第377話 攻略激ムズ【イフリート 平家の落ち武者ver】
バス屋さんと彩花ちゃんがいち早くフロアに降り立つと、落ち武者イフリートの背後にある溶岩が沸き立った。ボコォッ、ボコォッとちょっと粘り気のある感じで溶岩が噴き上がっている。
全員が思わず足を止めてその溶岩の様子を伺った。なにせここはボスフロア、ボス以外に溶岩が襲いかかってきたりしたらたまらないし。
距離を取ったまま落ち武者イフリートと溶岩を警戒する私たちに向けて、大弓が引き絞られて炎の矢が飛んできた。
全員難なくそれは回避したけど、遠距離もいけるボスかー。……魔法じゃなくて弓ってところがかっこいいなあ。
「あのボスバッチリ映しておいて! 絶対ママが喜ぶから!」
『さすが強者は言うことが違う』
『確かにサンバ仮面が好きそうではあるな』
『大弓サイコー!』
私が鼻息荒くスマホに向かって指示を出すと、ママっぽいコメントが実際に入ったよ。まあ見てるとは思ってたけどね。
『余裕ありすぎ』
『あれにアクアフロウをぶつければ、水蒸気爆発でボスも木っ端微塵に吹っ飛びそう』
「それができればよかったんだけど、今回俺は参加するなと言われてるから、ここに氷柱でも立てようと思います」
戦闘からハブられてる蓮は、地面に向かってアクアフロウを撃ってすかさず凍らせ、フロアの入り口近くに大きな氷の塊を作った。ささっと動物たちとあいちゃんがそこに寄っていく。ああああ、ちょっと羨ましい!
「……あの溶岩、ただの演出みたいだね」
「うん、ボコボコいってるけどそれだけだ」
私が余計なことに気を取られてる間に、聖弥くんと彩花ちゃんが戦場を分析している。聖弥くんを狙って飛んできた炎の矢はプリトウェンで防がれたけど、周りに何も物質的なものが落ちてないところを見ると「矢の形をした炎」みたいだ。
「見た目物理攻撃的なボスかと思ったけど、落ち武者のコスプレをしてるイフリートっていうのが正解かも」
「コスプレ呼ばわりはどうかと思う」
バス屋さんがまた酷いことを言うので、思わずツッコんでしまうよ。ダンジョンボスに向かってコスプレ呼ばわりは草なのよ。せめて「ダンジョンが和風にしてくれた」くらいに気持ちを汲み取ってあげないと!
「まあいいや、バス屋、GO!」
「オッス!」
彩花ちゃんの号令でバス屋さんが気合いたっぷりに落ち武者イフリートへ向かって行く。落ち武者イフリートは構えていた大弓を手放し、腰の太刀を抜き放った。そして、槍で打ち込んでくるバス屋さんの攻撃を太刀で受け止める。
「炎の手応えじゃないな、マジで刀と切り結んでる感覚!」
叫んでバス屋さんはボスから少し間合いを取った。――矢は炎だったけど、刀は炎じゃない? 物理? 魔法? どっちだ!
身長の高さと槍の長さを利用した間合いの広さで攻撃を仕掛けるバス屋さんに、落ち武者イフリートはガッツリと白兵戦でそれを受け止めている。両手で刀を握り、鋒をまっすぐバス屋さんへと向けてどしっと重心を落とした姿勢でじりじりと間合いを詰める様子は――武士ィィィ! って叫びたくなる。
『ギャアアアア! ボス素敵ー! 馬に乗ってたら満点だった!』
今のコメント絶対ママだな!
それはそれとして、バス屋さんとボスとの対峙を違う視点から分析してる人がひとり。
「よしっ、やっぱりボスの動きと後ろの溶岩とは連動してない! 演出確定!」
「俺を囮に使ったの!? 彩花酷え!」
……真っ先に飛び出した割に突っ込んでいかないなと思ったら、溶岩を浴びるのが嫌だったからか……。それでバス屋さんを戦わせて様子を伺ってたのね。
ひっどー。
「みんなで攻撃しよう! 矢は炎だったけど物理っぽいし!」
「了解、体勢を崩させる。テレポート!」
聖弥くんはテレポートでボスの真後ろへ跳躍すると、盾を構えて体当たりをした。これならいくら重心が安定してる敵でも――すり抜けた!?
「うわっ!」
聖弥くんのシールドチャージは実体がない炎を通り抜けたように手応えなく、その勢いで聖弥くんが体勢を崩してしまった。よろめく聖弥くんに向かって鋭く振り下ろされる太刀を、駆け込んだ私が村雨丸で受け止める。
村雨丸から水が滴る。その刀身にはガシンと鋼の感触。なんで!? なんで聖弥くんはすり抜けた?
「はっ!」
受け止めた太刀を押し返そうとしたら、それもするっと空振りした。前のめりになった私の体を、咄嗟に彩花ちゃんが片手で受け止めてくれる。
「一瞬前まで感触があったのに」
「実体と炎を随時切り替えできてる?」
「そうとしか考えられない」
武器を構えたまま、私たちは落ち武者イフリートから少し距離を取った。
これは、戦いにくい。渾身の一撃も炎化されたら無効だ。かといって手を抜いた攻撃だと物理対応されたときが厳しい。
「どう戦ったらいいんだろう」
落ち武者イフリートは隙なく太刀を構えたまま、すり足で移動している。4対1という圧倒的不利な状況でもその剣筋に迷いはなく、歴戦の猛者という風格を漂わせていた。
「前に戦ったパーティーは魔法で倒してたらしいぞ!」
蓮が声を張って私たちにコメントからのアドバイスを伝えてきた。――そりゃそうだ、今私たちが攻略に苦労しているのは物理攻撃縛りにしているからだよね。
さっき聖弥くんはテレポートを使ったけど、あれは攻撃魔法じゃないからOKだとして。
「でも、攻略が難しいからっていきなり魔法で倒したくない! 悔しいじゃん!」
「俺もゆ~かちゃんに同意!」
バス屋さんが鋭い突きを入れ、同時に彩花ちゃんが別方向から切りかかる。炎化するかと思ったけど、落ち武者イフリートは深く踏み込んで槍の穂先を躱すと左腕の籠手で槍の柄を打って完全に一撃を逸らし、彩花ちゃんの剣を片手で振るった太刀で防いだ。
「おおおおおおおおおおー! すっごー!」
「ゆ~かっち、どっちの味方!?」
彩花ちゃんには怒られたけど、これは叫ばずにはいられないって!
「だって凄くない!? イフリート落ち武者verというより、完全に武士だよ、武士!」
私の叫びに彩花ちゃんはぶーと口を尖らせたけど、不意にその口元が弧を描いた。目がギラリと光って、完全にヤバいスイッチが入ったように見える。
「……物理オンリーの攻略法、見つけたかも。みんな下がってて。ゆ~かっちは村雨丸貸して」
彩花ちゃんが身振りで「下がれ」と促すので、私たちは視線を落ち武者イフリートに向けたままゆっくりと後ずさった。私はその途中で彩花ちゃんに村雨丸を渡し、代わりに草薙剣を受け取る。その直後に彩花ちゃんはバス屋さんを捕まえて何事か耳打ちしていた。
そんな私たちの不穏な動きの間も、落ち武者イフリートは決して不意打ちをしてこようとはしなかった。
そしてその場は完全に彩花ちゃんとボスとの空間ができあがる。右手に村雨丸を持った彩花ちゃんは、その鋒をすっと天井へ向けた。
「やあやあ我こそは、相模国は茅ヶ崎の地に生まれし長谷部彩花! 笹竜胆の紋のもと、武門の誇りを賭けて今ここに汝と一騎討ちを遂げん! いざ尋常に、刀と刀の勝負を受けられい!」