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第382話 主従逆転戦闘

 とりあえず29層は暑いから、あいちゃんが翠玉を抱えて階段まで運んだ。……うん、抱えられちゃうんだよね、そこ。

 涼しい階段で翠玉のメンタル回復を待ちつつ、「麒麟の運用方法」について各々が意見を出し合う。


「無難なのは、回復特化とか、地形操作で戦闘補助として活躍させることだよな」

「地形操作も使いようによっては凶悪だもんね。敵との間にスパーンと落とし穴作っちゃえばかなり有利になるし」

「でも、あの攻撃スキルの数々は何なのって感じにならない? 削り要員として翠玉を戦わせて、止めはあいちゃんとかヤマトとかが刺すのが安牌かもよ」

「戦闘と思えばそっちが常道なんだけど、翠玉の魔法威力が高すぎると削り失敗して倒しちゃいそうなんだよなー」


 うむう、なかなかまとまらない。

 でも実際、これだけ多様な攻撃スキルを持ってていろんな場面に対応できるんだから、戦闘要員として使わずに回復特化にするのはもったいないんだよね。


 もしかして、昨日MAG特訓をしたのが裏目に出るかな。

 高MAGによる魔法攻撃で一撃でモンスを倒しちゃうと、翠玉の「精神消耗カウンター」が減っていくもんね。


 ……あーっ、まずい、考えれば考えるほど「低MAG運用」が一番正解だった気がしてくる!

 でも、「敵を倒し続けたらメンタルやられて行動不能になります」とか、想像つかないじゃん!


「ゆーちゃん、従魔同士って割と連携取れるんだよね?」

「今まで見てきた感じ、意思は通じ合ってるっぽいよ」


 あいちゃんが尋ねてきたので、「私が知ってる範囲では」という前提の話をする。

 ヤマトとアグさんでも、ヤマトとマユちゃんでも、マユちゃんとアグさんでも、従魔同士の関係性に「仲が悪い」というのは見たことがない。

 これは凄いと思うんだよね。1年一緒に住んでても、まだヤマトとカンタは仲良くなりきれてないのに。


 そこから推測できるのは、「マスターが第一」という大前提がある上で、従魔同士もコミュニケーションが取れてるんじゃないかってこと。「従魔同士は味方」って気持ちがあるんじゃないかと思う。

 昨日フライングディスクを投げたとき、明らかにヤマトが翠玉を誘ったし、あながち間違いじゃないと思うんだよねえ。


「手加減魔法ってあるじゃん? 敢えて威力を抑えて撃ったり、それほど有効じゃない属性をわざと使ったりして、翠玉は直接倒さないようにするのがいいんじゃないかな」

「翠玉の魔法は範囲が広いからな……こいつがどこまで的確に『手加減』できるかも重要だけど」


 あいちゃんの提案に、魔法エキスパートの蓮が考え込んでいる。確かに、手加減って概念が従魔にあるのか……あるわ。アグさんがまさにヤマトやマユちゃん相手に手加減してたのを見てきたわ。じゃあ行けるね!


「例えばさー、私が50%の威力でって直接翠玉に命令するのと、ヤマトから『このくらいの力でやれば倒さなくて済むよ』って伝えてもらうのと、どっちが精度高いかな」

「なるほど、そこでヤマトとどのくらい意思疎通ができるのかが関係してくるわけかー」


 あいちゃんの「50%の威力」という大雑把な指令よりは、敵の強さを理解してるヤマトが「このくらいの力加減で」って伝達した方が正確そう。


「うん、じゃあ試してみよう! 翠玉が復活したら」

「こいつ、いつ復活するの?」


 相変わらずあいちゃんの膝枕でぐったりしてる翠玉をバス屋さんがつつく。そして、翠玉に蹴られていた。わあ、さすがあいちゃんの従魔、足癖悪ーい。

 これは、割とすぐ復活するんじゃないかな?



 翠玉は合計15分ほど休憩してからシャッキリと立ち上がった。

 28層へ上がったところで、「翠玉、半分くらいに手加減してみてね」とあいちゃんが指示して、翠玉は多分その指示通りに手加減して豪雷撃を撃ったんだと思う。

 結果は、確かに手加減攻撃にはなったけどLVアップして強くなってるせいもあってか、運の悪いサラマンダーは倒しちゃってた。


 そして私は気づいた。

 翠玉はモンスターを倒すと「ううっ……」と嫌そうな顔をする。

 これは……確かに強いけど、とっても戦闘に不向きな性格だね。ヤマトみたいにヒャッハーで突っ込んでいくのも問題っちゃ問題だけど。


「ヤマト、サラマンダーを倒さなくていい力加減を翠玉に伝えられる?」


 しゃがんでヤマトのほっぺをもしゃもしゃしながら尋ねると、ヤマトは可愛らしく小首を傾げた。ブルルルンと柴ドリルをされたので手を離したら、ヤマトはサラマンダーに駆け寄って一撃で倒して戻ってきた。


「ワンワン」

「クゥ~……」

「うわ、会話してる」

「可愛いー、動画撮りたかった!」


 ヤマトは翠玉に向かって何かを伝えたようで――凄い、こんなことできるんだね、頭いいなあ。


「翠玉、ヤマトの指示通りに豪雷撃を手加減してみて」


 再度の指示に、翠玉はこくりと頷いて豪雷撃を放つ。この、「はい」って頭を下げるのがすっごい可愛いんだよね!

 私が可愛い可愛いと悶えている間に、翠玉の豪雷撃は次々とサラマンダーを沈めていった。あれー?


「全然伝わってないじゃん?」

「ヤマト凄えって感動したのに無駄だった」


 彩花ちゃんは首を傾げてて、バス屋さんはお仕置きと言いながらヤマトをひょいっと抱きかかえている。ヤマトは踏ん張れないので抱えられてジタバタしてるけど、本気で暴れてはいない。


「うーん? 従魔同士の意思疎通はできると思うんだけど、なんで伝わってないんだろう?」


 私にとってはそっちが謎だよ。ヤマトもわざわざサラマンダーを倒しに行ったってことは、強さを測りに行ったはずなんだよね。


 やーん、とバタバタしているヤマトにみんなの視線が集中した。そんなこと言ってる場合じゃないのはわかるんだけど、いつもはこうやって抱えるのは私だから、じっくりと「バタバタするヤマト」を見られて可愛いが飽和する。


「……ヤマトって物理攻撃しかしないじゃん? 翠玉は魔法攻撃だから、加減が違うのかも?」

「ありそうだね」


 ヤマトに穴が空くよってくらいじーっと見つめてから、彩花ちゃんはそんなことをポツリと言った。それに聖弥くんがため息をつきながらも同意する。

 言われてみれば、物理攻撃と魔法攻撃だと全然相手の抵抗も違うもんね。残念ながら、ヤマトの主観判断では翠玉のアドバイスにはならないみたいだ。


「アイリちゃん、ステータス見せて」

「うん、どうかした?」


 聖弥くんがハッとしてあいちゃんのステータスを確認し始めた。ここであいちゃんのステータスチェックをして、それがどう翠玉の行動に関連するのかと思っていたら。


「うん、いける。MAGに余裕があって初級攻撃魔法が取れるから、それを取って。それで、翠玉の――」


 聖弥くんの説明を聞きながら、蓮は笑いすぎて引きつり、あいちゃんはがくりと肩を落としたのだった。



「翠玉、水流瀑」

「クァッ!」


 事前に地形操作で傾斜ができた地面に、ドシャアッと音を立てて大量の水が降り注ぐ。その先にいるサラマンダーは「なにやってんだ、こいつら」というようにのたのた歩きながらこっちにファイアーブレスを撃ってきた。


「ライトニング! オラオラオラァー!」


 あいちゃんが落とした一発のライトニングで、水流瀑でできた水の流れに足を浸していたサラマンダーがビリビリと感電する。そこにエクスカリバーを握ったあいちゃんが自ら斬り込んでいって、ザッシュザッシュと動けないサラマンダーを凄い勢いで片付け始めた。


「あいっち、白猫被っといた方がいいんじゃないのー?」

「聖弥くんの前でもオラオラ言うんだ」


 呆れかえった彩花ちゃんの声も私の声も、あいちゃんには届かない……。やけっぱち気味にあいちゃんは暴れ回ってるけど、これが強いこと強いこと。まあ、敵が動けなくなってるのも大きいけどね!


 聖弥くんのアイディアは、以前蓮がやったことだった。水と雷の感電コンボね。

 要は、翠玉に直接攻撃はさせず、魔法の範囲が広いことを利用して敵を行動不能にして、マスターのあいちゃんがモンスターを倒して回るという運用。

 空を飛んでる敵でなければ、これは有効だよね。鳥形モンスターとかがいるダンジョンもあるけども、それほど一般的ではないからダンジョンを選べばいいという話だ。


「解せぬぅぅぅ!」


 感電したサラマンダーを全部倒してあいちゃんが叫ぶ。まあ、なんとなく気持ちはわかる。走り回ってるのは翠玉じゃなくてあいちゃんだもんね。マスターと従魔の役割が逆では? って感じ。


 とりあえず翠玉を精神消耗状態に追い込まない戦い方をひとつ編み出し、その後は全員で戦って日光ダンジョンをクリアした。


「武器作らなきゃ! 自分でクラフトできるけど材料高いよねえ」

「じゃあさ、今度一緒に横須賀ダンジョンに行こうよ。ヒヒイロカネが時々ドロップするから」

「えー? やったー、行く行く!」


 ダンジョンから出た瞬間もプンスコしてたあいちゃんだけど、聖弥くんの一言でころりと機嫌が直る。なるほど、聖弥くんとあいちゃんだけだとちょっと怖いけど、翠玉がいれば横須賀ダンジョンも大丈夫だね。


「リア充滅せよーーーーー!!」


 バス屋さんがダンジョンに顔を突っ込んで叫んでいたけど、そんな叫びには誰も反応してくれなかった。


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