ここは大部屋を取り巻く通路で、道幅がちょうどドラゴン一匹分しかない。
蓮がファイアーボールでダイアウルフを吹っ飛ばすのを横目に見つつ、私はハラハラとしていた。
あまり、条件の良い戦場ではないんだよね……。
それに、うちの班の脳筋2トップがドラゴンの前に出ちゃったから、蓮の班のアタッカーも後ろで待機になってしまっている。
さて、みんなどう戦うかな。もし「足場作って」って言われたら、氷を作って上まで射手を持ち上げるくらいのことは手伝うけども。――そういえば、アイゼン外しちゃったよね、氷の上は無理か。
と、後方保護者面で班員とドラゴンの戦いを見守ろうとしていたとき。
「おりゃあああ!」
中森くんが裂帛の気合いを込めて、斧をブンと振った。――壁になっている木に向かって。
「中森ーっ!?」
何故かドラゴンに攻撃せずに木に向かって斧を振るい続ける中森くんに、金子くんが悲鳴を上げる。私もちょっとポカンとした。
その間に室伏くんの右フックが、ドラゴンの鉤爪の一撃を叩き返している。
「何やってんだよ、中森!」
「狭いから広げてるんだよ!」
千葉くんの叫びに中森くんが返した答えで、私は思わず「うぅぅぅん……」と唸った。
通路が狭くて戦いにくいなら、広げれば良いじゃないって?
それは――有効なのか? いや、有効ではあると思うけど、今ここでやることじゃない気がする。事前準備としてやるべきことだよね。
2本目の木が、メリメリと音を立てて倒れていく。通路は広がったかというと……焼け石に水って感じかな。
「手助け必要になったら言ってね!?」
「手出し無用だ! 柳川も安永も動くな!」
室伏くんがドラゴンの重たい胴体を支えている足を狙って鋭い蹴りを入れつつ、私たちを止める言葉を発した。
「え、俺も動くなって……バックアタックされてもいいなら止まるけど?」
ちょっと鼻白んだ蓮がぼそっと呟くと、千葉くんが「安永は動いて!?」と慌てて仲裁してくる。
わー、統制が取れてなーい。
事前に戦力チェックはしたけど、こんなぐだぐだのままでドラゴン戦になだれ込むとは思ってなかったもんね。
「……わかった、手出ししない」
ぶっちゃけ、即死さえしなければ、蓮の回復魔法があるから大丈夫。
颯姫さんがいれば、万が一のことが起きてもある程度は安心できるけどなあ。
でも、死ぬような苦痛は味わいたくないよねえ、と前世で死んだときの記憶がある私は思うわけで。
「おいコラ中森! その斧は伐採用じゃないだろ!?」
バックラーでドラゴンの鉤爪を綺麗に
中森くんが木を切り倒したおかげで、ちょっとだけ幅が広がったんだよね――というか、中森くんが壁にめり込む形になっててドラゴンを相手取ってないから,そこに隙間ができたんだけど。
「グオォワァァァ!」
鉤爪での攻撃はことごとく防がれ、行動の軸となる足にもダメージを食らってドラゴンが吼える。アグさんのものよりも小さい翼がバサリと広がり、一陣の風が通り抜けて行った。――小さいけれども多数のかまいたちと共に。
「ヒール!」
「ライトヒール!」
あちこちに浅い傷を負った前衛に向かって、回復魔法を覚えてる人たちが一斉に後方からヒールを唱える。
私は、いつの間にか拳を握って歯を食いしばりながら、それを見つめていた。
――自分が手出しできない戦いが、こんなにもどかしいなんて!
日光ダンジョンの時に落ち武者イフリートと彩花ちゃんが戦ったときも手出しはできなかったけど、あの時は「彩花ちゃんなら大丈夫」という絶対の信頼があった。
前世でも今世でも、私は
でも、今はその時とは違う。
みんなの強さは知ってると信じる心と、でも私や彩花ちゃんのような強さはないと心配する心が葛藤している。
「柳川は手出ししないで! 大丈夫だから!」
「いや、ダメージ食らったの俺なんだけど!?」
私が心配していることに気づいたのか、ドラゴンに視点を定めたままで私の方を振り返らずに須藤くんが釘を刺してきた。
そして、何故かクラフトなのに前衛に立ってしまった金子くんが悲鳴を上げている。
冷静になれ、私。
手出しするなとは言われてるけど、指示するなとは言われてない。
今前衛に立ってるのはうちの班メンバーだから、戦い方は覚えてる。HPもVITも高いドラゴンに対してどういう攻撃が有効か、私が指示すればいいんだ。
いや、しなきゃいけない。それが班長の役割。
「金子くんは攻撃しなくていい、もう一歩踏み込んでパリィに専念して!」
「了解!」
このメンバーで唯一の盾持ちである金子くんだけど、聖弥くんとは盾の運用が違う。
聖弥くんのプリトウェンは大型のカイトシールドで、がっしりと攻撃を受け止めるタイプ。
金子くんのバックラー運用は、学校で習う基本のパリィを徹底したものだ。
私や彩花ちゃんがバックラーを持つと、「左腕に装着した打撃武器」みたいにもなるし、対人だったら攻撃を左腕のバックラーで受け止めつつ右手の片手剣で攻撃を繰り出すような戦い方もする。
でも、金子くんは回避専門だ。――だからこそ、ドラゴンの重い打撃すらも体に染みついた動きでうまくいなしている。
クラフトならではの高い
大山阿夫利ダンジョンで見たときも意外にテクニシャンだと思ったけど、金子くんって真の意味で器用だ。
「凄い凄――あ」
思わず拍手喝采しようとした瞬間、私は息を飲んだ。
ドラゴンが、長い首を反らして大きく息を吸い込んでいる。
「ブレス来る!」
「避け――られないっ!」
私以外にその動作の意味に一番早く反応したのは須藤くん。そして、前にも後ろにも回避するための場所がない事に気づいたのは室伏くんだった。
どうしよう、全員に全力で後退を指示するべき!?
それとも、ドラゴンの首を狙ってブレスを逸らすことを考えた方がいい?
室伏くんの攻撃はどこまで通用する?
一気に思考が加速する。でも、私はその間迷っていた。
――その迷いは、退避の指示を間に合わなくさせるには十分なもので。
「インフィニティ――」
「ヤバい、そっちに倒れるぞ!」
インフィニティバリアと唱えながら私が割り込もうとしたとき、中森くんが唐突に声を上げた。
次の瞬間私が見たものは、中森くんが切り倒した木に頭を直撃されたドラゴンが、自分の足に向かってブレスを吐いた場面だった。