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第383話 企画配信の恐怖

 日光ダンジョンの帰りはあいちゃんパパが渋滞の中をでっかい車をレンタルしてまで迎えに来てくれてて、「麒麟で公道を走る」という伝説は打ち立てられなかった。車の後部座席に乗り込んで「疲れました」って顔をしてる翠玉が可愛かったなあ。

 聖弥くんは置いて行かれて、一緒に電車で帰る間機嫌が悪くて怖かったけども……。


 そんなGWの余韻も冷めやらぬ頃、我が家に届いた手紙で私たちはひっくり返った。


「颯姫ちゃん! 結婚するの!? あの流れからもう結婚して大丈夫なの!?」

『それはまあ、いろいろありまして』


 届いたのは柳川家の家族3名宛ての、上野さんと颯姫さん連名での結婚式の招待状。日取りは6月最後の土曜日で、返送期限は1週間後だった。

 結婚式の招待状をもらったのは初めてだけど……スケジュールがすっごいタイトじゃない? 間に合うのかな?

 私がそんな心配をしている間に、ママはすぐさま颯姫さんに電話を架けていた。スピーカーモードになってるから、食後でリビングにいる私とパパ、そして蓮にも颯姫さんの声は聞こえている。


「上野さんに土下座でもされたんです?」


 私がママに寄って話に割り込むと、ママのスマホからは颯姫さんの暗ーい声が響いてきた。


『ううん、むしろ私からプロポーズしました』


 えっ、何……この幸せ度0%の声……怖すぎる。

 一緒に住むって言ってたし、颯姫さんって世話の焼ける相手に弱いからいつかはこうなるんじゃないかと思ってたけど、それにしたって早いし声が暗い。


『簡単に言うと、あの人この前救急搬送されまして』

「……颯姫ちゃんが近くで見張ってれば大丈夫なんじゃなかったの?」

『甘かったです。夜中に起きてこっそり仕事してたことを白状しました。朝一にエナドリ飲んで、私にバレないように缶をハイジの白パンかってくらいクローゼットに隠してました』

「そんなハイジの白パンは嫌すぎですよ!」


 な、なんという規格外の社畜体質ーっ!

 ルーちゃんの特訓をしたときにある程度の話を聞いてた私とママも口を開けたまま目を見開いて驚いたけど、新宿ダンジョン攻略後に颯姫さんと会ってなかった蓮、そして事情は軽く聞いてただけのパパも顎が落ちそうな顔で驚いている。


『あの人の死亡フラグを折り続けるのが、私に課せられた運命なんだと悟りました……フフフ』

「ダメよ颯姫ちゃん、運命は自分で切り開かなきゃ!」


 力技で自分の運命を切り開いてきたママが言うと説得力あるなあ。

 いやいや、問題はそこではなくて。


「そこまで行っても見捨てられないんですね」

『そうなの。自分がこんなにダメだなんて知らなかった……智秋ちあきさんの目の前でエナドリの缶を片手でぺしゃんこに握りつぶしながら、結婚してくださいって脅したの』


 ちあきさん……って誰だっけとか思ってしまった。そういえば上野さんの名前がそんなだったなあ。そうか、さすがに結婚するくらいの関係性になると名前呼びに移行してるんだ。


「結婚がそれで本当に良いんですか!?」


 とうとう蓮が悲鳴を上げて割り込んできた。蓮が毎日うちでボイトレした後夕飯を食べていくことを知っている颯姫さんは、蓮の声を聞いても驚きはしない。


『私を未亡人にしたくなければ今後一切こんなことはするなっていう最強カードを切るためには、そこ必須条件でしょ?』


 お、おお……。

 新宿ダンジョンでの腹黒七並べを思い出したよ……。自分の人生すら手札にするのか、この人は。


 結婚を前にした新婦らしいハッピー感も、マリッジブルー感も皆無。ただ、颯姫さんの覚悟がガン決まりすぎてる。

 私と蓮は半泣きになったし、鋼メンタルのはずのママとパパですら通話が終わった後はどんよりしていた。


 そして、颯姫さんは「式は身内と新宿ダンジョンのことを知ってる人しか呼ばないから」と言っていた。それはこぢんまりとした結婚式になるんだろうなと思ったんだけども、翌日にバス屋さんから連絡が来て我に返った。


 新宿ダンジョンのことを知ってる人って、どこら辺まで? そういえばモブさんも知ってたよね。

 元パーティーメンバーのバス屋さんももちろん呼ばれてたし、学校に行ったら寧々ちゃんも呼ばれてた。蓮と聖弥くんと彩花ちゃんも当然呼ばれてた。


 そしてこのメンバーが呼ばれていることで、バス屋さんがひとつの企画をY quartet+1として持ち込んだのだ。



「こんにちワンコー! 今日はY quartet+1での企画動画です! ゲストはあいちゃんと寧々ちゃん! 企画立案はバス屋さん! はいそこ、嫌な予感しかしないと思ったでしょう? 私も!」


『今日のゆ~かはいつになくテンション高いな』

『乗り気じゃないのを勢いで乗り切ろうとしてる感』


 うっ、鋭い人がいる。いやー、私もね、テンション上げないとやってられないんだよね。

 怖くて。

 恐怖で。

 恐ろしすぎて。


 ふう、とため息をついたら、自分でもびっくりするくらい不安が顔に出てしまったのを感じる。


「今日はピクニック風に野外で配信をしてます。ピクニックといったらみなさんは何をしますか?」


 ああ、私がテンション下がってしまったから聖弥くんがMCを引き継いでくれた。

 聖弥くんは乗り気じゃなくても笑顔が作れるからね。お仕事モード強い。


「ピクニックってそもそも何するっけ? 花見とどう違う?」


 蓮が真顔で言うけど、ボケてるわけじゃなく本気だと思う。聖弥くんも自分で言っておいて、首を傾げてるもんね。


『えーと、お弁当を食べる』

『公園でお弁当?』

『動物と一緒に芝生の上で弁当を食べてるイメージ』

『スイカ割り!』


「あー、弁当、弁当か……うん、じゃあ確かに今回はピクニック風です」


 私と同じくテンション低い蓮と、その後ろでウキウキとおにぎりケースを掲げているバス屋さんの落差よ。


「俺が前に所属してたライトニング・グロウのアネーゴが結婚するそうで、でも未成年と俺はご祝儀免除されたんすわー。だけどさ、一応俺たち冒険者や配信者として稼いでるから、何かお祝いは渡したいなと思って。今回の配信のスパチャと、5月いっぱいの再生数×0.5円で出した金額を全額お祝い購入に宛てたいと思います!」


『アネーゴって誰ぞ』

『右から来た金を左に受け流すシステム』

『そのよくわからん企画に、世界でカスタムクラフトができるたったふたりの人間が呼ばれてていいのか』


「実は私もそれは思いました。人の金をご祝儀に使うなって。だから、今回のスパチャは上限を100円に限定したいと思います!」

「私も颯姫さんにはとってもお世話になったので、今回はNeNe工房の宣伝も兼ねて参加しました」


 今回の企画に関してとりあえずスパチャの制限は付けた。これはママのアイディアで、颯姫さんは配信を見るだろうから後で恐縮させないため。受け取ってはくれると思うけどね。

 そして、実は寧々ちゃんは私が引きずり込んだ。忙しいからダメかな? と思ったけど、内容はともかく企画趣旨を聞いて寧々ちゃんも参加したいって言ってくれてよかったよ。


「今日の企画発表ー! ジャカジャン!」

「おにぎりロシアンルーレットでーす! イエーイ!」


 ダンジョン外でふたり揃うと途端にコンビ感が増す彩花ちゃんとバス屋さんが、高らかに企画を発表した。


『察した』

『これはゆ~かのテンションが落ちるのもやむなし』


 察されたよ……。


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