ごくごくオーソドックスなカレーができあがる頃、ヨロヨロとした足取りで翠玉が戻ってきた。メイク直しが終わって普通にカメラに映るところにいるあいちゃんの隣に行って、脚を折って座り込む。
首がぜーぜーと上下していて……頑張ったんだねえ、フライングディスク争奪戦という名の走り込み。
「ゆーちゃん! お水お水!」
慌てて翠玉の背中をさすりつつ、あいちゃんが叫ぶ。私がヤマトのお水皿に水を入れて翠玉の前に置くと、ごっごっご、という勢いで翠玉は水を飲んだ。
が、頑張ったんだねえ……。
それを追うようにやっぱりふらふらのバス屋さんと、まだまだ元気いっぱいのヤマトが戻ってきた。
これは、現時点では翠玉のVITはバス屋さんを下回ってるってことだよね。まあ、バス屋さんはLV100近いからなあ。
「ポーション飲ませる? この後は魔法系の特訓しかしないつもりだから初級で十分かと思うけど」
「飲ませる! 後でお金払うからちょうだい!」
翠玉は隣に座ったあいちゃんの膝に頭を載せて、「嗚呼、私はもうダメです」って感じに目を閉じちゃってる。HPが減るようなことは何ひとつやってはいないけど、確かにこの疲れっぷりを見たら心配になるよね。
翠玉がからっぽにしたお水皿に初級ポーションを入れてあげると、あいちゃんがそれを手にして「飲んで」と翠玉の口元に持っていった。
翠玉はおとなしくあいちゃんの言うことを聞いて、ペロペロとポーションを舐める。
人間なら理性で納得して飲むところだけど、モンスター的にはどうなんだろうね。ポーションの味って、エナドリとか栄養ドリンクとかそっち系で、好む人もいるけど私は好きではないんだよなあ。
でも前にヤマトもマユちゃんも飲んだし、あまり気にならないのかな。
「お、俺も、ポーション……」
ぶっ倒れて手だけ伸ばしてるバス屋さんも、相当疲れたみたいだね。こっちはこっちで、多分罰ゲームというのをわかってたから手抜きできなかったんだろうな。
「しょうがないなー。20歳過ぎるとやっぱり疲れやすくなるかー。ゆ~かっち、こいつにもポーションを」
「いらない! やっぱいらない! 俺若いもん!」
倒れてるバス屋さんの脇腹を突きつつ彩花ちゃんがチクリと言ったことに、バス屋さんが勢いよく起き上がりながらムキになって否定した。
……バス屋さんは十分若いと思うし、20歳過ぎたから疲れやすいとかはないよね。30代になって疲れが抜けにくいとかは、大泉先生が愚痴ってて聞いたことあるけど。
彩花ちゃんは絶対遊んでるよね。バス屋さんもこどもじみてるというかなんというか。このふたりっていつもこんな感じだよなあ。
ポーションを飲んだ翠玉は大分しゃっきりして、空になったお水皿で今度はヤマトが水を飲んだ。
そういえば、従魔は必ずしもご飯を食べなくてもいいって聞いたなあ。実際ママもアグさんに毎日ご飯をあげてるわけじゃない。
ヤマトはうちでは犬扱いだし猫たちのごはんを食べられちゃっても困るから、当たり前にご飯を上げてたけども……麒麟のご飯ってどうしたらいいんだろう。
「あいちゃん、翠玉のご飯どうする?」
「ご飯……やっぱり、草だよね?」
『鹿せんべいじゃね?』
私とあいちゃんが困惑してるところへ流れたコメントに、うっかり頷きそうになった。危ない危ない。
「鹿せんべいも食べるとは思うけど、主食にはならないよね」
「マユちゃんはウサギ用のペレット食べてるって聞いたよ」
「草食なのは間違いないと思う」
私とあいちゃんが持ってる知識に聖弥くんの声も加わるけど、まあ草食なのは間違いない。それは確実。
「うーん、野菜とか果物で食べられそうなものは、デザート用のりんごくらいしか残ってないなあ。しまったー、さっきにんじんとか少し残しておけばよかったね」
アイテムバッグの中に植物といえるものは、りんご2個と長ネギくらいくらいしか入ってない。後はお茶っ葉だけだし、いくら普通の動物とは違うといっても、ネギを食べさせるのは怖いかな……。
「りんごかー。私の分食べさせちゃってもいいや」
「僕の分もあげていいよ」
翠玉が可愛くてたまらないあいちゃんはそう言うと思ったし、聖弥くんも間髪入れず気遣いを見せてくる。
私の分もあげていいやと思ったから、とりあえずひとつをスライスしてあいちゃんに渡す。
あいちゃんが翠玉にりんごを差し出すと、翠玉はまるで奈良の鹿のようにぺこりと頭を下げ、パクリとりんごスライスにかじりついた!
『ぎゃんかわああああああああ』
『奈良の鹿みたい!』
『これは、当たり従魔だ!』
おお、悲鳴が凄いこと凄いこと。私も「可愛いぃぃぃ!」って叫んだけどさ。
「ぐっふ……この子を見た瞬間のひらめきは間違いじゃなかった」
「あいっち、白猫いい加減戻しなよ」
翠玉可愛さが天元突破したあいちゃんは、配信でお見せできない顔になっている……。
結局、蓮や彩花ちゃんも翠玉にりんごをあげたがったから、みんなで交代しながらりんごスライスを食べさせ、りんごふたつは翠玉のお腹に消えた。
「これだけでごめんねー。ダンジョンからでたらお腹いっぱい食べさせてあげるからね」
「そこら辺の草を、だよな」
余計な一言を言ったバス屋さんはまたあいちゃんに蹴られていた。実際、鹿ってその辺の植物をもしゃもしゃするよね。……麒麟は鹿ではないけども!
ひとまず翠玉のご飯問題はこれ以上どうしようもないので、私たちの方もカレーを食べることにした。
紙皿にお湯で温めたご飯を開けて、好きなだけカレーを掛ける。ご飯は足りなかったら追加で温めろシステムで、お湯は後で顔を洗ったりするのにも使う。とっても合理的!
みんなで揃っていただきますを言い、味見はしたけどもスプーンでたっぷりカレーを口に運ぶ。今日の出来は――うん、普通!
「普通に美味い」
「ゆ~かっちの料理は外さないよねー」
蓮はにやけながらカレーを微妙な加減で褒めてくれるし、彩花ちゃんも……外さないは一応褒め言葉だよね? 私の料理は
『普通に作れるだけで偉い』
『希釈カレーとかじゃないから偉い』
「希釈カレー……」
コメントも褒めてるのか慰めてるのか微妙だな! ちゃんと計量しながら作ればそんなことにはならないよ。
雑談をしながらカレーを食べ終わる頃にはスマホのバッテリー残量も微妙になってきたから、配信はそこで終了にした。
食後はいよいよ軽い腹ごなしも兼ねて翠玉のMAG上げだね。やっぱり麒麟はステータスとスキルの構成を見てもMAGを伸ばすべき。
幸い私のMPは満タンまで回復してる。聖弥くんからプリトウェンを借りて蓮のロータスロッドを持てばMPが+300だから、補正分だけでもインフィニティバリアが6回使える計算になる。
実際は以前より高いMP成長率のおかげで、補正込みだと570もMPがあるから11回は使える。
「じゃあ、インフィニティバリアを発動したら翠玉にバリバリ攻撃させてね。蓮は時計見ながらカウントお願い」
「了解」
インフィニティバリアは10秒という時間制限があるから、切れる直前に張り直さないと危ない。翠玉のMPは150だけど、消費MPがどのくらいかわからないなあ。
「じゃあ、とりあえず一回やってみよう。インフィニティバリア!」
「翠玉、豪雷撃連発!」
「キュウウウ!」
あいちゃんが翠玉に向かってコマンドを出すと、翠玉は今までとちょっと違う鳴き声を上げて後ろ脚で立ち上がり、前脚で空を掻いた。途端に、雷が至近距離で落ちるバリバリという凄まじい音と共に、インフィニティバリアの外側に雷が雨あられと!
「ぎゃー!!」
やばっ! 10秒をカウントしてる蓮の声も雷鳴にかき消されて聞こえない!
私がバリアの内側で盛大に焦っていると、インフィニティバリアが切れる前に雷が止んだ。
「MP切れした」
翠玉をダンジョンアプリでチェックしたあいちゃんの言葉を聞いて、思わずその場にへたり込む。助かった……MP切れしてくれて助かった……。
一瞬、三途の川の向こうにひいお祖父ちゃんが見えた!!
「あいちゃん……豪雷撃はダメだ……私に他の音が届かない。蓮のカウントも聞こえなかった」
「あーっ、そうだよね!?」
魂抜けてる私にあいちゃんも焦りの声を上げた。翠玉のMPが切れる前に私のインフィニティバリアが消えていたら、死んだかもしれないよ……。
その後、マジックポーションで翠玉を回復させて水流瀑と業焔昇と風裂刃を試してみたけど、どれも音が凄すぎた! 「ドドドドドド」とか「ゴオオオオ」とか「ビュンビュン」とか!!
しかも離れたところから見てた蓮たちによるとビビるほど範囲が広いらしい。
確かに、水流瀑の後は周囲が水浸しになってたもんね……。
結局、私のインフィニティバリアが切れるより前に翠玉のMPが尽きるから、「全速力で!」と頼んで蓮のカウントが聞こえないままで風裂刃連発させて特訓は終了。
ヒヤヒヤしたけど、4回もマジックポーション飲ませたし、きっとMPとMAGの上がりは変わるよね。
変わる、よね……変わったかどうか知る術はないけど、大変だったから変わると信じたいな……。