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第123話エリーと侯爵領へ05

侯爵様のお屋敷の門に近づくとルッツがそれに気が付いて門を開けてくれる。

私はそこで馬車を止め、

「ありがとう。侯爵様のご都合は?」

と一応そう声を掛けた。

「朝からお待ちになってらっしゃいますよ」

と苦笑いで答えるルッツにこちらも苦笑いを返して、

「ははは。わかった。ここからは飛ばしいこう」

と冗談を言ってゆっくりと邸内に馬車を進めていった。

やがて、家族が使う通用門に到着する。

するとそこにはすでに執事のアルフレッドが待っていてくれて、

「おかえりなさいませ、ルーカス様」

と言って出迎えてくれた。

「ただいま。待たせたな」

と答えつつ馬車から降りる。

そして、私はそのままエリーが乗っている馬車に近づくと、馬車の扉を開け、エリーに手を差し伸べた。

「ありがとうございます」

と言ってエリーが私の手を取り、馬車から降りてくる。

その顔はかなり緊張しているようだ。

そんなエリーに小さく、

「大丈夫だ」

と声を掛けると、エリーは軽くうなずいてくれた。

「さっそくですが、ご案内いたします」

と言って先導してくれるアルフレッドに続き、屋敷の中に入っていく。

私にとっては慣れた屋敷だが、エリーはその豪華さを見てまた緊張の度合いを高めてしまったらしく、先ほどよりもさらに顔を青ざめさせていた。

そんなエリーを不憫に思いつつも、まずはそれぞれの部屋に入る。

私とミーニャはいつも通り昔使っていた部屋に入ったがエリーは当然客間の方に案内されていった。

部屋に入ると、軽くお茶を飲みながら、呼び出されるのを待つ。

すると、意外と早く案内役のメイドが部屋に私を呼びに来てくれた。

そのメイドについて慣れ親しんだ廊下を通る。

そして、侯爵様の執務室の前に着くと、そこでエリーを待った。

やがて、同じようにメイドに案内されてエリーがやって来る。

エリーの顔をチラリと見るが、その表情は先ほどよりもさらにこわばっていた。

そんなエリーに微笑みつつ、軽くうなずいて見せると、エリーもこわばった表情のままながら小さくうなずいてくれる。

そんな短いやり取りが終わると、私はおもむろに執務室の扉を軽く叩いた。

「入れ」

と中から声がして扉が開く。

中には侯爵様と執事のアルフレッドがいた。

「失礼いたします」

と声を掛けてから扉をくぐる。

私の後でエリーも少し震えた声で、

「失礼いたします」

と言うと私に続いて部屋の中に入ってきた。

「久しいな。息災か?」

と笑顔で聞いてくる侯爵様に、

「はい。おかげ様で順調です」

とこちらも笑顔で答えつつ、

「本日はエレノア嬢をお連れいたしました」

と言ってエリーの方に視線を送った。

そんな視線にエリーはハッとして、

「お初にお目にかかります。シュタインバッハ侯爵様。エレノア・ブライトンでございます。この度の一件では格別のご配慮をいただき、ありがとう存じます」

と言って緊張しながらもいつも通り綺麗な礼を取った。

そんなエリーに侯爵様は、

「うむ。まぁ楽にしてくれ」

とひと言声を掛けると、

「面倒な話はお茶を飲みながらにしよう」

と言って席を立ちあがり、応接用のソファへと移動した。

私もエリーを促がしてソファに移動する。

そして、侯爵様が先に座ったのを見て、

「失礼します」

と軽く声を掛けてからソファに腰掛けた。

「失礼いたします」

と、まだ緊張気味に声を発しつつ、エリーも腰掛ける。

するとそこへアルフレッドがすかさず紅茶を持ってきてくれて会談が始まった。


「ああ、執事のアルフレッドは事情をしっておる。安心していい」

と侯爵様がそう言ってひと口紅茶を飲む。

それを見た私も紅茶に口をつけたが、エリーは緊張で固まっているように見えた。

紅茶のカップを置いた侯爵様が、

「まずは今の状況だが…」

と話を切り出す。

するとエリーの顔が一瞬にしてその青さを増した。

それに気が付いたのか、侯爵様が、

「ふっ」

と小さく笑い、

「悪いようにはなっていない。安心しろ」

とエリーに声を掛ける。

すると、エリーは少し恥ずかしそうに、

「はい。ありがとう存じます…」

と言い、ほんの少しだけ顔を伏せた。

そんなエリーに微笑みとも苦笑いともとれるような笑みを送って侯爵様が話を続ける。

「現状、ブライトン子爵…いや、一応元子爵か…の罪は晴れていない。しかし、どうやら怪しい人物とそのからくりは見えてきた。今、わが手の者が最終的な確認をしておるから、真相が暴かれるのは時間の問題だろう」

と言い侯爵様はまた紅茶を少し口に含んだ。

そんな侯爵様にエリーが驚きと喜びを掛け合わせたような視線を送る。

そんな視線を受けて侯爵様はまた、

「ふっ」

と小さく笑うと、

「よく頑張ったな」

とエリーに向かって優しい微笑みを返した。

エリーの目から涙がこぼれる。

そして、エリーは手で顔を覆うと、

「うっ…うぅ…」

と嗚咽を漏らし、深く顔を伏せてしまった。

そんなエリーの肩をさすってやりながら、

「よかったな…」

と声を掛ける。

そんな私を見て、侯爵様が、

「おいおい。お前まで泣くやつがあるか…」

と苦笑いでそう声を掛けてきた。

どうやら私は知らぬ間に泣いていたらしい。

私は慌てて胸に差していたハンカチを取ると、

「失礼いたしました…」

と言って少し照れつつ目頭を押さえた。

そんな私を見て侯爵様はさもおかしそうに、

「はっはっは」

と笑いつつもその先の話を続ける。

侯爵様曰く、やはり今回の犯人は別の派閥の貴族だったようだ。

私がなんとなく予想した通り、野菜の先物相場に手を出して大損したその貴族が公金を盗み取り、それをブライトン子爵がやったかのように見せかけたというのが真相だったらしい。

そんな話を一通り聞き、

「それで、証拠の書類はつかめましたか?」

と言うと、それに侯爵様は少し苦い顔をしつつも、

「ああ。まだ手元には無いが、おそらく大丈夫だろう。まったく、エラルドのやつには大きな貸しを作ってしまったわい」

と言って、

「ふっ」

と、また小さく笑った。

そう聞いて私は、

(なるほど。蛇の道は蛇か…。まぁ、天下のリッツ商会が確証を持って動いているというのなら解決の日は近いな…)

と思いほっとしながら紅茶を飲む。

そして、私の横でようやく落ち着いた様子のエリーに視線を送ると、

「よかったな」

ともう一度先ほどと同じような声を掛け、微笑んで見せた。

その後はエリーも交えて今後の話になる。

侯爵様曰く、貴族の手続きというのはやたらと煩雑らしく、真犯人の訴追やブライトン子爵の名誉回復には各種根回しも含めると、どんなに早くても1年はかかるだろうとのことだった。

そんな話を聞いてエリーは少し落ち込んだような顔をする。

私はそんなエリーを不憫に思いつつ、

「もう少しの辛抱だ…」

と言ってその肩に軽く手を置いた。

そんな様子に侯爵様も苦笑いで、

「ははは。すまんが、もう少し辺境でのんびりしていてくれ」

と冗談めかしてそんな言葉を掛ける。

するとエリーはその言葉にハッとして、

「いえ。ご配慮いただきありがとうございます」

と言って深々と頭を下げた。

その場に少し和やかな空気が流れる。

その空気を察したのか侯爵様は、

「ところで、辺境の暮らしはどうかな?」

とエリーに向かって優しく声を掛けた。

その問いかけにエリーは少し落ち着いた様子で、

「はい。毎日楽しく生活させていただいております」

と微笑みながらそう答える。

すると、侯爵様は少し驚いたような表情を浮かべて、

「ほう。その生活ぶりがどんなものなのかぜひとも聞いてみたいものだな」

と言って、私の方にもちらりと視線を送って来た。

そんな視線を受けた私は、ただただ苦笑いを浮かべつつ、

「ここ最近でうちの領にはまた美味い物が増えました。あとはそれをみんなで楽しく食べているだけですよ」

と、少し肩をすくめてそう答える。

そんな答えに侯爵様は、

「ほう…?」

と言って私にいわゆるジト目を向けてきた。

私はその無言の追及にまた苦笑いを浮かべつつ、

「ははは…。その話は晩餐の時にでもゆっくりとお話しましょう」

と答えてなんとかそれをかわす。

そんなに侯爵様は、また、

「ふっ」

と短い笑いを送り、

「お前も相変わらずだな」

と言うとその日の会談は無事、笑顔のうちに終わった。


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