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第114話 鬼+金棒=ヤバい

「柳川って刀曲がらない!?」


 焦った風の倉橋くんが、私に助けを求めている。


「曲げたことないよ! もしかして、倉橋くん曲げたの?」

「曲げたんだよ、今日だけで2振り曲げたんだよ!」

「曲げたんじゃない、曲がったんです!」


 呆れたような大泉先生の追い打ちと、お白州の罪人風に地面に正座したまま無実を訴える倉橋くん。

 見るからに有罪です。残念ながら。


「倉橋ぃ……学校の刀は量産品だから品質を求めちゃ駄目なんだよ。ダンジョンで猿叫えんきようもするな。まだこっちを見つけてないモンスからも的にされるんだぞ」

「すいません、つい癖で!」

「そういえば、さっき凄い声で叫んでたね」

「あれが猿叫なのかー」


 マンガとかでは見たことあるけど、実際聞いたのは初めてだからわからなかったよ。


 倉橋くんの自己弁護によると、まだLVの上がってないパーティーメンバーのために本気でモンスに攻撃しようとして、「ついいつもの癖で」気合い入れまくった猿叫を上げてしまい、目一杯打ち付けた刀も曲げたそうな。


「えええー、曲げたんだ……折ったんじゃなくて」


 見たら、本当に曲がってる。これは見たことない奴。

 先生の説明によると、学校で使う実習用の刀はお金を掛けてられないから、刀工が一振り一振り打った物ではない。金属板を打って伸ばして、研いで刃を付けたものだそうな。

 そういえば、前に海外の番組で日本刀を知らない鍛冶屋さんが日本刀を作ろうとして、そうやって作ってたな……。ママが「違う!」って悶絶してたっけ。


 つまり、学校で使う刃のない刀はほぼただの鉄の板。そして、セミナーハウスで実習に貸し出してる武器はそれに刃が付いただけの物。

 普通に使う分には、初級ダンジョンくらいなら平気な強度を持っているはずの物らしいんだけど。


 倉橋くんは、全力で振るってしまったので曲げた、と。凄いな、どんな力で振ってるんだろう。


「過剰すぎるんだよ、攻撃力が……。曲げるのはせめて1日1振りにして欲しかった」


 曲がった2振りの刀を並べ、大泉先生はとほほと肩を落とす。1日1振り曲げるのも凄いと思うけどな!?

 それを見てあいちゃんと寧々ちゃんもドン引きだ。もちろん私も引いてる。


 さすがダンジョン実習というか……。倉橋くんとは日頃たくさん剣を交えてるけど、そこまでの力を出してるのは見たことなかったな。


「すいません! 明日は木刀で行きます!」

「この振り方をしてたら、木刀も折れるよ!」

「自前の持ってきました!」

「なんか長い荷物あると思ってたら、木刀だったのか、倉橋!」


 若干「なんちゃって感」はあるものの、金属の刀より曲がらない木刀is何!?

 大泉先生は突っ込み疲れて、とうとう天を仰いでいる。


「どんな木刀なの、それは……」


 ちょっと好奇心に駆られてうっかり呟いたら、「持ってくる!」と叫んで倉橋くんは走り去っていった。そして間もなく藍色の刀袋を持って戻ってきたけど……。


 これは。

 うん。

 木刀じゃなくて、棒ですね。

 天然理心流で使ってたっていうぶっとい木刀は見たことあったけど、こんなに「棒」って感じじゃなかった。


「イスノキっていう木材で、重くて硬いんだ」


 ニッコニコで木刀を語る倉橋くん。ママと喋ったら長時間になる奴ですね。

 倉橋くんの木刀は、見た目より重くてビビった。

 木刀の重さじゃない。これ、水に浮く? ってくらい重い。

 村雨丸と同じくらい重い。


 うわー、この棒で目一杯殴られたら、かなりヤバいことになる奴ですね!

 確かに、下手な金属製の武器より威力がありそう。ゴーレム特攻とか付いてそう!


「ち、ちなみにこれ、倉橋くんが思いっきり振るとどんな感じになるの?」

「ダンジョンにある普通の木が半分くらい削れる」


 何でもないことのように言うけど、それは怖すぎでしょ!

 あいちゃんと寧々ちゃんが顔を引きつらせていると、倉橋くんがいい笑顔で爆弾を投下してきた。


「今度柳川も、うちの道場来てみる?」



「って事があってさ」

「……柚香にそんな木刀を使う道場行かせたら、まさに鬼に金棒を持たせる事になるんじゃないの?」


 ご飯の前にお風呂入ろうと、そのすぐ後に戻ってきたかれんちゃんたちを誘って入浴。

 寧々ちゃんがテイムしたことを報告して、倉橋くんの刀騒動を話したら、かれんちゃんは半眼になってそんなことを言った。


「ねえ、鬼に金棒って当たり前に使う慣用句だけど、実際に鬼が金棒を持ったらかなりヤバいよね? だって、柳川さんに重くて硬い棒ってことでしょ?」


 世界の真実に気づきました! って顔で、手のひらを見つめて柴田さんが呻く。

 なんか、身近な物に喩えたことで、改めて事の重大さがわかったという感じらしいんだけども。

 柴田さんにとって私は鬼レベルの存在らしい……。


「そういえば、倉橋から前にちょっと聞いたかも。標的に向かって行きながら、走る勢いも加えて攻撃するって。運動エネルギーをそのまま攻撃力に上乗せする感じになるらしいよ」

「なにそれ、ヤバ」


 かれんちゃん、あいちゃん、寧々ちゃん、柴田さんの視線が私に集まる。

 期待に満ちた奴じゃなくて、「こいつに持たせてはいけない武器でしょ」って顔だ。


「運動エネルギーをそのまま攻撃力に上乗せって、それはつまりとっても私向きの戦い方なのでは!? 私の高AGIを最高に生かすのはそれだよね!?」

「村雨丸があるのにこれ以上攻撃力を上げる気なんだ……」

「あったり前じゃん! 理想は一撃必殺だよ!」


 手負いのモンスは厄介になりがちだからね。一撃で倒すに限る。

 倉橋くんの行ってる道場、俄然気になり始めたわ。

 ママも、ちゃんと道場で刀の戦い方を教わった方がいいって言ってたし。



 お風呂から上がって涼み、夕食の時間になったので私たちは食堂へ向かった。

 食堂は何故かざわざわとした雰囲気で、先生がちょっと殺気立っている。


「そこを動くな、絶対だ」


 鋭い声は、2年生の担任の安達先生のものだ。

 食堂にいる生徒に言ったものじゃなくて、片手に持ったスマホに向かっての言葉。

 ただならぬ雰囲気を察して食堂の入り口で足を止めていると、安達先生が硬い声で私たちの近くにいた先生たちに向かって告げる。


「大泉先生、片桐先生、中級ダンジョンでレア湧きです。橋本パーティーが遭遇して、隠し部屋に避難してます」


 その一言で、食堂はしんと水を打ったように静まりかえった。


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