オーク戦の翌朝。
さっそく帰路に就く。
帰路は順調に進み、やがてフェンリルの縄張りに入るとそこからはフェンリルに報告に行くため、私とミーニャは隊と別行動をとることになった。
久しぶりに母に会いに行けると喜ぶコユキを宥めてやりつつ、フェンリルのもとを目指す。
そして、いつもの場所に到着すると、
「待っていましたよ」
と、いつものように後ろから突然声を掛けられた。
「ああ。すまん。ちょっと時間がかかったかもしれん」
と冗談交じりに言いながら振り返り、まずはコユキを母のもとに向かわせる。
すると、コユキを胸に入れたフェンリルが、
「そう。そんなことがあったのね…。うふふ。よく頑張ったわね」
と母親らしい顔で嬉しそうにコユキと話を始めた。
私からも改めて、今回のことを報告する。
「そう。これからも気を付けなさい。きっとこの森の異変はまだ終わっていないはずよ」
と恐ろしいことを言うフェンリルに真剣な顔でうなずくと、フェンリルはどこか満足したような表情で、
「信じていますよ」
と優しく励ますような言葉を掛けてくれた。
「ああ。せいぜい頑張るさ」
と肩をすくめつつ苦笑いで返す。
そしてその日はそこでゆっくりと野営をさせてもらった。
翌日。
フェンリルに別れを告げて再び村を目指す。
途中、森の浅い所にある衛兵隊の野営地に入ると、そこでみんな無事に村に着いているということを聞いた。
(よかった…)
と、ほっとしつつそこでまた一泊させてもらう。
そして、次の日の午後。
屋敷に着くと、そこにはエリーを含めた家族全員が出迎えに出て来てくれていた。
「ただいま」
「きゃん!」
「ひひん!」
という挨拶に、それぞれから「おかえり」の声が返ってくる。
私はまず父に帰還の報告をしようと思ったが、父はエリーの方を向き、
「あっちがさきだ」
と言った。
見ればエリーが目に涙をためている。
それを見て私の心には嬉しいような申し訳ないような、なんとも言えない気持ちが込み上げてきた。
「ただいま」
と万感の思いを込めた短い言葉を投げかける。
すると、エリーは少しグスンとしながらも、
「おかえりなさいませ。カレーの準備は整っておりましてよ」
と少し冗談めかしてことを言いつつ、いつものようにふんわりと微笑んでくれた。
微笑みと共に、
「ありがとう」
という言葉を返す。
そして、私は自分でも気が付かないうちにエリーのことを抱きしめていた。
「あ、あの…」
という少し戸惑ったような声が胸元から聞こえてくる。
私はその声にハッとして、
「あ、ああ、すまん。つい…」
と言って手を離した。
目の前には真っ赤になったエリーがいる。
おそらく私も似たような顔色をしていたことだろう。
私の胸がドキドキとなり、何をどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
そんな私に、
「…みなさんの前では恥ずかしゅうございます」
とエリーがうつむきながら小さな声で抗議をしてくる。
私はしどろもどろになりながら、
「あ、ああ。すまん…」
と答えたが、そんな私たちに父が、
「はっはっは!今日は暑いな!」
と、からかうような言葉を掛けてきた。
周りのみんなもクスクスと笑い始める。
私もエリーもそれがなんとも恥ずかしくて、ますます顔を赤くしてしまった。
「今日のカレーは特別美味そうだわい!」
と言って屋敷に戻っていく父に続いてみんなも屋敷に戻っていく。
私とエリーは少し目を合わせて、「ははは…」「うふふ…」とお互いにはにかみ合うと、みんなに続いて屋敷へと入っていった。
屋敷に入るとバティスとエマに荷物を頼み、風呂に入らせてもらう。
湯船の中で気持ちよさそうに、
「きゃふぅ…」
と声を出すコユキを撫でてやってから私もどっぷりと湯船に浸かった。
「ふぅ…」
と吐く息とともに疲れがじんわりと抜けていく。
そして、今回の冒険のことを振り返り、なんともほっとしたような気持ちになった。
(みんな成長している。このまま順調にいけばそのうち、オークロード程度の脅威には自分たちで対処できるようになるだろう。もちろん、まだまだミノタウロスのような化け物には安全に対処できないだろうが、それも時間の問題だろう…。本当に私は頼もしい衛兵隊に恵まれたな)
と思って、笑顔を浮かべる。
そんな私をコユキが、
「きゃふぅ?」
と小首をかしげて、不思議そうな目で見つめてきた。
「はっはっは。今回の冒険も楽しかったな」
と笑顔で言って、コユキの頭をワシャワシャと撫でてやる。
するとコユキは心から嬉しそうな笑顔で、
「きゃん!」(うん!)
と元気に返事をしてくれた。
「ははは。またみんなで冒険できるといいな」
と言ってまたコユキの頭を撫でてやり、しばしコユキと戯れる。
そして、十分に体が温まったところで、風呂から上がるとふんわりとした心と体でいったん自室へと戻っていった。
「ふぅ…」
と息を吐きながら椅子に座って簡単に今回のことをまとめ始める。
そして、
(衛兵隊の実力は順調に伸び始めているな。あとは、人手の問題か…。となると、衛兵隊を増やすというよりも、ギルドを誘致して浅い場所の魔獣は冒険者に任せてしまった方がいいかもしれない。幸いうちの領は魔獣にだけは困らんし、ジュール鉱という貴重な資源も確認できた。今度侯爵領に行くのがいつになるかわからないが、その時は侯爵様も巻き込んでギルドに話を持っていけるよう準備しておこう。ああ、それなら先に長屋と銭湯の建設に着手しておいてもいいかもしれんな。冒険者が増えなくてもどうせ村には必要になるものだ。もし、ギルドが来るとなったら他にもギルドが入る建物や宿も作らねばならんし、酒場が営めるような場所も商店街に確保しなくちゃいけなくなる。ははは。村の大工たちは当分の間大忙しだな)
と考えながら、ウキウキとした気持ちで思いつく限りの明るい未来を帳面に書き記していった。
やがて部屋の扉が叩かれ、ミーニャが顔を出す。
「お。もうそんな時間か?」
と聞きつつ部屋の中を見渡してみると、部屋は綺麗なオレンジ色に染まっていた。
「はい。今夜はカレー祭りですよ。新作のチーズカツっていうのがすっごく美味しいらしいです!」
と嬉しそうな顔で今夜のおススメを教えてくれるミーニャに促されて笑顔で部屋を出る。
そして、私は、
「きゃん!」(私、カツいっぱいね!)
と今にもよだれを垂らさんばかりの表情で言ってくるコユキに、
「ああ。思う存分くってくれ」
と笑顔で応えてやりながら、自分もウキウキとした気持ちで食堂へと向かっていった。
食後。
(あのザクっとした衣の中らからトロっとしたチーズが出てくるというのはたまらんものがあるな。チーズもよくとろけるものを使ってあったから、余計に衣との対比が出ていて面白かった…)
と今日の夕食の見事さを振り返りながら、ゆっくりとお茶を飲む。
そんな私にエリーが、
「うふふ。喜んでいただけてよかったですわ」
と嬉しそうに声を掛けてきた。
「ん?そんなに顔に出てたか?」
と少し慌ててそう聞くと、エリーが「うふふっ」とこぼし、ついで、
「はい。ルーク様は美味しい物を食べるといつもそんな顔をなさっていますもの」
と本当におかしそうに微笑みながらそう言ってきた。
「…そうか。それは、少し恥ずかしいな」
と、なんともバツの悪そうな感じで苦笑いしながら、頭を掻く。
そんな私にエリーは、
「いいえ。私にとってはとっても嬉しいお顔ですわ」
と言ってまたおかしそうに笑った。
なんとも言えない幸せな空気が流れる。
そんな空気の中、父が、
「そろそろかのう…」
と、少し意味ありげな感じでつぶやいた。
私は一瞬「?」と思ったが、すぐその意味に気付き、
「ええ。そろそろ便りがあるころかと」
と答える。
すると、その言葉を聞いたエリーが、一瞬緊張したような表情を浮かべた。
そんなエリーに、
「ははは。心配無いさ。全て上手くいっているようだからな」
と言って微笑んで見せる。
するとエリーは少しほっとしたような表情で、
「はい。楽しみにしております…」
と言って、嬉しそうに頬を染めた。
またその場に幸せな空気が流れる。
私たち家族はしばらくの間、その幸せな空気を堪能してからそれぞれの場所に戻っていった。
自室に戻ると、いつものように、
「きゃふぅ…」
と、あくびをするコユキをベッドに寝かしつけてやる。
そして私も手早く寝る支度を済ませ、なんとも幸せな気持ちで床に就いた。
先程までの幸せな気持ちがまだ私の心をぽかぽかと温めている。
(全て順調だな…)
と思うと心の底から嬉しさが込み上げてきた。
そして、
(さぁ。明日からまた仕事だ)
と思って少し苦笑いを浮かべながら目を閉じる。
すると、思ったよりも早く自然と眠気が降りてきた。
その眠気に身を任せ、自然と意識を遠のけていく。
私は思わず、
(ああ、これが幸せか…)
と心の中でつぶやいた。
私の横で、コユキがもぞもぞと動く気配がする。
そして、私の胸元が急に暖かくなった。
そんな胸元にあるコユキの頭を軽く撫で「ふっ」と小さく微笑む。
そして、私はその温もりをなんとも心地よく感じながら、今回の冒険に幕を下ろした。