それから進むこと6日。
そろそろ目的の場所も近いだろうかという頃。
「まったく。次から次に…。この森は飽きねぇな」
と5匹ほどのオークを倒したところでジェイさんが面倒くさそうにそうこぼす。
グレートウルフと接敵したあの日以来、毎日のように魔獣の相手をすることになった。
そんなジェイさんに、軽く、
「お疲れ」
と返しつつその場で休憩を取ることにする。
ミーニャと一緒にお茶を淹れ、みんなに配っていると、
ライカが、
「ぶるる…」
と鳴き、耳をそばだてるような仕草を見せた。
それと同時に、コユキも、
「きゃぅ…」(くちゃい…)
と言って私の胸元でいかにも臭そうな顔をする。
「どうした?」
と聞くと、まずはライカが、
「ぶるる…」(何匹か小さいのがいたっぽいよ?)
と少し考えながらという感じでそう言ってきた。
「きゃぅ…」(くちゃいの嫌い…)
と言ってまたコユキが顔をしかめる。
そんな2人の言葉に私は、
(またか…)
と心の中でため息を吐きつつ、みんなに、
「ゴブリンらしい」
と苦笑いを浮かべつつそう告げた。
みんなも辟易とした感じで苦笑いを浮かべる。
しかし、そんな中、ベル先生だけは何やら考えるような感じで、
「なぁ、そのゴブリンはこっちに近づいてきているか?」
とライカにそう訊ねた。
「ぶるる」(ううん。逃げちゃったよ)
とライカが何気なく答える。
すると、ベル先生は益々考え込むような仕草を取り、
「もしかすると、偵察に来たのかもしれんぞ?」
と意外なことを言ってきた。
「偵察?」
と聞き返す私に、ベル先生が真剣な表情で、
「ああ。偵察じゃ」
と答えてくる。
私はその意味が分からずにぽかんとしていると、ジェイさんが、
「おいおい。マジかよ…」
とつぶやいて、心の底からげんなりとしたような表情を見せた。
ジェイさんのその表情を見て、
(どうやら厄介ごとのようだな…)
心配しつつ、
「どういうことだ?」
とベル先生に訊ねてみる。
すると、ベル先生は、やはりジェイさんと同じくげんなりとしたような表情になり、
「おそらくロードじゃろうな」
と、なんとも恐ろしいようなことを言ってきた。
「ってことは…」
と、びっくりとげんなりを合わせたような私のつぶやきにベル先生が重々しくうなずく。
そして、
「数はおそらく100はくだらんじゃろうな。下手をすればその数倍いてもおかしくないぞ」
と真剣な表情でそう言ってきた。
ジェイさんも続けて、
「ああ。状況から考えて200や300は覚悟しておいた方がいいだろな」
と苦い物を食べた時のような表情でそうつぶやく。
私とミーニャ、そして「旋風」の3人はその言葉に思わず顔を青くしてしまった。
「何百いようが、所詮ゴブリンだ。ロードっつってもそれほど強いわけじゃねぇ。そこは安心していいぜ。…ただ、まぁ体力勝負にはなるがな」
とアインさんが苦笑いを浮かべつつそう言って来る。
私は、あの醜悪な小人が200も300もいる光景を想像して、その中に突っ込んでいかなければならないという状況を思い、先ほどのベル先生やジェイさんのように心の底からげんなりとしたような気分になった。
そんな私の気持ちを察したのか、ミーニャが、
「考えただけで気持ち悪いですね…」
と本当に気持ち悪そうな顔で私にそう言って来る。
私はその言葉に苦笑いを浮かべつつ、
「ああ。げんなりだな…」
と返すと、「旋風」のリーシェンが、
「どなたか石鹸、多めに持ってきてますか?」
と、まじめな表情で少し気の抜けるような質問をしてきた。
「ははは。安心しろ。予備をいくらか持ってきているぞ」
と笑いながら答える。
すると、リーシェンはほっとしたような顔をして、
「良かったです。あれの匂いってひどいんですよねぇ…」
と言いつつ、こちらに苦笑いを返してきた。
そんな会話で、多少その場の空気が和む。
そして、みんなが笑顔を取り戻したところで、
「ははは。匂いの心配もなくなったことだし、さっさと片づけにいくかのう」
と言ってベル先生が立ち上がった。
各自軽く装備を確認して馬に乗り込む。
「ライカ、コユキ。頼めるか?」
と聞くと、2人とも、
「ひひん!」
「きゃん!」
と鳴いてやる気を見せてくれた。
まずはライカが気配を感じたという方向に向かって進む。
そして、そこからはコユキの鼻を頼りに進み、夕方が近づいてきた頃になって、ライカが、
「ぶるる…」(そろそろ近いよ)
と私たちに接敵が近いことを教えてくれた。
「とりあえず今日はこの辺りで野営じゃな。明日の朝一番で仕掛けるのがいいと思うがどうじゃ?」
とベル先生が作戦を提案してくる。
私はそれにうなずいて、
「それでいこう。数が多いならまずは魔法である程度片付けてそこから各自切り込んでいく感じで攻めようと思うが、それでかまわんか?」
と具体的な戦術を提案しみた。
「おう。そんな感じになるだろうな。馬たちはライカの嬢ちゃんに任せてもいいか?」
と言うジェイさんに、
「ああ。大丈夫だと思うが、どうだ?」
と言ってライカに視線を向ける。
そんな視線にライカは、
「ひひん!」(任せて!)
と自信たっぷりにそう答えて、何となくの作戦が決まった。
その夜は交代で体を休め、その時に備える。
私もみんなも軽く目を閉じたりはするもののまんじりともせず朝を迎えた。
空が白み始めたのを見てさっそく行動に移る。
「おそらく気付かれておるじゃろうな」
とベル先生は言うが、ジェイさんは平気な様子で、
「ならば正面から突破していくだけよ!」
と、いかにもやる気に満ちた感じでそう強気な言葉を返した。
そんな言葉に勇気づけられたかのように、全員の士気が上がったのを感じ、私は、
「とにかく全力でいこう。なに。聞けば所詮はゴブリンだ。なんとでもなるさ」
と、あえて明るくそう声を掛けた。
やがて、気配が強まり、いったん足を止める。
そして、藪の影からこっそり周りの様子を確かめてみると、そこはちょっとした広場のようになっていた。
うじゃうじゃとたむろするゴブリンたちに気持ち悪さを感じつつ観察してみる。
よく見ればゴブリンたちはなにやら木の棒のようなものを持っていた。
(ほう。武器を使うのか…)
と感心しつつ、さらに集団を観察していく。
すると、その集団の中心にひと際大きな個体がいるのが見えた。
「あれが、ロードか…」
という私のつぶやきに、
「ああ。人によってはキングとかいうやつもおるな」
とベル先生が補足説明をしてくれた。
「よし。まずはデカいのを頼む」
と言いつつベル先生に視線を送る。
その視線にベル先生がしっかりとうなずいたのを見て私は、
「『旋風』の3人は常にまとまって行動してくれ。ミーニャは私と、ジェイさんたちは各々の判断に任せる」
と全員に指示を出す。
その指示に全員がうなずいたところで、ベル先生が、
「よし。いくぞ」
と声を掛け、なにやらぶつぶつとつぶやき始めた。
その声を聞きつつ、全員が武器を取る。
そして、まばゆい閃光とともに無数の光輝く矢が放たれたのを合図に私たちはゴブリンの群れに突っ込んでいった。
混乱に陥るゴブリンたちに突っ込み、まずは私が持てる限りの力で風魔法を放つ。
すると、目の前にいたゴブリンたちが一斉に斬られ一本の道が出来た。
その道を手掛かりに全員が集団の中に突っ込んでいく。
ミーニャが恐ろしいほどの速度でゴブリンを切り刻むのを見ながら、私も次々に魔法を放ちミーニャが目の前の敵に集中できるように援護して回った。
方々からゴブリンたちの汚らしい悲鳴が上がる。
どうやらジェイさんたちや「旋風」の3人も次々とゴブリンたちの相手をしているようだ。
そんな気配を背中に感じつつ、ゴブリンを斬る。
時折魔法を織り交ぜつつも、刀を横に薙ぎ、袈裟懸けに振り下ろしていると、次第にゴブリンたちが一塊になってなにやら陣形のようなものを整え始めた。
(ちっ。これがロード付きのやっかいな所か…)
と忌々しく思いつつ、その隊列に向かって軽く魔法を放つ。
すると、前線にいたゴブリンたちが一斉に倒れたが、それでもその後ろにいた連中がすぐに陣形を整えるように動き、私たちに対峙するような姿勢を見せた。
(面倒臭いな…)
と思っているところへ、ジェイさんが一人突っ込んで行く。
驚くことにジェイさんはミーニャよりも早いのではないかというような動きで次々とゴブリンを屠り、一人でその陣形に綻びを作って見せた。
その綻びにノバエフさんとアインさんが突っ込んでいく。
それに続いて「旋風」の3人も突っ込んで行くと、ゴブリンたちの作り上げた陣形が中央からボロボロと崩壊し始めた。
そこへまたベル先生の魔法が飛んでくる。
その攻撃を受けたゴブリンたちはますます混乱した。
また当初の乱戦に戻る。
(こうなればこっちのものだな)
と思いつつ、私はミーニャと一緒にとにかく目の前のゴブリンを斬るのに集中した。
やがて、私もミーニャも肩で息をし始めた頃。
群れの奥から、
「グォォォッ!」
という野太い声が上がる。
見ればひと際大きな個体、ロードが丸太のようなものを持ってこちらに向かってきていた。
(大きさだけならゴブリンというよりもオークだな…)
と、その姿を冷静に観察しつつ集中して魔力を練る。
そして、
(一刀で決める!)
という覚悟を持って踏み込もうとした瞬間、ロードの胸に大きな穴が開いた。
一瞬呆気にとられたが、すぐに頭を切り替えて残党狩りに入る。
残り少なくなり、統率を失ったゴブリンを斬るのはさほど難しい作業ではなかった。
やがて戦闘が終わり、とりあえず近くにいたミーニャと手と手を合わせお互いの健闘を称え合う。
そして、ジェイさんたちや「旋風」の3人ともそれぞれに健闘を称え合っていると、そこへベル先生がやって来た。
「すまん。美味しい所はいただいたぞ」
というベル先生に、
「いや。助かった」
と微笑んで返す。
そんな私にベル先生は、
「やはりこのくらいのメンツがそろうと仕事が早いのう」
と感心したような表情でそう言って、「はっはっは」と豪快に笑ってみせた。
やがて、みんなで手分けしつつゴブリンを焼く。
私も覚えたての火魔法を使ってゴブリン焼きに挑戦してみた。
私の火魔法はまだ小さく、火炎石を使った方がよほど効率が良いのではないかと思えるほどだったが、ノバエフさんに、
「筋が良い」
と褒められ、嬉しく思いつつ、練習がてら次々とゴブリンを焼いていく。
そして、いい加減魔力の限界を感じてきた頃。
「みなさん。そろそろお茶にしませんか?」
というミーニャの明るい声が聞こえてきた。