翌朝。
ミノタウロスを焼いて魔石を取り出してから出発する。
もちろん帰りも気が抜けないことはわかっていたが、私たちの間にはなんとも言えない達成感のようなどこかのんびりしたような空気が漂っていた。
そんな帰路も魔獣との戦いを繰り返しなんとかフェンリルの縄張りの端にたどり着く。
帰りはハンスとミーニャも積極的に戦闘に参加してもらった。
そのおかげか、二人ともなかなか充実した表情をしている。
「なんか、まだまだ、目指すべきところがあるんだなって思ったら、逆にやる気が湧いてきたっす」
と言っていつものようにニカッと笑うハンスの笑顔が印象的だった。
その日は久しぶりにゆっくりと寝て翌日からフェンリルの所へと向かう。
いつものようにフェンリルと会う場所に着くと、そこにはすでにフェンリルが待っていてくれた。
「お疲れ様。どうだった?」
と聞くフェンリルにミノタウロスのことを伝える。
そして、行きはコカトリス、帰りは50ほどのオークの群れに出くわしたこと伝えると、フェンリルは苦悶の表情を見せ、まずはナナオを呼ぶと、
「あれにも相談してみなさい。きっと同じように奥地に調査に行くことになると思うわよ」
と、また「あれ」という単語を出してそんな指示を出した。
それにナナオがうなずいたのを見て今度は私に、
「おそらくこれで終わりじゃないわよ。気を引き締めておきなさい」
と怖いことを告げてくる。
私は驚きの表情を隠せないまま、しかし、しっかりと気を引き締めて、
「ああ…。覚悟しておこう」
と返事をした。
その後、フェンリルと今後のことを話す。
私が、ミノタウロスの拳を防げなかったということを話すと、
「あれに対抗するにはもう一段階上の防御魔法、つまり、魔力をそのまま自分の周りに展開させる魔法が必要よ。そこにいる森の賢者に基礎から習うといいわ」
と、これからの私に必要なことを教えてくれた。
「にゃぁ」(うむ。任せるがよい)
とフェンリルに対しても鷹揚な口を利きつつ、髭をくしくしとするナツメをなんとも微笑ましく思いつつ、その日はそこで野営をさせてもらう。
その日は珍しくフェンリルも一緒に夜を過ごし、自分の胸の中にいるコユキと楽しそうに会話を交わしていた。
翌朝。
フェンリルに別れを告げ、村へと向かう。
道中、警戒に当たってくれていた衛兵の一隊に出会ったので、屋敷への先ぶれを頼んだ。
「これで帰ったらすぐに美味いカレーが食えるな」
と冗談を言い、その日は森の入り口で野営にする。
そして、翌日の昼頃。
私たちはようやく屋敷のあるクルス村へとたどり着くことが出来た。
「長かったな…」
と思わず本音をつぶやく。
そんな言葉に、みんなも、
「ああ。大冒険じゃったな」
「ふっ。しかし、そのおかげで俺らはウハウハよ」
「にゃぁ」(ああ。大収穫じゃったのう…)
「うむ。我が国にとっても実にためになる経験が出来た」
とそれぞれに感想を述べ合う。
私は、大きな仕事を成し遂げたなんとも言えない高揚感を胸に抱きつつ、我が家へ続くあぜ道を進んでいった。
途中、ハンスや、ベル先生、ナツメ、ジェイさんと別れ、私とミーニャ、そしてナナオの三人で屋敷の門をくぐる。
すると、私たちをみたバティスが急いで家の中に駆けこんで行き、家族全員がそろって私たちを出迎えてくれた。
ライカから降り、さっそく父に、
「ただいま帰りました」
と帰還の挨拶をする。
すると父は、
「ああ。ご苦労だった」
と、ひと言だけ言って、自分の後に目を向けた。
そこにはエリーの姿がある。
私はエリーにも、
「ただいま」
と帰還の挨拶をすると、左腕の腕輪を見せてやりながら、
「良く効いたよ」
と微笑みながら軽く冗談を言った。
そんな言葉にエリーが泣き笑いで、
「おかえりなさいませ…。ご無事でなによりですわ…」
と返してくる。
そんなエリーに父が、
「遠慮はいらんぞ」
と少し冗談っぽくそんなことを言ってその背中を軽く押した。
私がなんだろうかと思っていると、エリーが照れたような感じで、私の方に歩み寄って来る。
そしてエリーは私の傍までくると、いよいよ本格的に涙を流して私の胸に顔を埋めてきた。
そんなエリーを軽く抱きしめ、
「心配をかけたが、もう大丈夫だ」
と優しく声を掛ける。
「うぅ…」
とエリーが私の胸で嗚咽を上げる。
私はその声をなんとも愛おしく感じながら、
「もう大丈夫だ…」
と同じ言葉を繰り返し、その背中を軽く撫でてやった。
やがてエリーが顔を上げ、涙を拭きながら、
「今夜はカレーですわ」
と照れ隠しのように微笑みながら冗談っぽくそんなことを言ってくる。
私もそれに、
「ああ。それを楽しみに頑張ってきたんだ」
と冗談を返すと、私たちは二人して、
「うふふ」
「ははは」
と笑い合い、その笑顔がその場にいた全員に広がっていった。
その後、なんとなく照れくさい空気を感じながら屋敷の玄関をくぐる。
そして、客人であるナナオから先に風呂を済ませてもらうと、私もゆっくりと風呂に浸かり、その後は夕飯ができるまで、ゆっくりと書き物をしながらのんびりとした時間を過ごさせてもらった。
やがて、さっそくメイド服に着替えたミーニャが、
「カレーができましたよ!」
と笑顔で夕飯が出来たことを知らせに来てくれる。
私はその声に微笑みながら、
「ああ。すぐに行く」
と言って席を立つと、
「カツもから揚げも、ハンバーグも半熟卵もあるんですよ!」
と今日のトッピングがやたらと豪華であることを教えてくれた。
「そいつは楽しみだ」
と笑いながら食堂の扉をくぐる。
するとそこには家族全員の笑顔があって、また私を温かい気持ちで包み込んでくれた。
そこにナナオとシュメがやって来る。
ナナオは席に着きながら、
「先日来、カレーと言っているがどんな食べ物なんだ?」
と単純な質問をしてきた。
その質問に、私は、
「ああ。そう言えば説明してなかったな。米に辛いシチューくらいのとろみがついたものを掛けてくう我が領の名物なんだが…。辛い物は平気か?」
と、そういえばナナオにカレーのことを説明していなかったことを思い出しつつ問い返す。
その逆質問にややきょとんとするナナオが、
「む。辛さにもよるが、苦手ではないぞ」
と答えたのに安心して、
「そうか。まぁ、とりあえず食ってみてくれ。食えばわかるはずだ」
と言って少しイタズラな感じの笑みを送ってみた。
そんな私に、ナナオが、
「ああ。楽しみだ」
と言って苦笑いを返してくる。
すると、ちょうどその間を計ったかのように、食堂の扉が開き、
「お待たせしました!」
と言ってミーニャがカレーを鍋ごと運んできてくれた。
「お替りもたくさんありますからね」
という言葉にコユキが、
「きゃん!」(やったー!)
と一番に反応する。
私たちはそんなコユキを微笑ましく見つめながら、それぞれにカレーが配られるのを待った。
やがて、「いただきます」の声がそろい食事が始まる。
そしてカレーをひと口食べたナナオが、
「むっ!」
と目を見開いて驚きの声を上げた。
「どうだ?」
と少しだけ心配しながら聞くと、ナナオが、
「これは米の食べ方に革命をもたらす食い物だな…。いや、まったく驚いた」
と言って、さっそくもう一口食べる。
私は、
(ふふふ。とことん日本人好みにしたおうちカレーが嫌いな人間などいなかったようだな)
と心の中でほくそ笑みつつ、
「そこのカツやから揚げ、ハンバーグなんかを自由に乗せて食ってみてくれ。カレーの味わいが加わると、普通のカツやから揚げとはまた違った味わいになるぞ」
と、さらにトッピングという概念をナナオに伝えた。
「むっ!」
と、ひと言唸って、さっそくナナオがカツに手を伸ばす。
そして、
「このカツといいから揚げといい、この領の料理は本当に素晴らしいな…」
と、どこか感慨を込めたようなことを言うと、思いっきりカツにカレーを付けて頬張り、
「うむ!」
と満足そうな声を上げた。
その様子にみんなも笑顔でカレーを頬張る。
私はまず、とろとろの半熟卵とから揚げを選んだ。
卵のうま味とまろやかさが香辛料の香りと相まって無条件に米を進ませる。
そして、そこにから揚げのカリカリ食感とじゅわっと溢れ出す肉汁が加わり、私の口の中に完璧な小宇宙を完成させた。
そんな私の横でコユキが、
「きゃふぅーん!」(ハンバーグ美味しい!)
と叫びまたみんなが微笑む。
私はさっそく、
「お替り!」
と言って皿を掲げると、父も、ナナオも、
「わしにもくれ!」
「すまんが、こちらにも」
と言ってそれぞれに皿を掲げてみせた。
「はーい!」
とミーニャが明るく返事をして、カレーパーティーが続く。
私は、
(明日、ベル先生やジェイさんの所にもカレーを差し入れてやらんとな…)
と思いつつ、お替りのカレーに今度はカツを乗せて思いっきりガツガツと頬張った。