一騎討ちの名乗りー!! なるほど武士属性の刺激!
そういえば燃えてる体とかの特徴がイフリートだけど、内面は「武者」の性質が強く出てるみたいだもんね。
試してみないとわからないところはあるけど、この名乗りを受けて「刀と刀の戦い」を受けて立つのであれば、落ち武者イフリートの炎化を防ぐことができるだろう。
村雨丸のステータス補正が十全に付かないという問題はあるけど、村雨丸は「ステータスとして表記されない程度にうっすら水属性」の刀だし彩花ちゃんも強い。イフリートとの相性も考えるとあまり影響はなさそうだな。
彩花ちゃんの名乗りを受け、ピタリと落ち武者イフリートは動きを止めた。そして村雨丸を構えた彩花ちゃんに相対するように、おもむろに武器を構え直す。
どっしりとした動きから、敵が正々堂々とした勝負を受け入れたことが伝わってくる。
「いざ!」
ビリビリとした覇気の伝わる声で彩花ちゃんは一声を上げると、真っ向から力強く村雨丸で斬りかかった。――ここで、落ち武者イフリートがどう出たかがわかる。
奇妙なまでに長く感じた1秒にも満たない時間の後、刀同士がぶつかり合うキンッという金属音が響き渡った。
よし! 「刀と刀の勝負」を落ち武者イフリートは受けて立った!
こうなったら彩花ちゃんの技量的に勝ったも同然!
――だと思ったんだけど、数合の打ち合いは私には互角に見えた。
いやいや、よく考えたら相手は上級ダンジョンのボスだわ。奥多摩ダンジョンでいうところのセフィロトだよ。それを相手にひとりで立ち向かってるんだよね。
彩花ちゃんは強いけど、そりゃもう強いけど、セフィロトをソロ討伐すると考えたら大分無謀なチャレンジだと思えてきた。
落ち武者イフリートは人型で大きさも常識的な人間の範囲。むしろ身長なんかはバス屋さんの方が高いくらい。
ステータスを調べようと思ったらダンジョンアプリで鑑定すればできるんだけど、なんとなく私にはそれが卑怯な行為に思えてしまう。それに私のスマホは今は撮影中だからできないし。
「さすが、上級ボスだけあって強いね。物理オンリーでこれと戦うとしたら、長谷部さんでも厳しいんじゃないかな」
……なんて思ってたら、さっくり聖弥くんが鑑定してるー!
「さすが聖弥くん! さすせい! 武士同士の一騎討ちを前にやることが汚い!」
「えっ、こんなことで汚いって思われるの不本意なんだけど!」
私がポカポカと聖弥くんを叩いたら、プリトウェンでガードされた。女の子の拳を盾でガードする!?
「ちょっと外野静かにしててっ!」
「ほらぁ、彩花ちゃんも怒ってるじゃん!」
とてつもなく真剣な顔で、彩花ちゃんは落ち武者イフリートと対峙している。
割と相手の隙を狙った攻撃が多いタイプの彩花ちゃんにしては、驚くくらい正々堂々の打ち合いをしているね。落ち武者イフリートは炎も落ち着いてしまって、大鎧のパーツを繋ぎ合わせている緑の糸も見えるくらいだ。
うーむ、落ち武者にしては装備が立派すぎるのでは? ママじゃないからそこまでは鎧とかに詳しくないけど、「平家の落ち武者」ってことは平家が源氏に負けた平安時代末期だよね。
結構な名のある人じゃないとこんなに立派な鎧は着てないんじゃないのかなあ。……とか思ったけど、そこで私は我に返った。
日本の神様も関与してるとはいえ、ここはダンジョン。ボスの存在にリアリティを求めるのはナンセンスだった。そもそも「イフリート 平家の落ち武者ver」であって、根幹は実在人物とかじゃないんだ。「なんちゃって平家の落ち武者」なんだ。
落ち武者イフリートが踏み込みながら上段から袈裟切りに斬り込んできて、それを彩花ちゃんは綺麗に村雨丸で受け流した。そのまま手首を返して村雨丸の反りを活かした突きを入れると、鎧の一部がガッと抉れる。
でも血が出たりはしなくて、抉れただけ……そうか、やっぱり「落ち武者っぽいけど、イフリート」なのか。見た目が鎧なだけで、多分顔も兜も鎧も物質的には同じっぽい。
続いた彩花ちゃんの打ち込みに、落ち武者イフリートは少し体勢を崩した。これはチャンス! と思いきや、彩花ちゃんは一歩下がって体勢を立て直す時間をわざと与えている。
こ、高潔ーっ!
信じられないくらい高潔ーっ!!
彩花ちゃんなのにー!
私が感動に打ち震えていると、落ち武者イフリートも彩花ちゃんのその振る舞いに感じ入ったように僅かに頭を下げた。そして刀を構え直して再び打ち合いが始まる。
キン、キン、カン! と授業で聞き慣れた真剣同士の打ち合う音が響く中、彩花ちゃんが突然声を上げた。
「バス屋!」
「御意!」
ふたりの声が聞こえた次の瞬間には、落ち武者イフリートの胸から槍の穂先が見えていて――え? 何が起こった?
私が混乱しているうちに、動きの止まった落ち武者イフリートの首を彩花ちゃんは鮮やかに落とした。
その断面からは血がしぶくことも炎が吹き出すこともなく、蜻蛉切の槍が抜かれるとボスは重い音を立てて地面に倒れ込み、そして消えていった。
『さすが彩花、やり方が汚い』
そんなコメントが見えて、はっと我に返る。
私が「武士の一騎討ちだ」「高潔」って感動してた彩花ちゃんの行動は、全て茶番だった。――イフリートの炎化を封じて物理攻撃で倒すための!
バス屋さんは多分彩花ちゃんに先に目論見を吹き込まれてて、じりじりと落ち武者イフリートの背後に移動してたんだ。
「うわー、彩花ちゃん、卑怯すぎない!? 私の感動を返してよ!」
正々堂々の戦いのつもりで受けて立ったイフリートが不憫すぎると地団駄を踏んでいたら、彩花ちゃんは笑いもせず「当たり前ですが?」という顔で村雨丸を持って私のところへ来た。
「勝てばよかろうなのだー」
「なにそれ、どこのカーズ様よー! ずるいずるい!」
「いやいや、ほんと、強敵だったしさ? ボクひとりで押し切れるようならそのまま行くつもりだったけど、めんどくさ……いや、ゆ~かっちほどじゃないけど強かったから」
ぬけぬけと言うけど、そもそもバス屋さんに「合図したら攻撃しろ」って仕込んでたよね?
くぅー、そうだった、小碓王時代にも女装でクマソタケルをだまし討ちした人だったよ……。「勝てばよかろう」なんだよね。
村雨丸を納刀しながらもジタバタしてる私をよそに、『汚いw』『感動を返してw』というコメントに彩花ちゃんは手を頭の後ろで組んで軽い調子で答えた。
「だって、こうでもしないと物理縛りじゃ倒せなさそうだったからさー。由井聖弥もだまし討ちはするだろうけど、評判を気にしてるから配信中は絶対してくれなさそうだし。だからバス屋に先に言っておいたわけ」
「僕はだまし討ちなんてしたことないよ!? 風評被害だよ!」
彩花ちゃんの言いように、聖弥くんが抗議の声を上げている。聖弥くんは当たり前にそういう戦い方すると思った。いつも腹黒いことしてるからね。
でもよくよく考えたら、確かにだまし討ちは見たことないかも。
「ゆ~かちゃんに気づかれたら多分止められるから、そーっと敵の背後まで移動するの大変だったんだぜー?」
「バス屋は今回はよくやった。褒めててつかわす」
バス屋さんと彩花ちゃんは得意げだけど、私は腑に落ちない! むううう、と唸っていたら、蓮が「あーっ!」と凄い大声を上げた。
「溶岩、後ろの溶岩が消えてる!」
「えっ? うわ、本当だ」
落ち武者イフリートの最期が酷すぎて周囲見えてなかったけど、言われてみればこのフロアに入ってきたときにボスの後ろにあった溶岩は消えて、ただの岩場になっていた。
なるほど、ボスを倒すと溶岩が消える仕組み!
確かにこれなら安全だ。サザンビーチダンジョン最下層の海はなくなったりしないけど、海と違って溶岩に落ちたら死ぬもんね。