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第381話 麒麟って面倒な生き物です

 翠玉の特訓を終えて、私たちはダン泊の準備に入った。

 パーテーションを出して男女別のエリアを区切ったり、エアマットやシュラフを出したり、歯磨きや洗顔をしたりね。

 私のアイテムバッグは温度保持ができるから、やろうと思えばお風呂にも入れるけどさすがにそこまではしない。今だって十分便利だから、これ以上を求めちゃいけないと思うんだよね。キャンプとダンジョンは不便なものです。


 お風呂に入れないことについて、一見文句を言いそうなあいちゃんがぶーぶー言ったりもしない。学校のキャンプとかも一緒に行ってるから知ってるけど、あいちゃんはそこら辺は凄くわきまえてるのだ。


 ……こういう場面でわきまえてないのは、むしろ蓮。

あいちゃんよりも時間を掛けて洗顔して、ダンジョンにスキンケアグッズを持ち込んで念入りにお手入れしている。

 そういえば奥多摩ダンジョンの時に「化粧水うんたら」って言ってたなあ。


 一言釘を刺しておいた方がいいかなと思ったけど、考えてみたら蓮の本職は「俳優志望のアイドル」であって冒険者は売名手段でしかない。

 ……じゃあ、いいかー。



 寝る頃には氷柱のおかげで涼しいくらいに気温が下がった。ヤマトは私のシュラフの足元でのびのびとして、翠玉はあいちゃんの頭の側に脚を折りたたんで座り込んでいる。翠玉には「気配探知」があるから、多分眠ってても襲撃とかがあったら対応できるだろう。

 私たちを襲撃しようというおバカさんも、もういないだろうけどね。


 スヤァと眠りについて、朝はアラームに起こされる。全員、アラームが鳴るとバッと起き上がるのが冒険者らしい。

 ヤマトもへそ天で寝てたけど、翠玉も「動物園育ちで野生が消えた動物です」っていう感じにだらけて寝てた。なかなかこういうのは見られないよね! と思って思わず激写してしまった。


 彩花ちゃんが寝起きの髭チェックでバス屋さんを襲撃していたけど、襲撃した側なのに何故か崩れ落ちている。


「髭がない、だとう……?」

「あー、俺すっごい髭が薄い体質で」

「その身長で!?」

「痛い痛い、おやめください彩花様ぁ」


 馬乗りになった彩花ちゃんに寝起きのほっぺたをぐにーっと引っ張られ、バス屋さんが悲鳴を上げてる。


「またじゃれてる……あのふたりの関係性ってよくわかんないね」


 私の横であいちゃんが呆れた声を出してるけど、本当にそれだよ。バス屋さんに対して彩花ちゃんは「男の自我モード」で接してるっぽいけど、絵面が絵面だからね。

 倉橋くんに見られたら、今でもそれほど埋まってない距離が更に広がる気がしてならない。


 でもまあ、あのふたりはよくつるんでるけども、「主従」とか「上下」って言葉の方が「色恋」の1万倍しっくりくるね。

 昨日もバス屋さんが「御意!」とか叫んでたし。ドラマの中以外で御意って言う人初めて見た。


 朝ご飯は予定通りに余ったカレーでカレーうどん。蓮がまた「絶妙にうまい」って絶賛してて、お湯で少し薄めて顆粒の和風だしを足しただけなんだけどなんかにやけてしまう。


「大したことしてないけど、料理を褒められると嬉しい」

「ううん、大したことしてないって言うけど、お湯を入れすぎたり顆粒だしが少なすぎたりしたらなかなか辛いことになるから、ゆずっちは偉大。だから結婚してください」

「薄かったらまた顆粒だしを入れればいいだけです。結婚しません」


 しょうもないネタでまた彩花ちゃんが結婚してって言ってくるから、それはさらっと流す。もうこれは学校でもみんなが見慣れた光景だし、新宿ダンジョンでも散々やったやつだから、バス屋さんですら驚かないよ。そのくらい日常茶飯事。


 朝食を終えて身支度をしたら、地上に向かって帰りの行程を昇り始める。


「最初のうちは少しでもトレーニングになるように、翠玉に攻撃させて全員でパーティー組んでおこう」


 魔法は撃てば撃つほどステータスが上がるからね。私がそう提案するとあいちゃんが同意したので、一度パーティーから外れたあいちゃんと翠玉が再び私たちのパーティーに加わった。


 29層に上がるとサラマンダーが一斉にこっちにファイアーブレスを撃ってくるから、私がそれをインフィニティバリアで食い止める。あいちゃんが「豪雷撃!」と翠玉に指示を出し、サラマンダーは広範囲に落ちまくる雷に撃たれて次々と沈んでいった。


 ああ、ちょっと安心したよ。もしかしたら麒麟ってモンスターを攻撃できないんじゃないかって心配してたから。

 でも人間もバリバリに攻撃されてたんだよね。仁の聖獣っていうけどそこら辺は従魔になれるくらいだし大丈夫なのか。


 ……と思っていたら、1フロア分のサラマンダーを倒した後、翠玉がバターンとぶっ倒れたー!


「きゃーっ! 翠玉!?」

「どうしたの!?」


 慌てて翠玉の隣に膝を突いたあいちゃんに、翠玉は「嗚呼、私はもうダメです」みたいにふるふると震えながら頭をすり寄せた。

 大きい緑色の目は半分くらい閉じられてて、見るからに具合が悪そう。……えっ、これどういう状態? ダメージを食らったわけじゃないよね?


「アイリちゃん、翠玉のステータスが……」


 あわあわと翠玉を撫でているあいちゃんに、聖弥くんが鑑定画面を見せた。その声は妙に重くて、聞いている私もスーッと血の気が引いていきそう。


「……えっ?」


 聖弥くんから画面を見せられたあいちゃんが、どっすい声で一言発した。なにそれ、どういう反応!?

 あいちゃんは慌ただしくスマホを取り出すと、自分のダンジョンアプリから翠玉の状態をチェックし始めた。そして、ふごっと鼻を鳴らした。それ、彼氏に見せていいやつなの!?


「バッドステータス、精神消耗状態……仁の性質を持つ麒麟は、敵に止めを刺すのが多大なストレスとなる、だって」

「うへ、めんどくさっ」

「なにそれ、めんどい」

「破格の強さだと思ったけど、運用が面倒くさい奴じゃん……」


 口々に「面倒」と言われ、翠玉はキュウと鳴くとあいちゃんの膝に頭を載せて本格的に目を閉じてしまった。

 あれ、もしかしてこれ、この「精神ダメージ」が回復するまで翠玉は行動不能なの!?

 MPが「マジックパワー」以外に「メンタルポイント」もあるやつなのかな!?


 翠玉の運用、なかなか一筋縄では行かないね……。 


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