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第392話 ドラゴンが住んでます、ご注意ください

 マスター以外にもおとなしいんだよとアピールするために、私はアグさんに抱きついて仲良しっぷりを見せつけたり、希望する人にはグミを渡してアグさんにあげる体験をさせたりしている。


 うん、やっぱりね、ギャップ萌えは強いわ。

 このでっかくて強そうなドラゴンが甘えた声を出して、肉じゃなくてグミを嬉しそうに食べる――それはインパクトの強い「無害感」があるのよ。


 お客さんばかりかあいちゃんと寧々ちゃんもアグさんにグミをあげていて、可愛い可愛いと大騒ぎだ。


「柳川さん……何やってるの?」

「川田さん! 今日は従魔とふれあい体験会なのよ。この子、私の従魔でフレイムドラゴンのアグさん。よろしくね」

「そういえばなんかチラシ入ってたわね。なんでこんなことしてるの?


 近所のおばさんが通りすがりでママに声を掛けていた。フレイムドラゴンに動じない辺り、強い。


「実はねー、今までアグさんはちょっと離れたところのダンジョンに住まわせてたんだけど、ここにアグさんが住める家を建てて一緒に暮らそうと思って!」


 ノー躊躇の明るい声でママがさらっと言った。

 これ、今日の一番大事なことだよ。これで近所の人が拒否感を出さないように、「ドラゴンもいいですね」と思ってもらえるようにするのが目的なんだから。


「え、ここでドラゴン飼うの?」


 ざわつく人たちの反応に、私は息を呑む。これは、どっちに転ぶ?


「でっかいわねー。どんな家建てたらドラゴンが飼えるの?」

「天井高7メートルぶち抜きの家よ。もう施工業者は決まってるの」

「へえええ……柚香ちゃんも凄い稼いでるって聞いたけど、このドラゴンがいたら防犯完璧じゃない? ドラゴンが住んでますって看板作りたいわね。この辺一帯効果ありそうよ」


 川田さんはアグさんを恐れることなく近寄っていき、アグさんを撫でて「うわっ、ツルツル!」と楽しそうに声を上げている。


「そうよー、防犯最強。こども110番の家にしてもいいわ」

「それいいわね、ドラゴンと柳川さんがいる家に変質者が踏み入ってきたら、そいつの人生終わりだし。うちの学校の地区委員とPTA役員に教えておくわ」


 あはははは、と川田さんは楽しそうに声を上げて笑った。アグさんが強いのは見た目でわかるとして、ママの強さも知ってるんだ。


「そう……だよね。確かに防犯として凄い」

「この子自体はおとなしいし」


 川田さんの積極的な受け入れで、迷っていた人たちの意見が明らかに「ドラゴンがいると周囲も得をする」って方向に傾いてきた。よし、いい感じ!


「ゆ~かちゃーん! ヤマトー!」

「こんにちは」


 どっかで聞いた声! と振り向いたら、長田おさだ先輩とくるっくさんだ! 兄妹で来てくれたんだー。

 長田先輩は眼鏡やめてコンタクトにしたのかな。卒業式の時より美女感が増してて去年の橙組のシンデレラと言われたらすぐわかりそう。


「うおおおおおお、ヤマトヤマト、久しぶりだなあー。ふわー、これがフレイムドラゴン! すっげえ!」

「お兄ちゃん、あんまりはしゃぎすぎないでよ、恥ずかしいでしょ!」

「長田先輩もくるっくさんも、お久しぶりですー!」


 後輩にはとっても寛大な長田先輩、相変わらずお兄さんには暴君だ。くるっくさんはヤマトをもしゃもしゃと撫でてから抱っこして、顔が緩みきっている。


「後で五十嵐さんも来るって」

「え、そうなんです? 私には連絡くれなかったのに」

「いや、多分柚香ちゃんは合宿行ってるって思ってるよ。そんな話してたし」

「あーっ!」


 それか! 確かにゆ~かプロデュースとは謳ってるけど、私がいるとは明言してなかった。冒険者科だったら戦闘専攻とLV上げしたいクラフトは大体行くから、私が参加してると思われても仕方ないね。


 長田先輩とくるっくさんが従魔とハイテンションで触れ合ってるので、アグさんに驚いてた人たちも「ビビってる方がおかしい?」と揺らぎ始めた。恐る恐る触ってみたりする人もいるし、こどもなんか尻尾で遊んでもらってるよ。

 近所の人にアグさんの安全さと有益性をアピールするという目的とは若干ズレがあるけど、知り合いが楽しそうにしてくれるのは嬉しいしね。


「柚香ちゃん、こんにちは」

「あれー? 柚香ちゃん合宿行かなかったの?」


 五十嵐先輩とお姉さんの涼香さんもやってきて、私と寧々ちゃんとあいちゃんがいることに驚いてた。……やはり!


「社長ー、社長はお仕事しなくていいの? 平原さんも忙しいんじゃないの?」


 寧々ちゃんとあいちゃんは目を逸らしながら「今日ぐらい、遊んでもいいじゃないですか」と食い下がっている。うん、気持ちはわかるよ。私もヤマトが可愛いって言われるのは嬉しいもんね。


「フレイムドラゴン凄いわねえ。さっき飛んでるのが見えたけど」

「強そうー、一緒にダンジョン行って欲しい。で、マユちゃんはこんなにでっかくなったんだ、びっくりだね」


 五十嵐先輩にとっては、マユちゃんは鎌倉ダンジョン襲撃事件以来かな。五十嵐姉妹もキャッキャウフフと従魔たちと戯れている。

 このふたりもヤマトと顔見知りだし、配信見ててアグさんのことも知ってたそうなので全然怖がってない。


 ふれあい体験会に来る人はどんどん入れ替わっていくんだけど、そのうち口コミで広まったのか明らかに人が増えだした。仕方ないので10分ごとの入れ替え制で、少しでも多くの人に従魔と触れ合ってもらうことにする。


 午前10時から午後3時まで、日陰と氷を確保しつつふれあい体験会は行われた。川田さんや先輩たちがアグさんを可愛い可愛いと言って怖がらずに一緒に遊んでくれたから、「爬虫類無理です」って人以外は概ね受け入れられたみたいだね。

 ……ドラゴンが爬虫類かどうかはおいておくとして。


「はー、楽しかった。翠玉も大人気で嬉しかったよ」

「ねー。颯姫さんの結婚式の時のルーちゃんの写真見せたら、やりたいって言ってくれる人もいたしね。名刺もらっちゃった」


 あいちゃんと寧々ちゃんもいい息抜きになったみたい。撤収作業をしてよかったよかったと今日の感想を言い合っているところに、ピロリンとLIMEの通知音が。


「あ、私」


 全員が思わず自分のスマホをチェックする中、ママがメッセージを確認してニヤリと笑った。


「川田さん、今日はありがとー。アグさんに乗ってみたいの? いいわよいいわよ、これから一旦大山に帰しに行くから一緒にどう? うん、じゃあうちのヘリポートまで来てね」


 即座に電話をしてそんなことを話しているから、私とあいちゃんと寧々ちゃんは思わず顔を見合わせた。


「もしかして……川田さんって仕込み?」

「ゆーちゃんママだもん、あり得る」


 3人で額を付き合わせてぼそぼそと言い合っていると、ママがLIMEのメッセージ画面を見せてくれた。そこには、トカゲ、トカゲ、トカゲ! トカゲの画像がたくさん!


「川田さんはね、トカゲ仲間なの。んふっ。アオジタトカゲとレオパとニホントカゲとカナヘビ飼ってるわよ。ほら、ほら、可愛いのー。たまに遊ばせてもらうのよね」

「そうなんだ!?」


 トカゲ仲間……世の中にはいろいろな繋がりがあるんだなあ……。

 今まで近所のおばさんとしか思ってなかった川田さんが、そんな趣味の持ち主だなんて。


「だから、アグさんの話をしたら協力するって言ってくれてね。ホント、助かったわー。長田さんと五十嵐さんもいいタイミングで来てくれたけど」

「えっ、まさかそっちもママの仕込み?」

「そこまではしてないわよ。……さて、じゃあ私は一旦ヘリポートで川田さんと合流してアグさんを大山阿夫利ダンジョンに帰してくるわ」


 そしてママはアグさんの背中にひらりと飛び乗ると、ヘリポートに向かっていった。

 後には暑さに負けて氷の側でひっくり返るモフモフたち――基本的にダンジョンと家の中にいることが多いから、暑さに弱いんだね。


 なんとなくスッキリしない気持ちは残ったけど、近隣の人からは「ドラゴンOKです」という約束をもらい、ふれあい体験会は大成功で終わったのだった。


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