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第400話 恋占いの石騒動

「と、とりあえず恋占いの石に行こう? 今ならさっきより人が少ないし」


 思わず鳥肌が立った腕をさすりながら、みんなを宥める。嫌だよ、折角の修学旅行でこんな空気は!


「よし、まず私がやる!」


 彩花ちゃんが宣言して始点の石のところに立った。

 ここから目を瞑ったまま終点の石に向かって、無事に辿り着ければ恋が成就するという占いのようなものだね。


「そのまままっすぐ!」

「長谷部、あと2歩右!」

「左だ、左!」


 慎重に歩く彩花ちゃんに向かって、まるでスイカ割りというような助言が飛び交う……。


「うるさい、おまえら黙れ! 失敗したら呪ってやる!」


 両手を前に出してふらふら歩きつつ、彩花ちゃんが怒鳴り返した。周囲の人からは、「高校生うるさーい」みたいな目を向けられている。

 そりゃそうなるわ!

 私も恥ずかしいからちょっと離れたい気分だよ。


「ぎゃんっ!」


 後ちょっと辿り着く、というところでちょっと左に逸れちゃった彩花ちゃんは、石がもう少し先だと思ってたらしくて勢いよく右足をぶつけてしまった。

 転び掛けてなんとか体勢を立て直したのは、さすがの運動神経。


「長谷部、アウトー」

「いや、セーフだよ、絶対セーフ! ほら、一度でぶつかったもん!」

「いや、普通に今のアウトだろ」

「安永蓮は黙ってろ! ゆずっちを奪った怨敵め!」

「語彙」


 ぶつかった、はダメじゃないかなと思うけど、私が「それはダメだよ」とか言ったら彩花ちゃんはショック受けるよね。

 多分、一人称が「私」になってるから、倉橋くんとのことを思って占ったんだろうし。


「もー、アウトじゃないもん! 倉橋やってみてよ。お守り買ってたじゃん」

「……俺?」


 微妙に頬を引きつらせつつ、倉橋くんがスタート地点に立った。あ、やるんだ。

 本当にこのふたり、よくわからないな。


「うわー、勇者」

「誰とのことを占うんだよ」


 一部男子が鋭いツッコミをしてるけど、私は黙っておいた。

 そして、また野次馬どものミスリードが続いた結果……。 


「ど、どこまでいくつもりなんだ」


 あまりに倉橋くんが明後日の方へ歩いて行くので、途中から周りのリードの声もなくなった。

 倉橋くんは恋占いの石のもう片方を通り越し、盛大に道を逸れた挙げ句におかげ明神の後ろにある杉の木にどかんとぶつかって――この杉、いのり杉って言うの? 別名呪い杉!?

 うわっ、五寸釘の跡がマジで残ってるー!


「痛った! え、何ここ?」


 全く予想してなかった場所に着いてしまって、本人も困惑してる。

 恋占いの石に辿り着かずに、呪い杉にぶつかるって……。


「…………」


 その場にいた彩花ちゃんとバス屋さんを除く全員が、慈しみを込めた目で倉橋くんを見つめていた。


「元気出せよ」

「おまえが呪われてるとか思ってないから」

「むしろ、倉橋がいい奴だってのはみんなが知ってるし」

「うん、呪われてるわけじゃない」

「おまえら、絶対心の中で笑ってるよね?」


 思いっきり頬を引きつらせた倉橋くんは、クラスメイトに向かって恨みの籠もった声を投げかけていた。


「なんで辿り着かないの? 呪い杉に抱きつくとかどういうこと?」

「それを長谷部が言う?」


 彩花ちゃんの言いようも酷い。倉橋くんの声も暗くなるわ。


「でもさ、恋ってそういうもんだよな。思い通りに行くもんじゃないっていうか」


 蓮が倉橋くんの肩を叩きながら慰めた。

 おま・それ・いう?

 倉橋くんが私に振られた直後に、私に告白して付き合った蓮が?


「……安永にだけは言われたくなかったっていうか」


 どんよりした目で倉橋くんがやさぐれた!

 だよね!? 蓮って、今この場で一番慰めの言葉を掛けちゃいけない人間だよね。

 倉橋くんが私に振られたことを知ってるのは、蓮と彩花ちゃんだけだけどさ。


「マジで、この場で唯一彼女がいる安永にだけは慰められたくない」

「モテる者こそ、与えなくては、だろ? 女の子の集団連れてこいよ」

「いや、そういうこと言ってるから彼女できないんだからね?」


 モテない者たちのひがみっぷり凄い。思わず私が真顔で注意するほど。


「じゃあ、俺がチャレンジする」

「え?」


 はーいとバス屋さんが元気よく挙手をしたので、全員がガチトーンで聞き返していた。

 ていうか、気がついたらこの人さらっと高校生に混じりすぎじゃない?

 年齢的には引率の先生なのに。


「よーし、頑張るぞ」


 バス屋さんがスタンバイしたので、全員が困惑の目を向けている。

 というか、私たちは何を見せられているの?

 一瞬「よし、バス屋さんが目を瞑っている間にこの場から逃げよう」とか思っちゃった私は悪くないよね?


 みんなが見守る中でバス屋さんはすたすたと迷いなく歩き、「目を開けてませんか」というくらい的確に終点に辿り着いて石に触った。


 お、おう……またみんなの殺気が漂い始めた。

 一般参拝者の人たちビビってるじゃん。冒険者の本気の殺気、怖がられるんだから。


「やったー! 俺の思いは成就するぜ!」

「バス屋さんって、好きな人いたの!?」


 ガッツポーズしてるバス屋さんに思いっきり私がツッコんだら、バス屋さんは小首を傾げて妙に澄んだ目をこちらに向けた。


「好きな人はいないよ。仲良くなりたい人はいるけどね!」

「え、誰?」


 中森くんが聞き返したとき、私は「待て」って言いかけた。

 一瞬、本能が危険を察知したから。でも、間に合わなかった。

 にぱっとゴールデンレトリバーっぽい笑顔で、バス屋さんは堂々と胸を張る。


「俺が仲良くなりたいのは、もちろん倉橋~!」


 その瞬間の空気を擬音にしたら、「スンッ……」だと思う。

 本当に一瞬、全員の表情が虚無になった。


 そして次の瞬間――。


「倉橋を盗ろうとはいい度胸だ! 天誅!!」

「死ねどす!」


 彩花ちゃんのローキックと、倉橋くんの右アッパーがバス屋さんに炸裂した……あーあ。


「温和な倉橋を切れさせるバス屋さん、ある意味凄えな」

「それな……」

「前田が槍使いとしてバス屋さんを尊敬してたけど、直接会わせたらいけない気がしてきた」

「それね……」


 配信でしか知らなかったバス屋さんのありのままを知ってしまったクラスメイトの呟きに、私と蓮は力ない声で同意することしかできなかった。


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