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第130話晩冬の出来事01

侯爵領から戻って来て2週間ほど。

私は今日も役場で仕事に打ち込んでいる。

私の留守中に溜まった書類は想像以上で、父もなんとか頑張ってくれていたようだが、最終的に私の決裁が必要なものが多く、帰って来た翌日から執務室に山積みになっている書類の処理が始まった。

(そろそろ手伝いのひとりも入れんといかんな…)

と思いつつ書類と格闘する。

そんな私のもとにナツメを抱いたセリカとベル先生がやって来た。

「忙しいところ、すまんの」

と言いつつ無遠慮にソファに腰掛けるベル先生に苦笑いしつつ、私の隣で書類綴じを手伝ってくれていたミーニャに頼む。

そして私もいったん仕事の手を止め、ソファへと移動した。

「いや。ちょうど休憩しようと思っていたところだ。で、どうした?」

と聞きつつ、ベル先生の向かいに座る。

そんな私に向かってベル先生は、

「いや、なに。そろそろ薬院の手伝いを募集しようかと思っておるんじゃが、どうしたものかと思ってのう」

と、意外と真面目な相談を持ち掛けてきた。

「ほう。それはいいな。春になったら学問所の卒業の時期だ。中には進学したいという子もいるがいろんな事情で上手くいかない場合も多い。…まぁ、その辺は私の課題でもあるんだが…。それはともかくとして、そういう学びたいが学べない子供たちの中から優秀な子を選抜して弟子にするというのはどうだろうか?私もちょうどそろそろ手伝いが欲しいと思っていたところだ。今度学問所の教授方に相談してみるから、ベル先生は選抜の方法を考えておいてくれると助かる」

と答えてベル先生に視線を向ける。

するとベル先生は、

「うむ」

と、うなずいて少し考えると、

「薬院の手伝いの方は算術が得意な子がいいからそういう問題を用意するが、そっちはどんな子を入れたいと思っておるんじゃ?」

と私の求める人材の要件を聞いてきた。

「そうだな…」

と答えて少し考える。

そして、

(役場の仕事は多岐にわたるから、読み書き計算が満遍なく得意な子がいい。いや、算術は計算程度で大丈夫か…。なら、いっそ読み書きが得意な子を希望するとして、あとは各方面との調整もいるから、面倒見のいい子がいいだろう…)

と頭の中で軽く考えをまとめると、

「読み書きが得意で面倒見がいい子がいいな。算術はあまり必要じゃない。どちらかと言うと役場の業務は読み書きが主だからな。もちろん簡単な計算は出来た方がいいが、あくまでも計算くらいで大丈夫だ」

と私の希望する人材の概要を伝えた。

そんな希望を聞いてベル先生は、軽くうなずき、

「なるほど。わかった。それように簡単な試験問題を作ってみよう。暇なときに作るから、少し時間はかかるが、その間に学問所の方に話を持って行ってくれ。頼んだぞ」

と言って試験問題の作製を請け負ってくれる。

私はそのことを本当にありがたく思って、

「ありがとう」

と言うと深々と頭を下げた。

「おいおい。…そんなにかしこまられたんじゃ照れてしまうじゃろ。まったく…。お主はもうちょっと軽さというものを覚えい」

と言うベル先生の横でナツメもそれに同意したかのようにうなずく。

私は、

(軽さと言われてもな…)

と自分の硬い性格を少しだけ恨めしく思いつつ苦笑いを浮かべた。


そこへミーニャがお茶を持ってきてくれる。

「お茶請けに干し柿もどうぞ。この秋は豊作だったんで、たっぷりあるんですよ」

と言うミーニャに軽く礼を言って、さっそく干し柿を口に入れると、

「うん。やっぱり今年のは出来がいいな。これならいくら食べても飽きん」

と素直な感想を述べた。

ベル先生も、

「うむ。最初食べた時にはあのヨック…この村で言うところの柿がこんなに甘くなるのかと驚いたものじゃが、今ではこれがないと冬が来たという感じがせんから不思議なもんじゃて」

と言いつつ美味しそうに干し柿を頬張る。

その横でナツメも、セリカに干し柿をちぎってもらいつつ、

「にゃぁ」(うむ。これはあのヨックから出来たとは思えんほどよい食べ物じゃ。吾輩も好きであるぞ)

と言って喜んで食べ、お茶を飲んでいた。

「気に入ってもらえてなによりだ。で、用件はそれだけだったのか?」

と何気なく聞く。

「ん?なんじゃ。お茶くらいゆっくり飲ませてくれてもよいじゃろうて」

と少し恨み言のようなことを言うベル先生に、

「ああ、いや。そういう訳じゃないんだ。ベル先生がわざわざ仕事の時間にやってくるくらいだから、他にも急ぎの用事があるんじゃないかと思ってな」

と少し言い訳のようにそう言うと、ベル先生は、ふと思い出したように、

「ああ。そうじゃった。すっかり忘れるところじゃったわい」

と言って、なぜかセリカの方に目を向けた。

(ん?)

と思って私もセリカに目を向ける。

するとセリカは少し照れたようにやや顔を伏せ、

「い、いえ。そのちょっと思い出しただけですから…」

と遠慮がちにそんな言葉を発した。

「…というと?」

と聞いて話を促がす。

その合いの手にセリカは少し戸惑った様子で、

「あの、どう説明したらよいか…」

と言いベル先生の方に視線を向けた。

そんな視線を受けてベル先生は、少し困ったような表情で苦笑いを浮かべると、

「ああ。もしかしたら新しい食べ物を発見できるかもしれんという話じゃ」

と、かなり興味深いことを言ってきた。

「ほう?」

と前のめりになって、話の続きを促がす。

するとベル先生は、少しニヤリと笑って、

「チックは知っておるか?」

と私に聞いてきた。

「チック…というと、あのやたらと酸っぱいという話の果物か?確か、南方の特産だったな…。それがどうした?」

と自分の記憶の中からかなりあいまいな記憶を引っ張り出しつつ、それがどうしたと逆に聞き返す。

そんな私の質問にベル先生は「もっともだ」という風にうなずいて、

「うむ。あの酸っぱくてそのままではとても食えんあの果物じゃ。だが、お主なら何か使い方を思いつくんじゃないか?」

と、さらに質問を重ねてきた。

私はいったいなんだろうかと思いつつも、

「ああ。私は食べたことが無いから詳しくはわからんが、果汁は肉をさっぱりさせそうだし、実は砂糖漬けにすれば食えるように思うが…」

と答えてベル先生の方に「?」という顔を向ける。

そんな私の表情を面白がるように、ベル先生はニヤリと笑うと、

「私の持っている図鑑にたまたまそのチックの絵が載っておってのう。それをみたセリカが昔森の中で似たような果物を見かけたことがあるというんじゃ。どうじゃ?ちょっとは興味が湧いて来たか?」

と、いわゆるしたり顔で私を挑発するようにそんなことを言ってきた。

しかし、私はそんなベル先生の顔が気にならないほど興味を惹かれて、素直に、

「ほう。それは興味深いな。是非どの辺りで見かけたのか教えてくれ」

と、かなり前のめりでそう言い、セリカに熱い視線を向けた。

「え、えっと…」

と言って若干引き気味のセリカの横で、

「はっはっは。予想通り食いついてきおったわい」

と言ってベル先生が笑う。

それから私は急いで地図を持ってきて、セリカから詳しい話を聞き取り始めた。

しかし、残念なことにセリカはもう5年ほど昔だし、当時まだ見習いだったから場所をよく把握していなかったと言って申し訳なさそうな顔をする。

それでも、おおよその方向と見習いがいける程度には安全な場所での目撃だったという情報を得て私は一応満足すと、これまでの知見とあわせておおよその探索範囲を割り出した。

「あとは衛兵隊への聞き込みもすればもっと絞れるな」

と言って地図にいくつか印をつける。

そんな私を見て、セリカは素直に感心したような表情を浮かべ、ベル先生はどこか呆れたような苦笑いを浮かべていた。

その後、お茶を飲み終わり仕事に戻るというベル先生と一緒に役場を出て学問所に向かう。

そしてそこで先ほどの話をすると、その教授方の男性は、

「それはよいお話です。優秀なのに進学を諦めた子は各村に何人かはいるものです。さっそくやる気のある子に声を掛けてくれるよう、各学問所にも通達しておきましょう」

と言ってくれた。

そんな話をありがたく思い学問所を後にする。

そろそろ夕暮れが近づき仕事を切り上げる村人たちとすれ違う度に軽く挨拶を交わしながらあぜ道をのんびり歩いていると、屋敷に着く頃にはすっかり日が暮れていた。

「すまん。遅くなった」

と言いつつ玄関をくぐりリビングに入る。

するとそこにはコユキと戯れるエリーがいて、

「おかえりなさいませ。お疲れ様でした」

と声を掛けてきてくれた。

「ああ。ただいま」

と声を掛けて、エリーの隣に座る。

すると、コユキがエリーの膝から私の膝の上に移動してきた。

「きゃん!」(おかえり!)

と言いつつ甘えてくるコユキを撫でてやりつつ、今日の出来事をエリーに話す。

すると、エリーは、

「まぁ。それはいいことですわね。上手くいくことを願っておりますわ」

と、まるで自分のことのように喜んでくれた。

そんなエリーの言葉を私も嬉しく感じつつ、家族で楽しくお茶を飲む。

そして、いつものように、

「ご飯の支度ができましたよ」

というミーニャの声が掛かると、私たちは食堂に移動してその日も楽しい食卓を囲んだ。


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