見た累は私をベッドに横にならせて頭を撫でた。


「おやすみ結菜。まだ深夜だから…朝まであと少しおやすみ」


「ん…おやすみ」


 目を閉じると今度は夢も見ずに深く眠ることができた。


「おはよう!累。夜中に起こしてごめんね。眠くない?」


「大丈夫だよ。俺は元々睡眠時間そんなに取らなくても大丈夫な体質だから」


 そう言いながら今朝も美味しそうな朝食を出してくれる。私は慌ててメイクや着替えを済ませてからテーブルについた。


「いただきます!」


 元気よく言ってからサクサクのクロワッサンにかぶりつく。バターの風味が口の中で広がりとても美味しい。よく冷えた手作りのビシソワーズも暑い夏にぴったり。そこにふわふわのオムレツが付いているので、もうホテルのモーニングにも匹敵するのではないだろうか。

(うう。相変わらずすごい。趣味と実益を兼ねているらしいから気にしないでって言われているけど、これを味わってしまったら…もう元の生活に戻れないよ)


私は一人暮らしの時は、朝食はヨーグルトやバナナで簡単に済ませていたので朝からしっかり食べさせてもらえる今がとても幸せだった。


「ねえ結菜。今日は定時に上がれる?昨日お世話になったなら俺もマスターにお礼を言いに行きたいんだけど。一緒に行かない?」


(確かにその方がいいかも!)


 私はそう思うと手帳を確認する。今日は特に急ぎの用事も会議もないし、これなら定時であがって累と蓮花に行っても大丈夫そうだ。


「じゃあ駅で待ち合わせしよっか。私帰り道で何かマスターに差し入れ買っていくから」


「ああ!それはいいよ。俺が買っていくから俺のほうが時間に自由が効くからね。せっかくだから美味しいものを渡したいからデパ地下でも見てくるよ」


「ありがとう!じゃあお願いしちゃおうかな」


 すると累は嬉しそうに微笑んだ。どうしてここで嬉しそうにするのだろうと首を傾げると、累は私の疑問に気付いたようで答えてくれる。


「ああ。俺の言葉そんなに不思議だった?ただ単に結菜に頼られたのが嬉しかっただけなんだ。ちょっとしたことだと思われても。それでも結菜に頼られるのは気分がいいんだよ」


 累は本当に私のことが大好きらしい。自意識過剰かと思ってしまうくらい。些細なことでも喜ばれるのでちょっと恥ずかしい。


「ねえ。どんなものにする予定なの?」


「そうだな。マスターの酒の肴になりそうなものを見繕うつもりだよ。甘いものは好き嫌いがあるからね」


 なるほど。確かにそうだ。私は甘いものを買おうと思っていたので、好き嫌いまで頭が回っていなかった。

(さすがは累だな。細かいところまで気が利く。私とは大違いだ)


 私はそう考えると累に全てお任せにすることにした。

 その時時計をふと見るともうすぐ家を出る時間になっていた。


「あ!ついゆっくりしちゃった!急いで準備しないと」


「ごめん!俺がゆっくり話していたから。間に合わなかったら車で送るけど」


「それほどじゃないよ。あとは歯を磨くだけだから」


 そう言って私は慌ただしく食器を片付けると歯を磨いて家を飛び出した。


「行ってきま〜す!」


「いってらっしゃい。また夜にね!」


 累は玄関までお見送りしてくれて私は嬉しくて累の頬にキスをしてから家を飛び出した。


 少し早歩きで駅に着くとなんとかいつも乗る電車に乗ることができた。


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