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第117話 先生にも事情がある

「MAG10の魔法の取得先として無難なのはヒールだが、柳川と安永とのパーティーとして考えたらより良い選択だと思う。それをよく考えたな」


 背の高い片桐先生が頷いて聖弥くんの肩に手を置くと、聖弥くんは黒さのない純粋に嬉しそうな顔で照れた。


「補助魔法は持続時間も長いから、MPに難がある汎用タイプの魔法の生かしどころとしては真剣に取得を考えてもいいところだぞ。

 既にパーティーにヒーラーがいるときの活用だが、ダメージを減らすことができればヒールの回数を減らすこともできる。そうすると全体的にパーティーに余裕ができるようになる」


 安達先生の解説に、戦闘専攻の面々が真剣に頷いた。

 すっごいな、何もかもが指導材料だよ。


「大泉先生、後をお願いします」


 片桐先生が大泉先生と技術教官の先生に頭を下げ、私たちに出立を促した。



 足柄ダンジョンは徒歩圏内だけど、セミナーハウスを出たところから私たちは走り始めた。

 安達先生が先頭、聖弥くん、私と続いて、蓮の後に片桐先生。これはまんま戦闘のフォーメーションだね。


 時刻は18時を過ぎてるし山の中だけど、周囲の明るさは全然問題ない。道路も一車線分とはいえ舗装されてるし、目指す足柄ダンジョンにはすぐに着いた。


「安達先生、大丈夫ですか?」


 先生は息も切らしてないけど、片桐先生がダンジョンに入る前に安達先生に声を掛けた。安達先生はバックラーを付けた腕を大きく振って深呼吸して、「大丈夫です!」と叫ぶ。


 その行動は何ですか!? ……そこはかとない不安が!?


「先に言っておくが、安達先生は軽度の閉所恐怖症なんだ」

「MRIとか酸素カプセルが駄目だったんだけど、ある時ふと『ダンジョンも入り口が塞がったら出られないのでは』と気づいちゃって……。

 浅い階ならなんとかなるんだが、冒険者としてやっていくのは無理だなって気づいてやめたんだよ」

「えええー」


 綺麗に蓮と聖弥くんの声が揃った。冒険者をやめた理由って個人的なことだから普段は聞かないけど、確かにこれは共有必要な情報かもね。


「10層までは大丈夫だ。大丈夫だ」

「大事なことなので2回言いましたね」


 大丈夫を繰り返す安達先生と、冷静に突っ込む片桐先生。

 大丈夫かな……。

 いや、でも本人が10層まではって言ってるし、本当に駄目なら安達先生は来てないだろうし。


「入り口が埋まったら安永の魔法でぶっ飛ばしてくれな!」


 軽く明るい調子で安達先生はポンと蓮の肩を叩いたけど――目はマジですね。


「最終確認だ。戦闘は行きに関してはできる限り避け、進路上にいる敵の排除のみ。中級ダンジョンにアタックするにしては戦力が過剰ですらあるから、基本的には安達先生と柳川の白兵戦。由井は戦闘中は安永の防御。安永の魔法については、使う魔法とタイミングをこちらで指示する。OKか?」

「はい!」

「じゃあ、ダンジョンに入ったらまず由井のラピッドブーストを掛けてもらう。7層到達の目安時間は20分。レア湧きは階層を移動するから、遭遇する危険性が高まる6層に入る前、5層からの下り階段でエルダーキメラに遭遇しなければ小休止を入れる」

「はい!」


 目安20分! 中級ダンジョンはフロアも複雑化して広くなってるのに。

 その目安が出せるって事は、片桐先生はフロアマップを覚えてるだけじゃなくて、遭遇率がどのくらいで、どのくらいで倒せるかまで全部頭に入ってるって事だよね!


 申し訳ないけど、顔も知らない橋本先輩には本当に申し訳ないけど、すっごい勉強になるー!!

 片桐先生かっこいいー! 大泉先生にはない頼り甲斐が滲み出てるー!

 きっと、私が知らない冒険者としての欠点とかあるんだろうけどなー!!


 敵が出ない第1層で聖弥くんがラピッドブーストを掛けると、安達先生が最後に鞘に収まっているショートソードを確認した。

 私も念のために村雨丸の鯉口を切って、スムーズに抜刀ができるように準備をする。よし、OK!


 2層に下りたけど、モンスターはあまりいなかった。こっちはこっちで2年生と3年生のパーティーが戦いまくってたから当然か。

 早足で安達先生の後について歩き、1フロアぶち抜きの草原エリアを階段に向かってまっすぐ進む。


「どこの階もこのくらい開けてたらいいんだけどな」


 そんな安達先生の呟きは、聞かなかったことにした……。


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