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第268話 ダンジョンのメリー・クリスマス

「お疲れ様ー!」


 私たちがリビングに踏み込むと、キッチンミトンを嵌めた颯姫さんがオーブンからローストチキンを出すところだった!

 うわあ、うわあ、美味しそう! ヤマトを取り返すために早くLV 上げなきゃと焦る自分がいる一方、「腹が減っては戦はできぬよ!」と既に脳内でローストチキンにかぶりついている私がいる。


「漬け込みはしてきたんだけど、焼く時間はなかったからみんなを驚かせようと思って、レベリングの時間をバス屋に管理してもらったの」

「凄ーい! これって、もしかして……」

「クリスマスだし、これくらいね。ゆ~かちゃんは素直にお祝いできる気分じゃないのはわかってるけど、来年ヤマトと一緒に楽しいクリスマスを過ごせますようにって願掛けも兼ねて、ね。今だけは、楽しく過ごそっか。落ち込んでばかりだと気持ちが持たないしね」


 颯姫さんは優しそうな笑顔の中に、時々凄く寂しそうな顔をするときがあるんだよなあ。今回もそう。……もしかしたらその「願掛け」には颯姫さん自身の願いも何か入ってるんじゃないかな。


「ケーキも買ってあるから、食後に食べようね」

「わーい、ありがとうございます!」


 ケーキと聞いて彩花ちゃんが嬉しそうだ。ママは手を洗ってからテーブルセッティングの手伝いをしている。私も慌ててそれを手伝って、みんなで冷蔵庫からジュースを出したりしてクリスマスディナーの仕上げをした。


「アップルスパークリングとグレープスパークリング、どっち飲む?」


 タイムさんが「普通のジュースだけどちょっとクリスマスっぽいやつ」を私たちの前に並べてくれた。おおお、雰囲気あるー。

 私と蓮と聖弥くんがアップル、彩花ちゃんがグレープを選んで、グラスに注いでもらった。すらっとしたシルエットのグラスの中で、金色のジュースの泡が揺らいでるのは綺麗! あ、これもしかしてシャンパングラスなのかな? 泡が綺麗に上がるように工夫がしてあるって聞いたことがある。


「果穂さん何飲みます? 私は今日はちょっとだけ飲もうかなー」

「……颯姫ちゃんもお酒が飲める年になったのよねえ。出会ったときは17歳だったのに」

「飲めますけど、強くはないし普段は飲みませんよ。ただ今日は、ちょっと飲みたい気分ってやつで。果穂さんがお酒飲むところも見たことないなあ。まあ、一緒にいたのがダンジョンの中でしたしね」


 お酒についてママと颯姫さんが妙に感慨深そうに語ってる。そっか、知り合った頃に未成年だったから、お酒を飲むイメージがないんだ。

 私のイメージだとなんか颯姫さんって酒豪っていうか、日本酒の瓶を抱えてお酒飲んでそうな気がしてたけど、そんなことはないらしい。


「じゃ辛口の赤ワインで」

「俺と一緒ですね」


 ライトさんが笑いながら自分が持ってたボトルのワインをママのグラスに注ぐ。

 ワインって料理に合わせるんじゃなかったっけ? と思ったけど、好みで選んでるみたいで全員バラバラだね。時間停止できるアイテムバッグもあるせいか、既に開封済みのとかもあるし。


「颯姫さんはどんなのを飲むんですか?」


 あんまり強くないっていう人が何を飲むのか興味あったから、訊いてみる。まあ、詳しく話されてもお酒飲めない私にはわからないんだけどね。


「普段は飲まないんだけど、時々飲むときは、甘くて度数が低いカクテルとか、ワインだと白ワインの甘い奴とか。あとシードル。ゆ~かちゃんたちのグラスに入ってるアップルスパークリングとあんまり変わらない奴」

「なんか……颯姫ちゃんのイメージに反して凄く女子っぽいわ。辛口の日本酒を一升瓶抱えて手酌で飲みそうなイメージがあるのに」

「なんですかそれ! ひどーい! いや、体質的なものもあって飲めないんですよ!」


 ……私が思わなかったことを、ママがずけずけと言っちゃったよ。颯姫さんは憤慨しながらシードルを自分のグラスに手酌で注いでいる。


 お皿とカトラリーが人数分並んで、テーブルの上には颯姫さんの手作りだったり高級スーパーで買ってきた奴だったりとお惣菜がたくさん並ぶ。ローストチキン以外にもローストビーフも並んでて、「大人数だからできる豪華さ」っていうクリスマス・イブのディナーらしいテーブルになってるね。


「じゃあ、ヤマトが無事見つかることと、ゆ~かちゃんがガッツリレベリングできることを祈りつつ、メリー・クリスマス!」


 ライトさんが音頭を取ってグラスを掲げ、みんなで「メリー・クリスマス!」と声を揃えてグラスのジュースを飲む。

 あ、辛口のりんごジュースだ。いや、スパークリングとは聞いてたけど、本格的に「お酒が飲めない人用のクリスマス向けドリンク」って感じがする。


 ママが手慣れた様子でチキンを切り分けてくれて、颯姫さんはローストビーフを切ってくれる。凄い、至れり尽くせり。

 何食べても美味しいし、大皿に盛ってあるパスタはムール貝とかが主張激しいシーフードペスカトーレ。

 ママが作るレパートリーにはないやつだ。涼子さんもそうだけど、あまり家族が作らない料理を食べられるのって妙に嬉しい。


 美味しい美味しいって言いまくりながら食べて、チキンの脂は辛口のアップルスパークリングで流して――最高では!


 家にひとりお留守番になったパパに悪いなあと思っていたら、颯姫さんがチキンをちょっと盛り付けたお皿を持って立ち上がった。何事かと思ったら、設定用タブレットの前に置いている。


 私だけじゃなくて、ライトニング・グロウ以外の全員がそれを目で追っていた。だって、この状況で席を立つのって目立っちゃうからね。


「あ、これは、陰膳っていうか……うーん、ここの100層にダンジョンマスターがいるって言ったでしょ? その人に対して、みたいなものかな」


 ……そういえば、100層にいるダンジョンマスターってどうやって生活してるんだろう!? 食材とかも宝箱生成システムと同じ要領で出してたりするのかな。


 私が変な顔をしてしまったからだろう、颯姫さんは戻ってきて座るとくいっとグラスを傾けた。


「私が知ってることの中で話せることだけ、後で話すから。ケーキの後ね。それまで、もうちょい飲ませて。素面で話す気になれないの」

「え、アネーゴ、酔っ払うまで飲むつもり?」

「そうですが何か!?」


 ガタガタとバス屋さんが震えている。颯姫さんって酒癖悪かったりするのかなあ。


 なんだかちょっとだけしんみりしてしまったけど、ママの勢いのいい「お替わり! 今度は白で! チーズに合う奴!」という注文で少しだけ元に戻った。


「そんな注文して……ここはビストロじゃないですよ。白は、これ開けちゃっていいか」


 ママの注文に苦笑しながらライトさんがワインを開けてくれる。ついでに私たちもジュースのお替わりをして、「テーブルの料理食べきるぞ!」って勢いで盛り上がりつつディナーを続けた。


 ――そして1時間後。


「だからァ、あのひとひどいんですよぉおおお……私に何もかも丸投げしてって……うえーん」


 シードル3杯で酔い潰れ、お皿を除けたテーブルに突っ伏して泣きながら愚痴を話す颯姫さんを見ながら、私たちは困惑顔でケーキを食べていた。


 ……どうしてこうなった?


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