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第124話エリーと侯爵領へ06

侯爵様の執務室を辞し、それぞれの部屋に戻る。

別れ際、エリーは、

「あの、ルーク様。この度は本当にありがとうございます」

と私に礼を言って頭を下げてきたが、

「いや。私は何もしてないよ」

と言って頭を上げてくれるようエリーに頼んだ。

しかし、エリーは、

「いいえ。無事今日という日を迎えられたのもルーク様のおかげです。本当になんとお礼を申し上げてよいのやら…」

と言ってものすごく申し訳なさそうな顔を見せてくる。

そんなエリーに私はどう答えたものかと思案しつつも、

「もう、遠慮するような仲でもないだろう」

と、いかにも軽くそう答えた。

そんな答えにエリーは一瞬びっくりしたような顔を見せる。

しかし、すぐいつものように微笑んで、

「ありがとうございます」

と言ってくれた。

部屋に戻りミーニャに持ち込んだ緑茶を淹れてもらう。

そして、ひと口飲んでほっとひと息吐くと、

「エリーの問題はいい方向に進んでいるそうだ」

と今回の会談の結果をごく簡単に説明した。

その言葉を聞いたミーニャが、

「…!良かったです!」

と言って目に涙を浮かべる。

そんなミーニャを見て、私ももう一度嬉しくなり、

「ああ。これもみんな侯爵様のおかげだ」

と言って満足げに緑茶をもう一口飲んだ。


その後しばらく書き物をして過ごしていると、部屋の扉が叩かれる。

「どうぞ」

と答えつつ窓の外を見ると、日はすでに暮れかかっていた。

「晩餐の支度が整いましたので、ご案内にまいりました」

と言うメイドに、

「ああ。ありがとう」

と答えて軽く身だしなみを整える。

そして、メイドに案内されて食堂に入ると、そこには侯爵様と夫人のユリア様、長男のアルベルトとその妻アナベルがすでに席に着いていた。

「お待たせしました」

と言って私も慣れた様子で席に着く。

すると、すぐに扉が叩かれエリーが食堂に入って来た。

「本日はお招きにあずかり光栄に存じます」

と言っていつも通り綺麗な礼を取るエリーに、侯爵様が、

「今日は家族の晩餐だ。気楽に楽しんでほしい」

と優しく声を掛けてエリーを席に促す。

そして、その言葉にエリーが、

「ありがとう存じます」

と笑顔で答え、席に着くとさっそく晩餐が始まった。

何人ものメイドがカートを押してやって来てさっそく料理が配膳される。

そして、全員に食前酒が配られたところで、侯爵様が、

「では、エレノア・ブライトン嬢の明るい未来に」

と言ってグラスを掲げると、それにあわせてみんなが笑顔でグラスを掲げ食事が始まった。

私はまず、前菜のスモークサーモンのような魚が乗ったサラダに手を付ける。

そして、次にワインを口に含み、

(お。良いワインだな…。しかし、うちのあのワインならまだ若い今の状態でも十分に勝負ができる。これはかなりの商機になるな…)

と考えていると侯爵様が、

「今度は何を企んでいるんだ?」

と少しにやけたような顔で私にそんな話を振って来た。

「企むもなにも…」

と苦笑いしつつ、

「今回はお土産にうちの領で作ったワインをお持ちしました。よければあとでご賞味ください」

と、さらりと答える。

すると、侯爵様は驚いて、

「なんと…。ワインの製造まで始めたのか…」

と、ややぽかんとしたような表情でそう言った。

そんな侯爵様に私は、

「ええ。ブドウは森の奥で偶然発見した新種です。それを東の賢者ジェイコブス殿に託して醸造してもらいました。私が言うのもなんですが、新酒にしてはなかなかのできですよ」

と答えて少しドヤ顔を見せる。

すると侯爵様はすぐそばにいた執事のアルフレッドを呼んで、

「すまんが、さっそく持ってきてくれ」

と指示を出した。

そんな侯爵様の態度にみんなが笑みを浮かべ食事は和やかに進んでいく。

エリーは当初かなり緊張していたようだが、ユリア様の優しい語り口に安心したのか、徐々にくつろいだ様子で食事を楽しみ始めた。

その中でアナベルも手芸が趣味であることがわかる。

すると、エリーとアナベルはユリア様を交えて楽しそうに手芸の話を始めた。

そんな話の中で、ユリア様が、

「うふふ。アナベルったらクルシュテット男爵領の綿がすっかり気に入ってしまって、もう、未来の赤ちゃんの産着を作り始めているのよ」

と楽しそうに話し、アナベルが、

「もう、お義母様ったら…」

と言って頬を染める。

そんなユリア様に向かって私が、

「そうそう。シンシアのことは手紙で聞きました。おめでとうございます」

と言うとユリア様はいかにも母親らしい慈愛に満ちた顔で微笑み、

「あの子もついに母親になるのね…」

と感慨深そうにそう言った。

「ははは。私はまだ信じられませんよ」

と冗談交じりにそう言うと、今度はアルベルトが、

「ああ。私もまだ信じられん。あのお転婆が母になる日がくるとはな…」

と言って私の冗談に乗っかって来た。

そんな私たちに、アナベルが、

「あら。シンシア様はとってもよい母親になられると思いましてよ?」

と、ちょっとした抗議を申し立ててくる。

その言葉に侯爵様がやや複雑な表情を浮かべつつ、

「親も子と共に育っていくものだ。あいつもいつか立派な母になることだろう」

と、しみじみそう言った。

「ええ。そうですわね…」

とユリア様もしみじみとそうつぶやく。

私は二人のその表情を見て、

(ああ、私はいい家族に恵まれたな…)

と改めてそんな想いを強くした。


そこへ本日のメインの一つ、子羊の香草焼きが運ばれてくる。

そして、それと共に、

「ルーカス様より頂戴したワインです」

と言って、アルフレッドが全員にワインを注いでくれた。

「おお。これが…」

と言ってさっそく侯爵様がワインを含む。

そして次の瞬間、

「むっ…!」

と短く言葉を発して目を見開いた。

その驚きの表情をそのまま私に向けてくる。

私はまたドヤ顔を見せつつ軽くうなずいて、

「新酒でその味です。寝かせたらどうなるか今から楽しみでしょうがありません」

と答えた。

「むぅ…」

と言って侯爵様が唸る。

それに続いて、アルベルトが、

「はっはっは。こいつは驚いた。…まったく、ルーク、お前ってやつは!」

と言って豪快に笑い、ユリア様も続けて、

「うふふ。これはすごいわね」

と言うと私に向けて柔らかく微笑んだ。

その後も食事は和やかに進んでいく。

そして、女性陣が食後のお茶を楽しむ中、私と侯爵様、そしてアルベルトは別室に移り酒を飲むことになった。


侯爵邸にいくつかあるサロンの一つに入り、いかにも高そうなブランデーを酌み交わす。

そんなブランデーをひと口やって、

(ああ、そう言えばブランデーはワインを蒸留したものじゃなかったか?…いや、あれはそれ用のブドウを使わなくちゃいかんかったような気がするからうちの領じゃ無理か…。となると、リンゴからブランデーを作るのはどうだろう?…帰ったらジェイさんに相談だな)

と考えていると、侯爵様から、

「なにか心配ごとか?」

と聞かれてしまった。

「ああ、いえ。領内の産物でもっと美味い酒を作れないかと考えていただけです」

と苦笑いで答える。

するとそれを聞いた侯爵様とアルベルトは一瞬きょとんとした顔を見せた後、

「はっはっは。それは傑作だ!」

「ええ。こいつの面白さは相変わらずです!」

とお互いに言い合い腹を抱えて笑い始めてしまった。

私はそんな二人を見ながら、またブランデーをひと口飲み、

「ははは。ご期待に応えられたようでなによりです」

と冗談交じりにそう返す。

すると、侯爵様は、

「ふっ」

と楽しそうに小さく笑って嬉しそうにブランデーをひと口飲んだ。

一瞬の間が生まれる。

しかし嫌な間ではない。

私たち三人は、その静かで和やかな空気を楽しむように、それぞれがちびりとブランデーを口にした。

やがて、侯爵様が、

「貴族というのは愚かなものだな…」

と、しみじみした様子でつぶやく。

私は一瞬その意味を計りかねたが、侯爵様が続けて、

「自分のことばかり考えているならまだしも、誰かを蹴落とすことばかり考えている連中があまりにも多すぎる…」

と嘆かわしそうにそう言った。

そんな言葉を聞いて私はこの世界の身分制度を滑稽に思いつつも、自分がその恩恵に育てられたことを思い、

「貴族というのは民あってこそのものです。私の生まれを今更変えることはできませんが、せめて貴族に生まれてしまった者の責任として、民の暮らしを支えることに注力いたしましょう」

と自分なりの決意を語る。

その言葉を聞いたアルベルトも、それにうなずき、

「ああ。私もそうありたいと思っているよ」

と少し苦笑いしながらそう答えた。

私はそんなアルベルトの、少し苦い表情を見て、

(おそらく、アルはアルなりに何か悩みを抱えているんだろうな…。おそらく理想と現実の狭間で苦悩しているに違いない。私にもそんなアルのために何かできることがあればいいが…)

と思いほんの少し胸を痛める。

そんな私の想いを察したのか、侯爵様が私に向かって、

「ルーク。お前は私たちの希望だ。誇りでもある。お前はお前のままでいい。そのまま真っすぐ進むんだ。そうすればきっとお前なりの道が拓ける。信じた道の先にある希望だけを見て進めばいい」

と言葉を掛けてきてくれた。

その言葉を聞いて思わず目頭を熱くする。

そして、侯爵様の優しい眼差しの奥に実家の父の優しい眼差しが重なった。

「ありがとうございます」

と素直に礼を言って頭を下げる。

そんな私にアルベルトが、

「私にはできないことをお前がやってくれ。お前ができないことは私がやろう」

と言ってきた。

その言葉を受け、私はまた、

「ああ。ありがとう」

と言ってアルベルトにも頭を下げる。

そんな私を見てアルベルトは、

「ふっ。相変わらずまじめなやつだな」

と言って小さく笑った。

静かに、しかして楽しく夜が更けていく。

私たち三人は時折ぽつぽつと思い出話をしつつ、その静かで楽しい夜を楽しんだ。


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