「おっと、集中しないとダメだ。このまま滝までナツを先行させます。あ、ナツってこの子の名前です」
「えー、ボク今回ほとんど戦ってないんだけど、このフロアのモンスもゆ~かっちが魔法で倒しちゃうの? 今までもほとんど安永蓮に持ってかれてたのに!」
「経験値は入ってるからいいだろ?」
「よくない! ボクが欲しいのは経験値じゃなくて敵の首!」
「彩ちゃん、あまりに物騒すぎない?」
滝の近くまでのモンスターは倒しちゃおうと思ったのに、彩花ちゃんが凄く物騒な異議を挟んできた。蓮とあいちゃんも呆れ顔だけど、はーいとバス屋さんも挙手をする。
「俺も全然見せ場がないので、彩花と一緒に暴れてくるわ」
「んー、じゃあここは彩花ちゃんとバス屋さんに任せようかな。サモン・ファミリアってこんなだよって見せられたし、私のMPは温存で」
彩花ちゃんのガス抜きは、適度に行わないと爆発するからね。バス屋さんに関しては「見て見て、俺かっこいい!?」って犬的な要求をしてくることがあるから、そこを受け入れないと。
「よーし、じゃあ行っくぞー!」
「イェーイ!」
滝までのルートは、次の層までの階段との位置関係からして大幅な寄り道だ。でも日光ダンジョンといえばこの「なんちゃって華厳の滝」だし、配信にも出したいよね!
岩場を凄い勢いで駆け下りた戦闘民族の彩花ちゃんと槍持ちシベリアンハスキーのバス屋さんは、ロックゴーレムと遭遇しては一撃で粉砕し、クラッグゴートを追いかけて岩場を駆け上って槍でブッ刺したりしていた。
ステータスフル活用だな、やっぱりあのふたりは凄く強い。私ですらヤギと岩場で追いかけっこをしようとは思わないんだよね。
先行するふたりが確実にモンスターを倒していくので、私たちは少し離れたところをのんびりと着いていった。
「あのふたり、解き放つと俄然生き生きとしてるよね」
「バス屋さんも長谷部ほどじゃないけど戦闘民族だよな」
「あー、それは僕も思ってたよ」
「彩ちゃんに着いていけるバス屋さんって凄いよねー……あれ? 逆? バス屋さんに着いていける彩ちゃんが凄いの?」
バス屋さんは背が高くて腕が長い上に槍を使うから、凄く攻撃のリーチが長いんだよね。その上、生来のセンスなのか、颯姫さん経由のママ流槍術なのにちゃんと自分のものにして使いこなしてる。
でも私たち冒険者科のクラスメイトの認識として「長谷部彩花=凄い」っていうのがあるから、あいちゃんが首を傾げてる感想も凄くわかる。
多分一般的には、「バス屋さんに着いていける彩花ちゃんが凄い」ってなるんだろうな。
「楽だねー、戦わなくていいダンジョン」
「彩花ちゃんかヤマトを放っておけば大体殲滅してくれるよ」
『おまえらダンジョンに何しに来てるの?』
私たちがあまりにのんびりとしているので、とうとうツッコまれてしまった。
Youは何しにダンジョンに? それは哲学的な命題だね。
「えっと……今回は観光?」
「観光と稼ぎを兼ねて?」
「多分配信しに来てる」
私とあいちゃんと蓮は悩みながらもそんな答えを口にした。あいちゃんはともかく他の人には経験値稼ぎは必要ないし、ただ稼ぎたいだけなら電車代とか掛からない近場の方が効率いい。
だから、「観光」は今回のダン配に限っては重要なファクター……だと思う。蓮は配信も芸能活動の一環的に思ってるから、ちょっと意識違うよね。
『ダンジョン行くから配信する、ならともかく。配信するために上級ダンジョンに行ってるのがおかしいんよ』
『こいつらにとっては上級ダンジョンも公園の砂場とあまり変わらないからだろ』
『そもそもダンジョンって観光するところじゃない』
その回答に、次々にコメントでツッコまれた。でも聖弥くんがカメラに向かってニコッと笑う。これは怖い奴ですね。
「でも、上級ダンジョンの景色を堪能できる配信って珍しいから、こんなに見てくれる人がいる――つまり需要があるってことですよね」
『確かに、Y quartetの配信は強すぎてダンジョンのスリル感がないから、他のダン配と違って安心して見ていられるのがいいよね』
『だからさっきの暗転が怖さ100倍増しだったんだけども』
『ダンジョン観光案内を見たくて見てるんじゃない。そのおまえらの突飛な行動が見たいんだ』
怖さ100倍増し! そんなコメントが出るほど心配掛けちゃったんだ! ああ、もう、昨日の夜に戻って充電確認したいよ……。
「すいませんすいません。――あー、そうだー。翠玉ってオスかな? メスかな? 寧々ちゃんのところのマユちゃんも進化するまで性別わからなかったけど、ウサギって見分け付けにくいもんねー。ヤマトは名前付けるときに先に性別確認したんだけど」
『あからさまな誤魔化し』
うっ、スマホの充電切れとか恥ずかしすぎて話を逸らしたかったんだけど、即バレてしまった。「日光ダンジョン配信中断事件」とか、今日のことは後々まで言われる気がしてたまらないよ。
「見た目でわかんないし、オスでもメスでもどっちでもいい」
『麒麟の雄は麒で、雌は麟だよ』
マスターのあいちゃんは翠玉の存在自体にメロってるから鼻面を撫でながらどっちでもいいって言うけど、コメントから豆知識を知ってしまった。オスが麒でメスが麟なら、種族欄にそのどっちかが書いてあってもよさそうなんだけどなあ。
実際、マユちゃんは「クイーン・アルミラージ」って種族に書いてあるしね。性別が種族名に関係するなら麒か麟って書いてあっても不思議じゃない。――ということで、私の予想は「どっちでもない」かな。アグさんも性別不詳だし。
「みんな遅いよー、早く早く!」
そんなのんきなことを考えていたら、先に滝の側に着いている彩花ちゃんに文句を言われてしまった。慌ててちょっと走って崖に辿り着いたら、上空の視界が開けた。
「うわぁ…………」
全員の口から感嘆の声が漏れる。離れたところから見る滝は何故か部分的だったのに、ギリギリまで寄ったら華厳の滝のエレベーターで行った観瀑台みたいに迫力満点の滝を見上げるロケーションだったからだ。
しかも、観瀑台よりもずっと滝に近い! 細かい霧のように水が降りかかってくるし、途中には虹も架かってる。
「凄え」
「すっごーい」
高さは……これ、どのくらいあるんだろう。首が痛くなるほどの角度で見上げる高さから、どうどうと絶え間なく水が落ち続けている。迫力あるけど高さがあるせいか、上の方を見ると優美ともいえるシルエットだ。
「小学校の修学旅行の時は雨だったから、こんなの見られなかったー!」
「そうそう! 雨だったよね。まさかのカッパ着用でがっかりだった」
あいちゃんと私は同じ小学校じゃなかったけど、修学旅行の日程は一緒だったんだよね。懐かしいな。
「俺たちも雨だった」
「ボクもだよ!」
「あれ? もしかしてみんな同じ日に行った?」
修学旅行は専用の臨時電車だったから、貸し切りにするにはある程度人数をまとめないといけないよね。そう考えると、茅ヶ崎と藤沢に集中している私たちが同じ日に修学旅行でもおかしくない。
「面白いなあ、そんなところにも縁ってあるのかもねー」
なんか楽しくなって私がそう言ったら――。
「雨男と雨女多過ぎの件」
一言で思い出を台無しにしてくれたバス屋さんは彩花ちゃんに叩かれ、あいちゃんに蹴られていた……。