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第129話エリーと侯爵領へ11

翌朝。

お土産の類を買い求めたあと、王都を発ち、エリーたちが待つ宿場町へと向かう。

短い旅は何事も無く順調に進み夕方にはエリーたちが泊る宿へと辿り着いた。

さっそく自分の部屋を取り、エリーたちがいる部屋を訪ねる。

すると、すぐにミーニャが扉を開けてくれて、

「おかえりなさいませ!」

といつも通り元気な声で迎えてくれた。

「ああ。ただいま」

と微笑みながら言う私にエリーとマーサもからも「おかえりなさいませ」という声が掛けられる。

私はその何気ないやり取りになんとも言えない充実感を感じながら、

「さて。さっそくだが飯にしようか」

と、みんなに声を掛けた。

「うふふ。相変わらずですわね」

とエリーがおかしそうに笑う。

私はその笑顔に少し照れてしまい、

「すまん。腹が減っていたもので、つい、な」

と頭を掻きながら答えた。

その後、軽く準備を整えてみんなで宿を出る。

その日も食事は楽しく進み、明るい気持ちのまま眠りに就いた。


翌日からも旅は続く。

未来に希望が見えたエリーの笑顔はやはりこれまでとはどこか違っていて、そんな笑顔に釣られたのか、私たちもいつもより楽しい気持ちになりながら、旅は順調に進んでいった。

やがて、最後の宿場町に到着する。

その日も楽しく夕食を終えると、私はエリーとマーサに、

「明日からは野営だ。不便を掛けるがよろしく頼む」

と声を掛けた。

「いいえ。もうすぐお屋敷に着くんだと思うと逆に楽しみなくらいですわ」

と言ってくれるエリーに感謝しつつ、自分でも、

(そうだな。やっと帰れるんだな…)

という思いを強くした。

翌朝。

宿場町の市場で軽く食料の補充をしてから出発する。

前半の上りは時折馬を休憩させながらゆっくりと進み、3日ほどで例の峠に差し掛かった。

「今日はここで野営だな」

と言いつつ、夕日に染まる辺境の風景を見ながらみんなでお茶を飲む。

「あそこでみんなが待ってくれているんですね…」

と感慨深そうにそう言うエリーに、

「ああ。急げば明日の夕方には着くだろう」

と言うと、

「うふふ。ではとびっきり急いで帰りましょう」

という冗談半分の答えが返って来た。

「そうだな」

と私も笑いながら答えて、野営の準備に取り掛かる。

その日もミーニャとエリー、マーサが楽しそうに料理をし、私はその光景を微笑みながら見つめ、のんびりと設営を進めていった。

翌朝早く。

空が白み始めたのを合図に出発する。

ガタゴトと状態の悪い山道を下り、ようやく麓の田舎道に入ると、人心地着いたような気になった。

(道の整備は領地運営の基本だが、うちの場合はかなり時間がかかりそうだな…)

と、出発した時と同じようなことを思いつつ、先を急ぐ。

すると午後になってようやく屋敷があるクルス村の門が見えてきた。

私たちに気付いた衛兵が馬で屋敷の方に向かうのが見える。

おそらく先ぶれに行ってくれたのだろう。

私はやや馬を急がせながら門に近づくと、たまたまいてくれたハンスに、

「ただいま」

と声を掛けた。

「おかえりなさい。今先ぶれをやったっす」

といつものニカッとした笑顔でそう言ってくれるハンスに礼を言って先を急ぐ。

すると、屋敷の門が見えて来たかという所で、

「ひひん!」

「きゃうーん!」

という声と共にライカとコユキが飛び出してくるのが見えた。

すごい勢いで駆け寄ってくるライカの背にはコユキが器用に乗っている。

私は慌てていったん馬車を止めると、

「きゃん!」(ルーク!)

「ひひん!」(おかえり!)

と言ってくる二人を抱き留めるためにいったん馬車を降りた。

すぐにライカが駆け寄ってきて私に頬ずりをしてくる。

そしてコユキは器用にライカから飛び降りると私に向かって勢いよく飛び込んできた。

私はそれをしっかり受け止め、

「ただいま」

と二人に笑顔を向ける。

するとライカはますます私に頬を擦り付け、コユキは私の胸にぐりぐりと頭を擦り付けてきた。

「ははは。お土産に干し果物をたくさん買ってきたからな。帰ったら一緒に食べよう」

と言って二人を撫でる。

そんな私たちの後でエリーたちが乗った馬車も止まり、少し勢いよく扉が開く音がした。

「コユキちゃん、ライカちゃん!」

と叫ぶように言って、エリーが二人に近寄ってくる。

そして、エリーはまずライカに抱き着くと、

「ただいま…」

と少し涙目になりながらそう言った。

「ぶるる」(おかえり、エリー)

と言ってライカが優しくエリーに頬ずりをする。

すると、エリーはくすぐったそうに「うふふ」と笑い、ライカを優しく撫で始めた。

私の腕の中でコユキが、

「きゃん!」

と鳴く。

その声にエリーはまた「うふふ」と笑うと、

「コユキちゃんもただいま」

と言って私の方に腕を伸ばしてきた。

そんなエリーに私はコユキを渡してやる。

コユキは私にしたのと同じように、

「きゃぅ…」

と少し甘えたような声を出しながら、エリーの胸に頭をぐりぐりと擦り付け始めた。

「ははは。よかったな」

と言って微笑みつつその光景を眺める。

そして、また私に近づいてきたライカに、

「ありがとうな」

と言葉を掛けつつ撫でてやると、ライカは嬉しそうに、

「ひひん!」

と鳴いて、また私に頬ずりをしてきた。

そんなふれあいをひとしきり楽しみ、再び馬車に乗り込む。

ライカは先頭を歩き、コユキはエリーたちの馬車に乗った。

「ぶるる」

と楽しそうに鳴いてご機嫌なライカに導かれるように屋敷の門をくぐる。

するとそこには父やバティスに加えてベル先生とナツメも待っていてくれた。

「ただいま!」

と大きな声で帰還の挨拶をしてみんなに手を振る。

そんな私にみんなも笑顔で手を振り返してきてくれた。

エリーも馬車の窓を開けて、

「ただいま帰りました!」

と大きな声で言って手を振る。

それにもみんなは、それぞれに、

「おかえり」

という言葉を言って笑顔で手を振ってくれる。

そして、私たちが玄関に着くと、さっそくバティスが、

「荷下ろしは私とミーニャがやっておきますので、まずはお風呂をお使いください。離れの方もただいまエマが準備をしておりますので、間もなくかと」

と言ってきてくれた。

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」

と言いつつ私は父の方に歩み寄り、

「万事良い方向に向かっております」

と短く今回の成果を報告した。

「うむ。詳しい話は後だ。先に旅の垢を落としてくるといい」

と言ってくれた父に、

「ありがとうございます」

と礼を言ってさっそく手に持てるだけの荷物を持って屋敷の中へと入っていく。

久しぶりに嗅ぐ我が家の匂いは、どことなく私の心を落ち着けてくれた。

その後、手早く風呂を済ませて、まずはリビングに向かう。

そしてそこでお茶を飲んでいた父やベル先生に今回の旅の報告をした。

まずは父に、

「犯人らしき人物の特定が終わり、証拠も間もなく揃うそうです。…もしかしたら、今頃は侯爵様の手元にあるかもしれません」

と現状を伝えた。

そんな言葉に父は、

「そうか。…あとは、時を待つだけだな」

と嬉しそうにそう言う。

私がそれに小さくうなずき、

「ええ。少なくとも1年ほどかかるようですが、来年の今頃には全て片付いていることでしょう」

と今後の見込みを伝えると、父はなぜか私に真剣な表情を見せながら、

「1年か…。長いようで短いぞ?」

という言葉を投げかけてきた。

私はその真意を汲みかねたが、とりあえず、

「ご安心ください。何があっても乗り切ってみせますよ」

と答える。

すると、父はなぜか、

「ふっ」

と短く笑って、

「ああ。乗り切ってみせろ」

と意味深にそう言ってきた。

私はその笑いの意味を計りかねて、少しきょとんとする。

そんな私を見ながらベル先生もなぜか、

「はっはっは。こりゃいいわい」

と言って笑い、ついでにナツメも、

「にゃぁ」(ああ。見ものになりそうじゃ)

とおかしそうにくすくすと笑いながらそう言った。

私はますますなんのことかわからずさらにきょとんとするが、そこへエマがやってきて、

「無事にエリー様達の荷下ろしも終わりましたので、お食事にお誘いしておきました。今夜は少し遅くなるかもしれませんから、先におやつでも召し上がられますか?」

と、私の腹の具合を聞いてくる。

私は父やベル先生たちの態度がどこか腑に落ちないと感じながらも、

「ああ。そうだな。軽く甘い物が欲しい。干し果物かあるか?」

と言ってエマにおやつを頼んだ。

そんな私を見て父とベル先生、ナツメがまた少し苦笑いを浮かべる。

私はそれに、

「なんなんです?」

と聞くが、父は相変わらず苦笑いをしたまま、

「いや。エリーのこれからが楽しみだと思っただけだ」

と少しずれた答えを返してきた。

私はなんだかはぐらかされたような気がして少しもやもやしながらも、やがてエマが持ってきてくれた干し柿を口にする。

そして、

(お。今年の干し柿は良く出来てるな…)

という感想を持つと、手元にあった温かい緑茶をずずっとすすった。

私の膝の上ではコユキが幸せそうに丸くなっている。

私はそんなコユキを軽く撫でてやりながら、

(私は本当にいい家族に恵まれたな…)

と、侯爵様の屋敷でも思ったことを再び思い、その幸せを噛みしめるようにそっと目を細めた。


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