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第125話エリーと侯爵領へ07

翌朝。

朝食のあと、侯爵様から執務室に来るよう命じられる。

おそらく仕事の話だろうとは思ったが案の定仕事の話で、話は今後の貿易に関することが主だった。

「あのワインの販売は我が家で独占できんか?」

と言う侯爵様に、

「それではうちの販路開拓に支障が出ます」

と、きっぱり答える。

すると侯爵様は至極残念そうな顔をしながらも、

「贈答用と熟成用に我が家が毎年2樽買おう。そのくらいの融通は効くか?」

と、さらに粘ってきた。

私は現在の生産量と今後の見込みを簡単に頭の中で計算しつつ、

「今年仕込んだものだと中樽1つが精一杯です。次の年からは大樽1つを確保しましょう。あとはリッツ商会に卸しますので、エラルド殿と交渉してください」

と答える。

すると侯爵様は渋々という感じながらも、

「…むぅ…。経営者としては合格点の答えだな。致し方あるまい」

と答えてどうにか納得してくれた。

その後も綿の卸しや米の流通経路の確保、うちで開発したレシピの公開の話を詰めていく。

その中で昨日リッツ商会に新製品を持ち込んだと報告すると、さっそく侯爵様は興味を示して、

「あとで、エラルドに連絡をとろう。うちが真っ先に取り入れれば他の貴族たちにも販路が広がりやすくなるだろう」

と言ってくれた。

「ありがとうございます」

と礼を言って頭を下げる。

すると、侯爵様は、

「その礼に変えてワインをもう一樽なんとかならんか?」

と先ほどの話を冗談半分に蒸し返してきた。

「ははは。それとこれとは別の話ですよ」

と笑顔で返す。

そんな私に侯爵様は苦笑いを返してきて、ひと言、

「お前も成長したな…」

と感慨深そうにそう言った。


そんな和やかな商談が終わり、執務室を辞そうとした時、ふとベル先生からもらった薬のことを思い出し、

「ああ。そう言えば、イルベルシオート殿から薬を預かっているのですが、どこか信頼できる薬種問屋を知りませんか?」

と侯爵様に訊ねてみる。

その質問に侯爵様は、

「ああ。それなら丁子屋という老舗の薬種問屋がある。うちの出入りの一つだし堅実な商売をしている店だから間違いないだろう」

と答えてくれて、すぐに紹介状をしたためてくれた。

「ありがとうございます」

と礼を言って今度こそ執務室を辞する。

その後、メイドの案内でエリーの部屋を訪ね、今日の予定を確認してみた。

「本日は午餐の後、ユリア様とアナベル様からお茶のお誘いをいただきました」

と楽しそうに言うエリーに、

「そうか。楽しんでくるといい。私は少し用があって町に出てくるから、また晩餐の時に会おう」

と言ってすぐに部屋を辞する。

そして、少し退屈そうにしていたミーニャに、

「これから町に出よう。昼は屋台でいいか?」

と微笑みながら声を掛けた。

「はい!よろこんで!」

と、まるで居酒屋の店員みたいな返事をしてくるミーニャを連れて屋敷を出る。

執事のアルフレッドが、

「誰か案内を出しましょう」

と言ってくれるのを丁重に断っておおよその店の場所を聞くと、私は乗って来た馬車を自分で動かして紹介された丁子屋という薬種問屋へ向かった。


城下町の綺麗に舗装された道を馬車で行く。

すると、侯爵邸からそれほどかからずその丁子屋という薬種問屋を見つけることができた。

いかにも歴史がありそうな佇まいのその店の前に馬車を止め、さっそくその入り口をくぐる。

中はいかにも薬種問屋と言った感じで、カウンターを隔てた壁にはいくつもの薬草らしきものや薬の類が置かれていた。

まずは手近にいた店員に、

「シュタインバッハ侯爵からの紹介で来た、ルーカス・クルシュテットだ。よければ店主殿にお会いしたい」

と告げ紹介状を渡す。

すると、その店員はほんの少し驚いたような表情をしつつも、わりと落ち着いて、

「少々お待ちください」

と言い店の奥へと下がっていった。

やがて、いかにもそれらしい好々爺が店の奥から出てくる。

そして、その男性は丁寧に礼をすると、

「当店の主、ヨームでございます。本日はようこそおいでくださいました」

といかにも老舗の主らしい挨拶をしてきた。

「忙しいところ急に押しかけてすまん。実は買い取って欲しい薬があってな」

と言いつつ、ベル先生が書いてくれた鑑定書らしきものを店主に渡す。

店主がその鑑定書を見ている横から、

「一応、西の賢者と呼ばれるクララベル・フラン・イルベルシオート殿が調合したものだ。物に間違いはないと思うが確かめてみてくれ」

と言い、ミーニャが持っていてくれた木箱をそのまま差し出した。

「失礼します」

と言って店主が木箱を開けると、そこには十数本の薬瓶が入っている。

店主はそのうちの一本を取り出すと、

「失礼ですが、念のため鑑定してもよろしいでしょうか?」

と私に聞いてきた。

「ああ。頼む」

と軽く了承して店主にうなずいて見せる。

すると店主は、

「では少々お待ちください」

と言って、奥へと下がっていった。

店主を待つ間、店員が淹れてくれた紅茶を飲みつつ店の中を眺める。

壁際に並べられている薬はどれも耳馴染みの無いものばかりだったが、

(これに使われている薬草の中に、なにか香辛料として使えるものもあるんだろうな…)

と考えながら興味深く見ていると、店主は意外にも早く戻って来た。

「お待たせいたしました。間違いございません」

と言う店主の言葉に、

(まぁ、そうだなろうな)

と思いつつも、どこか安心して、

「ありがとう。で、引き取ってもらえるか?」

と聞く。

すると店主は軽く苦笑いを浮かべつつ、

「はい。ぜひとも…と言いたいところですが、あいにくうちでは全部を引き取ることができません。なにしろ、大変高価なものですから…」

と遠慮がちにかなり意外なことを言ってきた。

「なに?そんなに高い薬だったのか?」

と私も驚いて聞く。

すると店主はこちらも驚いたような顔をして、

「どんな薬なのかご存じなかったのですか?」

と聞いてきた。

「ああ。私は単に預かっただけだし、賢者殿が作る薬に間違いはないだろうと思って何も聞かずに持って来た」

と正直に答える。

そんな私の答えを聞いた店主は、

「ははは。左様でございましたか」

と軽く困ったような笑顔を浮かべつつ、

「こちらは、なんというか…、まだまだお元気でいたいと願う壮年の男性のためのお薬でございます」

と少し遠まわしな言い方でその薬の効用を教えてくれた。

それを聞いた私は、

(ああ、どうりでうちの領には必要ないと言ったわけだ…)

と思いつつ、

「…ああ、なるほど」

と、こちらも困ったような笑顔を浮かべて、

「ははは…」

と乾いた笑みを浮かべて見せる。

そんな私に店主はまた少し申し訳なさそうな顔をしながら、

「王都にそういった貴族様相手に手広く商売をしている私の知り合いがございます。もしよろしければ半分ほどはそちらにお持ち込みいただけますか?」

と聞いてきた。

(…王都か。エリーは大丈夫だろうか?)

と思いつつ、いざとなれば私だけちょっと行ってくればいいだろうと思って、

「ああ。わかった。すまんが、紹介状をもらえるか?」

と言って紹介状を頼む。

すると店主は、

「申し訳ございません。ありがとうございます。すぐにしたためてまいりますので少々お待ちください」

と言ってまた奥へと下がっていった。

またぼんやりと紅茶を飲みながら、店主が戻って来るのを待つ。

(…なるほど。その手の薬は高価なものが多いと聞いてはいたが、いったいいくらになる事やら…)

と思っていると、また店主はすぐに戻って来て、

「こちらが紹介状になります。あと、こちらは半量の代金です。どうぞお改めを」

と言って革製の長財布のようなものを出してきた。

(ん?)

と思いながら、その革製の入れ物を受け取り中を見る。

するとそこには虹色の光沢を放つ銀色の硬貨が7枚ほど入っていた。

(なっ!?聖銀貨じゃないか!?)

と驚きつつ店主を見る。

そんな私の顔を見て店主は少し苦笑いを浮かべると、

「大変申し訳ございませんが、それがうちにできる精一杯の価格でございます」

と、困ったような顔でそう言ってきた。

「ああ、いや。すまん。あまりにも久しぶりに見た物でな…。少し驚いてしまった。…しかし、そんなに高価なものだったとはな…」

と言いつつ、一本で金貨10枚、前世の記憶的に言えば700万円ほどの値が付いたその薬瓶を見る。

(果たしてどんな御仁が使うのやら…)

と思って半分ぞっとしていると、店主がまた困ったように笑い、

「その手の需要はいつの時代もあるものでございますよ」

と言ってきた。

「ははは、そうか…」

と乾いた笑いを浮かべながら、半分だけ残った薬瓶の箱を持って店を後にする。

そして、その革製の入れ物を恐る恐る懐にしまうと、

「…とりあえず、飯を食いに行くか」

とミーニャに声を掛けて、市場の方へと向かった。


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