「レア湧きィ?」
大泉先生の嫌そうーな声が、すっごく場違いに明るく聞こえた気がした。
「中級ダンジョンでレア湧きって、日本中でも1年に1件くらいでしたよね? どんだけ運が悪いんだ!」
「運が悪い……」
片桐先生の「運が悪い」という呟きに、何故かその場の3分の2くらいの視線が蓮に向く。
アッ、ハイ。ソーデスネ。
レアを「運悪く」引き当てる有名人って言ったら蓮だもんねー。
「お、俺? 俺関係ないでしょう、今回は!」
うろたえて立ち上がりながら蓮が叫んだ。片桐先生が「まあまあ」と周囲に着席を促す。
実技指導の技術教官がこの場には3人、それと各学年の担任がいて、先生は合わせて6人。
パーティーの人数としては適正。……だけど、先生は「先生」であって、「現役冒険者」ではないのだ。それに、生徒のためにこの場に残る人も必要になる。
「先生っ! 私たち装備持ってきてます! 出られます!」
蓮に駆け寄ってその手をガバッと握って挙手させると、その場の視線が全部私に集まってきた。期待に満ちた視線が半分と、戸惑いの視線が半分。
「お、俺も!?」
「あったり前でしょ!? 日本最強クラスの魔法使いなんだよ!? 経験はともかくとして、強さで言ったら多分この場で一番強いのは蓮なんだから! 先生が的確に指示を出してくれれば、私たちは上級ダンジョンの敵でも倒せます!」
大山阿夫利ダンジョンでデストードをひとりで倒しましたと続けると、先生たちが顔を見合わせる。……これは、検討されている反応だ。
「蓮と聖弥くん一緒に来て! とにかく装備だけでもするよ!」
「う、うん」
救出戦力に入れてくださいという私の申し出が、受け入れられるかはわからない。
ただ、先生たちはかなり正確に私たちの戦力を把握してる。動画も見られてるし、蓮と聖弥くんは転入時に細かくチェックされたらしいし。
大泉先生はヒーラーだ。パーティーには必須だけど、戦闘能力は高くない。技術教官の先生も「指導力」が高いんであって、実際のダンジョン戦闘は不向きでやめたって聞いたことがある。
着替えるだけなら、無駄にはならない。
部屋に駆けていってアイテムバッグから蓮と聖弥くんの装備を出してふたりに渡すと、彼らはそれを持って自分たちの部屋へ走って行った。
ぽいぽいとジャージを脱ぎ捨てて、アポイタカラ・セットアップに着替える。こういうとき布防具は早くていい。
ベルトを巻いて村雨丸を
後は、早足で歩きながら両手にリングブレスを付けた。
アイテムバッグを斜め掛けにして食堂に戻ると、片桐先生と安達先生がいなかった。大泉先生がしっぶい顔で腕を組んで立っている。
「今デストードの痺れ毒持ってるので、今のうちに棒手裏剣の先に塗っておきます」
「やる気と正義感があるのはいいんだけどなあ……頼むから暴走するなよ? 片桐先生の指示に従うんだぞ?」
「えー、私暴走したことないですよ。暴走するのはヤマトですよう」
「そういえばそうだな!?」
目から鱗が落ちた! と大泉先生が叫ぶ。私って暴走してるイメージが付いてるのか……。倉橋くんといい、大泉先生といい、なんか変なイメージ先行してない?
自分で覚えてる限り、バーサークしたことないんだけどなあ。
「今片桐先生と安達先生は装備をしに行ってる。パーティーリーダーは片桐先生だ。経験で言ったら不安はあるが、柳川と安永と由井のフル装備時のステータスはその不安を補って余りあるからな。一番安全なメンバーだと先生の間でも認識が一致した」
うん、そうなんだよ。特に聖弥くんなんだけど、防御がガッチガチだから。
蓮は遠距離で魔法を打ってればまず危険なことにならないし、私は実技でも先生のお墨付きを貰ってる。
「待って! 私、その毒をシート加工できます! 毒液をそのまま付けたら危ないから!」
聞いたことのある声が割り込んできて、みんながそちらを注目する。
手を上げていたのは……バスに乗る前に話した、柴犬仲間の五十嵐先輩だ!
「五十嵐、時間はどのくらい掛かる?」
「2分ください!」
「十分だ、安達先生たちが戻るまでにできればいい」
おおおおおお……かっこいい!
「2分ください」とか私も言ってみたい! クラフトじゃないけど!
私が毒液の入った湿った袋を差し出すと、五十嵐先輩は慎重にそれを少量テーブルに垂らし、私に袋を返してきた。
私と同じポニーテールの黒髪をばさっと振って、昨日とは違う厳しい表情で五十嵐先輩が素材に向かう。
「棒手裏剣5本だよね? 誰か、カッター持ってきて」
スマホを弄らず、直接毒液の上に手をかざして五十嵐先輩は集中を始めた。
これは、フリークラフトだ! レシピがないものでも作れるけど、MP消費が高いって奴。さすが3年生のクラフト専攻!
その場にいたクラフト志望の人たちの視線が、全て五十嵐先輩に集中していた。特に1年生は見ているだけで緊張するのか、寧々ちゃんとか手を握りしめて顔を真っ白にしている。
先輩が素材と格闘していたのは30秒ほどだった。細長くシート状になった痺れ毒を、カッターでスパッと5等分にする。そして、私が棒手裏剣を並べるとその先端に切り分けたシートをペタッと付けてクルッとテーブルの上で回転させて……手で触れることなく、棒手裏剣に毒を塗布した!
「凄っ! 先輩器用ですね、リスペクト!」
棒手裏剣なんて普段触らないはずなのに、扱いが鮮やかだ。思わず拍手すると、五十嵐先輩がニパッと笑った。
「いやー、そんなことあるよー。任せろ! 今ビニールは用意できなかったから毒シートの予備は作れない。だから5本投げきったら終わりだよ、気を付けてね」
ポケットから出したハンドタオルで、汗だくの顔を拭う先輩。めちゃくちゃかっこいい!
決めた、この痺れ毒のシート加工は五十嵐先輩に頼もう。もちろん、プロのクラフトマンに払うのと同じ金額で。
絶対信頼できるもん。