五十嵐先輩が棒手裏剣の毒付与を終わらせたのとほぼ同時に、着替えた蓮と聖弥くん、そして安達先生と片桐先生が食堂に駆け込んできた。
蓮と聖弥くんにそれぞれの武器と盾を渡しつつ、私は片桐先生に目を向けた。
「他の先生たちとも話し合ったが、これはあくまでも『ダンジョンでは不測の事態も起きることがある』という前提の上での実習の一環だ。
2年生の橋本からの救援要請によると、本来足柄ダンジョン7層には出ないはずの大型モンスターの発生があった。外見はキメラ型だ」
食堂の奥の方に座っていた上級生がざわついている。キメラ? と疑問形のささやきがあちこちで起きていた。
「小型のキメラは足柄ダンジョンの上層階にも発生するな。だが、砂地エリアの7層には本来キメラは沸かない。今回発生したキメラは大型であり、魔法を使う。つまり、エルダーキメラだ」
エルダーキメラ……。
……知らん……。
どうしよう。とりあえず真面目な顔で頷いておくか。
「これを踏まえて、モンスターを討伐して橋本パーティーを救出するメンバーを選定した。エルダーキメラは生体型だから、安永の氷魔法は効果が高い。それに、体の大きさや攻撃の危険度に比べると動作は遅い。高AGIの柳川は物理アタッカーとして適役だ。最後に、ヘビの頭から毒液を吐く攻撃があるから、それを防ぐ盾として由井のプリトウェンは有効だ。3人とも補正効果で魔法耐性が異様に高いのもポイントだ。
ジョブヒーラーの安永がいれば、毒を受けたときの対策にもなる。大泉先生は安永と役割が被るというか、安永ほどの攻撃力がないので今回はここに残って指示出しをしてもらう。
このパーティーは上級攻略に匹敵する戦力がある。中級の通常敵は余り問題にならないだろう」
つらつらと片桐先生が説明をするのを聞いて、立候補もあったけど実は凄い検討されたメンバーなんだね!? と驚いてしまった。
片桐先生は後衛ボウガン使い、安達先生は前衛バックラー持ち軽戦士だそうだ。バックラーは確かに毒攻撃には向かないね。
索敵をするのは安達先生、判断をするのは片桐先生と言うことなんだろう。
「安達先生は高AGI・高DEX型の前衛軽戦士のお手本みたいな人だ。柳川はよく見ておくようにな」
「はい」
凄いな……トラブルが起きてるけど、それへの対処も含めて本当に「実習」なんだ。
校長先生の判断を仰がないと、とかじゃなくて、現場の判断で全てが回ってる。
レア湧きは階層を移動できるから、階段が安全地帯にはならない。
だけど、隠し部屋には入れない。
橋本先輩たちの、「隠し部屋に避難」というのは、最適の対処法だった。隠し部屋があって、それを知ってないとできないことだけどね。
そういうのを含めて勉強になるー!
余程厳しい上級ダンジョンの一部以外は情報も凄く出回ってるから、アタックするダンジョンを事前に調べるのは大事なことだってわかるね。調べておけば、隠し部屋の有無や、それが何層のどこにあるかもわかって活用できる。
「出発前に装備を確認するぞ」
「あ……すみません、魔法を習得させてください!」
聖弥くんのそんな言葉に、私と蓮は驚いて彼を見つめた。
聖弥くんはMAGが10に達してるから、魔法を習得することができる。
それはわかるんだけど、このタイミングで何を習得すると言うんだろう。
「僕は蓮みたいに高火力の魔法を使うことはできません。柚香ちゃんみたいに攻撃に秀でてるわけでもありません。……僕に何ができるのか、パーティーの中で何をするべきなのか、今日ずっと考えてました」
真剣な顔で聖弥くんはアプリを操作して、私が見たことない画面へと進んだ。
「特徴のない勇者ステータスは、パーティーの中で欠けているところを補うときにこそ一番活用できるんじゃないかと、やっと気づきました。
僕は主役じゃなくて、パーティーの中でふたりを支える役目なんです」
主役じゃないっていうのは、人によっては耐えがたいことなんだろう。でも聖弥くんはそれを嘆かずに受け入れた。
自分の特性を正しく理解し、「Y quartetというパーティーの中で最高に強みを発揮するには」と考えた結果が――。
「初級補助魔法を習得します。これなら、僕みたいにギリギリのMAGでも威力が変わらなくて、パーティーの戦力の底上げになりますから」
初級補助魔法を選択したことで、AGIを上げるラピッドブーストと、VITを上げるスタミナブーストを聖弥くんは習得した。
……聖弥くん、午前中にあいちゃんに怒られてから、ずっと「自分の役割」について考えてたんだな。
たった1日の中で、人はこんなに成長するんだ。
事情を知らない人たちから見たら何でもないことかもしれないけど、うちの班のメンバーや蓮は「どう立ち回ったらいいか、最適解がわからないままなんとなくで戦ってる」聖弥くんを知ってる。
だから、私はじんわりと感動をしていた。