7月始めに、「アグさんも住める家」を建てるための土地が決まって売買契約をした。
「先に近所の人に確認とらなくて良かったの?」
「どこだって誰かしら文句言う人は出るに決まってるの。だから賛成意見でゴリ押しするわよ! ユズも手伝いなさい」
「いや、もちろん手伝うけどさ」
ママは相変わらず強引である。どこだって誰かしら文句を言うっていうのは、ある意味真実かも知れないけどね。
世の中にはクレームを付けるのに楽しみを感じるタイプの人も存在するわけだし。
アグさんが住む家は、今の柳川家から徒歩5分。生活基盤は今の家に置いたままで、アグさんスペースとちょっとしたことに使える部屋とで構成される予定。設計図は見せてもらったけど、まだ着工してないからね。
そして、いろいろな準備もできて7月下旬に以前から計画していた「アグさんを近所の人に認めてもらおう計画」が実行されることになったのである。
アグさんが可愛いのは世間の5割の人が同意してくれると思うので、残り5割をどうするかだけども。
可愛いと思ってもらえなくても、「ドラゴンが近所に住みます」を応諾してくれればいいわけで。
そこはママが考えるだろう。私は今回は手伝うだけだ。
「ユズにやって欲しいことは、『従魔とふれあい体験会』にヤマトを貸して欲しいのよ。できれば、寧々ちゃんのマユちゃんと愛莉ちゃんの翠玉ちゃんも。そこはユズから声を掛けてくれない?」
「あー、アグさんだけじゃなくて他の従魔もふれあい体験会に出てもらうのね。なるほどねー」
フレイムドラゴンだけよりは、知名度のあるヤマトとか、激レアな麒麟、モフモフパラダイスなクイーン・アルミラージがいると来る人は増えるかもね。
「颯姫さんに声掛けないの?」
「今回は無理ね。颯姫ちゃんはまだ免許が取れてないし」
そうか、ルーちゃんはキング・アルミラージに進化しててでっかいから車で迎えに行かないといけないし、今回はバタバタしそうだから確かに見送りかも。
「人をたくさん集めて、従魔の良さとマスターには従順だということを知らしめるのよ。ドラゴンがいても一般市民には危害を加えないというアピールね。危害を加える対象は泥棒のみ」
「我が家に入ってくる泥棒って、相当命知らずでは?」
「奥多摩ダンジョンの時みたいに、どこにでも規格外のバカはいるの」
納得……。というか、うちにものを盗みに入っても、本当に高価なものはアイテムバッグに入っちゃってるから、家電くらいしか盗めないんだけどね。
まあそれでも猫を人質に取られたりするのは嫌だけど。――うーん、瞬時にヤマトが気づいて制裁を入れに行くパターンしか想像が付かない。
寧々ちゃんとあいちゃんはそもそも忙しいから、「マユちゃんと翠玉をふれあい体験会に借りてる間、うちで仕事したら?」という提案も持っていったんだけど、ふたり揃って凄い勢いでそれを却下した。
「ふれあい体験会でマユちゃんが他の人に可愛いって言われるのを見たい! だったらその日半日空けるくらいなんでもないから」
「そうそう! 私も翠玉が可愛いーとか綺麗ーとか言われるのを見たいもん! その場にいる」
「アッ、ハイ」
あいちゃんばかりか、寧々ちゃんまで凄い勢いでびっくりしたわ。そういえば、マユちゃんをテイムしたばかりのころから、寧々ちゃんはマユちゃん強火担だった。
私は見落としていた――基本的にテイマーの大半は、「うちの子は特別可愛い」と思ってることを。
もちろん私の世界の辞書にも、ヤマトは世界一可愛いと書かれてる。
そして、他の冒険者科メンバーが合宿に行ってる間に、「可愛い激レア従魔とふれあい体験会」の日はやってきた。
「ユズ、そこにどーんと氷を出してくれるか?」
「はいはーい。アクアフロウ、フロストスフィア」
7月の晴れた日曜日。学校の体育祭とかで見るようなでっかいテントをレンタルして、そこに氷を置いて涼しい場所を確保。
買ったときには家が建ってた土地なんだけど、それは既に取り壊されて今は更地。そこにパパが看板を立てた。
『ゆ~かプロデュース☆可愛い激レア従魔とふれあい体験会』
……手伝えどころか、私主体みたいな話になってるじゃん?
ママはアグさんを連れてくるという重要ミッションのために今はいない。あいちゃんと寧々ちゃんがそれぞれ従魔を連れてきて、ヤマトも揃って3匹が氷を舐めているタイミングでふれあい体験会の開始時間になった。
マユちゃんも翠玉も、角にはカバーを被せてある。やっぱりちょっとそこは危ないもんね。
近所の家には事前にポスティングしたんだけど、開始前からこちらをチラチラ見てる人がたくさんいた。
「みなさーん、こーんにーちはー! ゆ~かプロデュース『可愛い激レア従魔とふれあい体験会』へようこそー!」
私が配信の時のように声を掛けると、様子を窺ってた人たちが恐る恐る敷地に入ってくる。
「触っても平気ですか?」
「大丈夫ですよ、ヤマト、お座り」
「うわあ、本物のヤマトだ」
おや? この反応、ご近所さんではないような……。
元々のうちの近所の人は、だいたいヤマトのことを知っている。私が毎日散歩してるしね。
「おうまさん! ……おうまさん? しかさん?」
「この子は麒麟っていうんだよ。綺麗でしょ」
「キリン? キリンに似てないけど」
親子連れも何人かいる。こどもたちはでっかいウサギや小さい柴犬の見た目をした従魔に興味津々で、マユちゃんなんかさっそく3人くらいの子供にモフモフされているね。
翠玉も背中に子供を乗せたりして、従順アピールがうまい。最初は遠慮がちだった大人たちも、ヤマトを抱っこしたりマユちゃんに抱きついたりして「マスターの言うことを聞く従魔は危なくない」っていうのを存分に体験してる。
「ユズ、そろそろママが来るぞ」
「おっと、準備しないとね。すみませーん、これからフレイムドラゴンが来ますので場所を空けてくださーい。この地面のロープの外まで退避してください」
「フレイムドラゴン!?」
お客さんがめちゃくちゃざわついてる。でも今回のメインはそのフレイムドラゴンだからね。
会場がバタバタとしている間に、バサッバサッとアグさんが羽ばたく音が聞こえてきた。北の方を見れば、ママを乗せたアグさんがこっちに向かって飛んできている。
「う、うわああ! ドラゴン!」
「大丈夫ですよ! あの子ももちろん従魔です!」
「パパー! ドラゴンかっこいい!」
一部パニックになりかける大人と、大興奮のこども。それを宥めつつ私たちはアグさんが着陸できるように場所を確保した。
ここに近付いてきて、アグさんは滑空モードに入っている。そして真上に来ると翼でブレーキを掛けて、ゆっくりと地面に向かって降りてきた。
「お集まりのみなさん、こんにちはー。今日の主役、フレイムドラゴンのアグさんです」
「ギョロロ~」
アグさんの背中からママが飛び降りると、アグさんは可愛く鳴いてママに擦り寄った。
「か、可愛い」
「でっかいけど可愛い!」
「ドラゴンかっこいい!」
初手、甘え鳴きからのスリスリにギャップ萌えして悶絶する人が続出した。
よしっ、効果は抜群だ!