「そういえば、なんで柳川の装備はともかく、安永と由井の装備まであったんだ?」
「自由時間に余裕があったら、足柄ダンジョンに潜ろうと思ってたんです」
走らず、けれど早足で。
最短距離を進みながら、安達先生が私に尋ねてきた。
閉所恐怖症と聞いたときは心配だったけど、今は顔色も普通だし、こうして会話もできる。生徒の私が言うのもなんだけど、大丈夫そうかな。
「体力あるなあー」
「それに、私のアイテムバッグに入ってれば安全ですけど、一般の家に置いておくには防犯上問題があるというか。……素材に戻せることを考えたら高価すぎて」
「総アポイタカラ製だもんなあ。何億だ?」
「考えたくないので計算したことありません」
私の脊髄反射的な答えに、安達先生は一瞬遠い目をした。ダンジョンの壁突き抜けて金時山の頂上辺りを見てたね!
「譲渡だと税金とかでもいろいろ問題がありそうだから、所有者は柳川にしておいたまま貸し出してることにしたらいいかもな」
「わかりました、それは父に言っておきます」
私じゃなくて、聖弥くんが返事をしている。
うん、弁護士のお父さんね。確かに契約関係いろいろまとめてくれそう。それっぽく。
「今ダンジョンを進む上で、気を付けた方がいい事ってありますか?」
「中級は5層以降に小部屋マップが出てくる。それまでは、フロアが広くはなってるが初級下層と極端な違いはない。今日は2年生と3年生が潜ってたおかげでモンスも減ってるし、片桐先生の言った20分という予定通りに着くだろうな。……まあ、敵が少ないのもあと1時間くらいだが」
リスポーンしちゃうからね……。その時間内に、エルダーキメラを倒して地上まで戻れるとベストなんだろうな。
進路を妨げるモンスだけを倒すことになってるけど、5層到着までに戦闘はたったの2回だった。片桐先生が言った通り、私と安達先生の一撃で倒れるようなモンスだったから楽勝。
このフロアからは小部屋が連なるいかにもダンジョンらしいマップになったけど、まだひとつひとつの部屋はそんなに小さくない。部屋に入る瞬間、索敵にドキッとするけど。
5層から下りる階段で、予定通りの小休止が入った。私の体力的にはまだ大丈夫だけど、一応飲み物は飲んでおく。
「エルダーキメラと遭遇したら、安永は中級魔法のフロストスフィアを打て。理由はわかるか?」
「わかりません」
「エルダーキメラが生体型だから、ですか?」
即わかりませんと答えた蓮に対して、聖弥くんは一応答えっぽい物を言ってる。でもそれは、出発前に片桐先生がパーティーメンバーの選定理由について言ってた奴だよね。
「キメラは何と何と何でできてる合成獣だ?」
「わかりません」
「安永ぁ~」
「ライオンとヤギとヘビです」
元気よくわかりませんを連発する蓮に安達先生はがくりと肩を落とし、「至らぬうちの蓮がすみません」という気持ちで私が代わりに答えた。
「そうだな。生物学でひとつの個体に複数の遺伝子が存在することもキメラって言うが、ダンジョンモンスターに関してキメラと言ったら、ライオンとヤギとヘビだ。
で、このうちヘビが寒さに弱い。炎耐性はどの部分も似たようなものだが、ヘビは氷属性の攻撃に弱いんだ」
「ああっ、は虫類だから!?」
「待って? キメラのヘビもは虫類なの?」
私が気づいたー! ってポンと手を打ったら、すかさず聖弥くんが疑問を入れてくる。むう、確かに体がライオンベースなんだから、は虫類とは言えないか。
でも、ふたりの先生はうんうんと頷いてる。
「モンスターはわからないことだらけなんだが、とりあえず寒いとヘビは落ちる。ヘビが落ちると毒の可能性が大幅に減って、戦いやすくなる。手数も減らせるし」
「だから、初手フロストスフィアだ」
「なる……ほど? とりあえずフロストスフィアを打てばいいんですね」
いまいち釈然としてない様子で、蓮が飲み終えたスポドリのペットボトルをキュッと絞る。そしてまた簡単にひねり潰してしまったことに驚いていた。進歩がない。
「飲み終わったら出発だ。基本的にレア湧きは湧いた層から上に行く率が高いから、この層と7層での隠し部屋との間で遭遇する率が非常に高い。気を付けていこう」
「はいっ」
エルダーキメラか……。ドキドキするな。中級のレア湧きっていったら上級ダンジョン相当の敵のはずだよね。もしくはそれ以上強いか。
「片桐先生、広間と回廊どっちから行きますか」
「広間で」
「了解」
先生たちのそんな会話にもドキドキする。
もうすぐだなあ。首を洗って待ってろ、エルダーキメラ! 首3つあるけど!
あれ? 今先生が回廊と広間って言ってたから、もしかすると6層にエルダーキメラがいた場合、すれ違う可能性もあるのかな?