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第156話 痴漢

 電車の中で私はいつものように読書をしていた。今日は先日ようやく文庫本になった好きな作家さんのミステリー。本当は新書のうちに買いたいのだけれど、大きさと重さで持ち運びを考えるとなかなか手が出なかった。


(う〜んすごい。やっぱりこの先生の話は引き込まれる)


 黙々とページを進めていると、お尻に何か当たった。最初はカバンの角かと思っていたが、なんと次第に大胆になってお尻を軽く揉み始めたのだ。


(え!?痴漢!!)


 私が慌てて移動する前に隣に立っていた長身のお兄さんが私のお尻を揉んでいた腕を掴み上げて大声で言った。


「この人痴漢で〜す。君大丈夫?怖かったでしょ」


「!!ありがとうございます…犯人を捕まえてくれて」


「いいよ。てかほんとに災難だったね。朝から痴漢とかどうかしてる」


 そう言っている間に最寄りの駅で電車が止まり、私とそのお兄さんと痴漢はホームに降りて駅員さんに事情を説明してから警察を呼んでもらうことにした。


「あ〜俺、榊流星(さかきりゅうせい)、20歳の大学生です」


「どうも!私は泉川結菜です。会社員をしています。あの…今回助けていただいたこと、お礼をしたいのですが…」


 私は生まれて初めての痴漢にびっくりして何もできなかったところを助けてもらってすごく恩義を感じていた。

 だからそう申し出たところ、彼は少し考えて言った。


「じゃあ。今度スイーツパラダイスに付き合ってくれませんか?俺すごい甘党で、スイーツパラダイス大好きなんですけど、女の子しかいないので一人じゃ入りにくくて…」


「ええ!そんなことでよければ、じゃあ連絡先を…」


「はい。じゃあLIME交換しましょう」


 トントン拍子で話が進んでいき、今週末の土曜日9時30分に渋谷駅で待ち合わせをすることになった。


「私会社があるのでもう行かないといけないのですが、本当にありがとうございました!」


「いえ。お役に立てて良かったです。土曜日楽しみにしています」


そう言って彼はなぜか反対方面の電車に乗って行ってしまった。


(大学生なのにいいのかな?もう遅刻しちゃったから家に帰ったとか?だったら申し訳ないことしちゃったな)


 警察の聴取などがあってそれなりに時間を食ってしまったので、私も会社に二時間ほど遅刻している。事情は課長に電話で連絡したのだが、またかという感じで哀れみの声をかけてもらった。


 案の定、会社に着くと課長に呼ばれて席に着く前に事情を再度説明した。


「君は本当にトラブルに巻き込まれるよね。一度お祓いにでも行ったほうがいいんじゃないの?」


 課長は心から心配そうにそういうと、遅刻のことは気にしなくていいと優しく言ってくれた。

(うう。普段厳しい課長が優しい。申し訳ない)


 自分原因ではないにしろ、何かと迷惑をかけていることが申し訳なかった。

 席に着くと早速愛花に尋問される。


「ねえ。今度は何やらかしたの?」


「うう。実は痴漢にあって事情聴取を受けてたの」


「うわあ。ほんっと結菜は持ってんね。一度お祓いに行ったほうがいいんじゃない?」


「課長にも言われたよ。ほんと…どうなってるんだろうね。私」


 あまりの悪運でもう涙も出ない。

(このこと累にも報告したほうがいいよね)


 何かあったらきちんと報告すると約束しているから私は昼休憩に入ってからすぐに累にLIMEした。

 するとすぐに電話がかかってきて、出ると累は心配そうな声音で私に話しかけてきた。


『結菜…どうして君は変な人を惹きつけるの!?』


「本当にどうしてだろうね?課長にも愛花にもお祓いを勧められたよ」


『本当に…一度行ってみてもいいかも?』


 累は真剣な様子でそう答えるとカチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえてきた。どうも電話しながら何かを検索している様子だった。


「累。お祓いは行かないからね?」


「え!?検索してたのなんでわかったの?」


「いや、話の流れで検索することと言ったらそれでしょう?」


 私はため息をつく。確かに運が悪いけど、お祓いなんて非現実的だ。そんなもので良くなるならとっくに言っている。

(でもいつも何かあると助けてくれる人もセットで現れるんだよね)


今回は榊さんがそうだった。長身で顔はおそらくハーフなのだろう。薄い水色の瞳と黒い瞳で左右の色が違う美しい瞳、染めている様子のないミルクティーブラウン。ホリも深くて綺麗な顔立ちの青年だった。


「それに今回は助けてくれた人がいたから平気だよ。その人と今週の土曜日にスイーツパラダイスに行くことになったんだ」


「…男?」


 累の声が低くなる。今回は純粋にお礼のためのお付き合いだと説明しても累は納得しなかった。どうしても行くなら俺も行くの一点張り、だけど今回は私もひかなかった。怖かった痴漢から助けてもらってお礼しに行くのに、彼氏を連れて行くなんて失礼なことはできない。


「ダメだよ!今回はお礼なんだから。それに下心とか全くかんじないし、年下だからきっと大丈夫!」


 私が根拠のない自信でそう宣言すると累は大きなため息をついた。


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