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第131話晩冬の出来事02

翌日。

午前中は書類仕事に打ち込み、午後から衛兵隊の詰所を訪ねる。

まずは隊長のエバンスのところに挨拶にいった。

「いそがしいところすまんな」

と声を掛け隊長の執務室に入る。

「いえ。いかがなさいました?」

と少し怪訝な顔でそう聞いてくるエバンスに私はかるく笑みを浮かべながら、

「いや。たいしたことじゃないが、食べ物絡みでちょっとな」

と言うとエバンスは少しほっとしたように苦笑いを浮かべ、

「それは重大案件ですな」

と冗談を言って私にソファを勧めてくれた。

そこで、例のチックに似た果物を見たことがないかとおおよその場所を地図で示しながら聞く。

しかしエバンス自身は見たことがないということだった。

どうやらその辺りは魔獣も獣も少ないのであまり重点的に見回らない地域だそうだ。

そこへ行くのは新人の野営訓練の時くらいで、あとはざっと見て回る程度の警戒しかしていないと言う。

そこで少し前にその辺りの見回りをしたという班がいれば呼んでくれと頼んで、その班の一員を呼んでもらった。


「モッズ。たしか少し前にこの辺りの見回りをしていたと思うが、こんな、緑色で小さい果物を見かけなかったか?」

とエバンスが、その衛兵モッズに私がなんとなく書いた絵を見せながら聞く。

するとそのモッズと呼ばれた中年の衛兵は、少し首をひねりつつ、

「うーん…。そう言えば、そんなのがありましたかねぇ…」

と当時の記憶を探り出すかのような仕草をしながら、そんな曖昧な答えを返してきた。

「どの辺で見た?」

と少し勢い込んで聞く私にモッズは少し怯んだような様子を見せつつ、

「え、えっと、どの辺りとかいうのははっきり覚えていませんが、見回りの行程のどこかだったことは間違いないんで…」

と言って私たちが広げている地図に目を落とす。

そして、私がなんとなく見当をつけていた辺りの端の方を通るように指でなぞりながら、

「この辺をこう、西から東の方に向かって森の薄い所を進んでいった感じです」

と教えてくれた。

私はその行程をさらに詳しく聞き、地形にどんな特徴があったかというようなことを聞き出す。

するとモッズは、

「はい。たしか山際に沿って歩いていましたから、その実を見たのは山の斜面だったと思いますね。たしか、いい天気で陽当たりも良かったから、秋の終わりにしちゃ温かくて助かると思ったのを覚えておりますので…」

と、また当時の記憶を思い出しながらそんな情報を教えてくれた。

それを聞いて私は、

(もし、本当にチックがあったとすれば大発見だ。夏は暑く冬は寒いこの辺境で冬のビタミン源を確保できるのは大きい。それになにより料理の幅が大きく広がる!)

と思い、思わずモッズの手を固く握りしめる。

そして、その感動を隠しもせず、

「ありがとう!」

と言って、その手をブンブンと振った。

「え、あ、はい…」

と呆気にとられるモッズと苦笑いをするエバンスに、

「ありがとう。おかげで目途が付いた。これからも何か珍しい物を見つけたらすぐに報告してくれ。空振りでもかまわんからな」

と伝えて、衛兵隊の詰所を後にする。

そして私はいったん役場に戻ると、ウキウキとした気持ちでまた書類の処理に戻っていった。


翌日。

猛烈な勢いで書類を片付け、夕方まではもう少しあるだろうという時間に薬院を訪ねる。

対応に出て来てくれたセリカに聞くと、ちょうどそろそろ仕事が終わるころだろうと言ってくれたので、私は応接室に入りお茶を飲みつつ、ベル先生がやって来るのを待った。

やがて、無遠慮に応接室の扉が開き、ベル先生が入ってくる。

そしていきなり、

「どうだった?」

と聞いてきたので、

「可能性は高い」

とひと言そう言いつつ、ニヤリとした顔をベル先生に向けた。

「ほう。そいつは重畳」

と言ってこちらも微笑むベル先生に、

「目撃されたのはどうやら獣も魔獣も少ない地域らしい。それに、村からもそれほど離れていないから、コユキやライカの散歩ついでに近々いってくる。ベル先生はどうする?」

と、一応誘いをかけてみた。

しかし、ベル先生は、

「いや。今は薬の仕込みもあるし、例の試験問題の作製もあるでの。今回は遠慮させてもらおう」

と言って断りを入れてくる。

私はそれに軽くうなずいて、

「そうか。じゃぁ、明後日にも出かけるから、5、6日村のことを頼む」

と言うとベル先生と軽く握手を交わして薬院を後にした。

私はそのままの足でまずは屋敷の裏庭に向かう。

すると、案の定そこにはライカとコユキ、そしてエリーとそれを見守るマーサがいた。

軽くただいまと挨拶をしたあと、

「明後日から森に散歩に行こうと思うがどうだ?」

とライカとコユキの二人に提案する。

すると当然二人は、

「きゃん!」(やった!)

「ひひん!」(うん、行く!)

と言ってはしゃぎ、エリーも、

「まぁ、良かったわね」

と言って二人を撫でた。

そんな様子を微笑ましく見つめ、

「今回は調査もあるといえばあるが、本当に散歩みたいなものだ。気楽なものだから5、6日で帰って来られると思う」

とエリーに予定を告げる。

しかし、エリーは少し心配そうな顔をして、

「ご無理だけはなさらないでくださいね」

と声を掛けてきてくれた。

「ああ。もちろんだ」

と答え、微笑んで見せる。

そんな私の表情に安心したのか、エリーは、

「うふふ。じゃぁ、美味しいお弁当を作らなければいけませんね」

と楽しそうにそう言うと、

「コユキちゃんは何が食べたい?」

と言いながらコユキを抱き上げ、まるで子供に話しかけるような感じで、そんなことを聞き始めた。

やがて、弁当の具がハンバーグや卵焼きに決まるとみんな揃って屋敷の中に入っていく。

そして、その日も温かい食卓を囲み、幸せに一日を終えることが出来た。


翌々日の朝。

みんなに見送られ、屋敷を出発する。

今回はミーニャにも留守番をお願いした。

「たまにはのんびりしてくれ」

と言うとミーニャは少し不満そうな顔をしたが、

「帰ってきたらとびっきり美味いカレーを頼む」

と一応留守中に取り組んで欲しい課題を伝えると、

「かしこまりました!エリー様と頑張ってとびっきり美味しいカレーの研究をさせていただきます!」

と、いつもの明るい声でそう応えてくれた。

そんなことを思い出し、

(さて、帰ってきたらうちのカレーはどんな進化を遂げているんだろうか?)

と楽しみな気持ちを抱えてあぜ道を行く。

「きゃふーん」

「ひひん!」

と、まるで歌でも歌うかのように楽しそうに鳴くコユキとライカを微笑ましく見つつ、順調に歩を進めていると、昼過ぎには森の入り口にたどり着いた。

そこで、お待ちかねの昼食をとる。

「きゃん!」(エリーの卵焼き、好き!)

と言いつつ、美味しそうに卵焼きにかじりつくコユキや、

「ひひん!」(私、ニンジンケーキ大好き!)

と言って微笑むライカと楽しく食事を進め、ちょっとしたピクニック気分を味わうと、その日はそのまま楽しく進み、少し森の奥まで入ったところで野営をすることにした。


次の日。

モッズが教えてくれた行程に沿って辺りを慎重に観察しながら進んで行く。

すると、昼を少し過ぎたくらいで、その場所はあっさりと見つかった。

緩い山の斜面の所々に黄色やオレンジの実がちらほらと生っている。

中にはまだ青い物もあるから、おそらくセリカやモッズが見たのはまだ熟す前の若い果実だったんだろう。

私はその光景を見て感動に打ち震えつつ、ライカに頼んでその斜面を登ってもらう。

そして、その実に近づいてよく見て見ると、それは予想通り、レモンやミカンだった。

(レモンはともかくミカンまで…)

とさらに感動しつつ、その実を一つもぐ。

まずはレモンにナイフを入れ、軽く口に含んでみた。

「酸っぱ!」

と思わず顔をしかめる。

コユキは美味しそうな果物だと思って期待していたようだが、私の表情と臭いでそれが酸っぱいものだと察したのだろう。

少し残念そうな顔で、

「きゃふぅん」

と鳴いた。

そんなコユキを苦笑いで撫でてやりつつ、今度はミカンの木に移動してその実をもぐ。

(さて、こっちはどうだろうか?)

と期待に胸を膨らませつつさっそくその皮を剥き実を口に入れると、噛んだ瞬間、驚くほど甘い果汁が口の中に溢れ出してきた。

「んっ!」

と思わず声を出してしまう。

そんな私を見てコユキが、

「きゃん!」(私も!)

と、よだれをたらさんばかりの笑顔でそう言ってきた。

「ははは。よしよし」

と言ってコユキを少し落ち着けてやりつつミカンをひと房食べさせてやる。

するとコユキは、

「きゃふーん!」

と鳴いて、私の周りをくるくると駆けまわり始めた。

「はっはっは。そうかそうか。美味かったか」

と笑いつつ今度はライカにミカンを食べさせる。

するとライカも、

「ひひん!」

と大きく嘶いて、その喜びを全身で表現してくれた。

そんな二人の喜びようを私も嬉しく感じながら、さらにミカンをもいでいく。

そして、さらにねだってくる二人のためにせっせと皮を剥き食べさせてやるということをしているとあっと言う間に日が西に傾き始めた。

「おっと。いかん。とりあえず今日は出来るだけ実をもいで、後は明日にしよう」

と言いつつ急いで収穫し、麻袋一杯分ほどのミカンとレモンがとれたところで、野営の準備に入る。

そしてその日はみんなどこか興奮したような気持ちを抱えながら、柑橘のいい香りに包まれて穏やかな夜を過ごした。


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