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第411話 「みんな」の勝利……のはずだけど

 ドラゴンがブレスを自分の体に向けて吐いて、自爆した!

 いやまさか――ここで室伏くんの攻撃よりもはるかに重い一撃が入るとは思わなかった。


「デヤァァ!」

「中森、首を狙え!」

「チェストぉぉぉ!!」


 室伏くんの蹴りが、自分のブレスでダメージを食らっているドラゴンの脚を抉る。

 一歩下がった金子くんの指示で中森くんがその位置に入り、木で押さえつけられているドラゴンの首目がけて斧を叩き込んだ。


 首の半分ほどを斬られながらも即死せずにドラゴンがもがく。でも、倒れた木が邪魔になってその動きはとても限定的なもので――。


「全員下がって!」


 須藤くんの鋭い声が響いて、前衛と中衛が咄嗟にバックステップで後ろに下がる。冒険者科の生徒は、この辺の「命令されたら即座に動く」のがもはや脊髄反射レベルで染みついてる。


 自由に動けないドラゴンと前衛の距離が十分に開いたところで、千葉くんがドラゴンに向けて瓶を投擲し、ガラスが割れる高い音が響いて中の液体が飛び散った。

 間髪入れず、「伏せて!」と須藤くんが指示を飛ばした。

 凄い、指示慣れしてる。1年生の頃の、頼りない須藤くんとは違う。


 私に一番近いところにいる須藤くんと、ドラゴンの間には遮るものがなくなった。みんなが伏せてるから、須藤くんのボウガンの軌道上には遮蔽しやへい物がない。

 そこでヒュッという音を立てて放たれたのは、火矢!

 気づかなかった……私は須藤くんの真後ろにいたから。そんな物を準備していたなんて思いもしなかった。


 千葉くんの投げた瓶の中身は可燃性の液体だったみたいだ。須藤くんが撃った矢から一気にそれに引火して、ゴウっという音とともにドラゴンが燃え上がる。


 うわ……前衛に気を取られてて、「何もできない」と思ってた後衛ふたりが何を準備してたのか気づかなかった。

 炎に包まれてただもがき、叫ぶことしかできないドラゴンに、ドドド、と矢が何本も突き立っていく。


 これは、私や彩花ちゃんだったら絶対にしない戦い方だ。

 前衛と後衛が噛み合った結果の、敵との間に距離があって、かつ敵が動けないことを前提にした場合でないと成り立たない戦法。


 凄い、凄いなあ……。

 私が助けなきゃとか、指示を出さなきゃとか、「私が、私が」って思う必要なかったんだ。


 普段のY quartetはある意味一騎当千の人間が揃いすぎてて、本当の意味での「集団戦」なんてほとんど必要じゃなかった。

 でも、私たちが高すぎるステータスでの圧倒的な戦いをしている間、他のクラスメイトは地道に積み上げる戦いを身に付けていた――そういうこと。


 ドラゴンは抵抗する力も失い、ただ燃え尽きていくだけになっている。それでも絶え間なく須藤くんと千葉くんは矢を撃ち込み続けていた。


 間もなく、がくりとドラゴンの首から力が抜けて、その姿がかき消えた。後に残ったのは魔石と3枚の鱗で――あああああ!


「鱗が燃える!」

「柳川ー! 消してー!」

「アクアフロウ!」


 ドラゴンを燃やした炎が残っていて、ドロップ品の鱗も燃えかけたよ……。

 火攻めって有効だけど、こんな罠があるとは。


 ギリギリ私のアクアフロウで消火できて、安堵したのか須藤くんと千葉くんはへなへなとその場に座り込んだ。


「俺たちだけでドラゴンを倒せた……」


 誰かが、酷く力の抜けた声で呟く。

 それから一呼吸置いてから、8人の男子の歓声が轟いた。


「いや、実際俺と金子と中森と須藤と千葉しか戦ってなかったけど!?」

「場所がなかったんだからしょうがないだろ!?」

「MVPは中森だ! あそこで木を当てるなんて痺れたぜ!」

「だよな! 俺もまさかこっちに倒れるなんて思ってなかった!」


 最後の中森くんの言葉で、みんなが一斉に黙り込む。

 マジ? と驚きの表情を向けられながらも、中森くんはドヤり続けている。


「え……中森くん、まさか木が倒れる方向を考えずに斧を振るってたの……?」


 普通は、どっちに向けて切り倒そうとか意図してやるよね? 自分の位置とか、倒したい方向に先に斧を入れておくとかして。


「考えてなかった!」

「だよね……中森ってこういう奴だった」


 胸を張る中森くんと、急に疲れ切ったような須藤くんが対照的ぃ……。


「じゃあ、あのタイミングでドラゴンを木が直撃したのって」

「100パーセント偶然! 天運!」

「なんでおまえ、そんな言葉だけ知ってるの? バカなのに」


 ほんのちょっと前までこの場のヒーローだった中森くんは、一斉に冷ややかな眼を向けられていた。


「あと、斧は振るときチェストって言わないから」

「それは示現流」

「いや、示現流も実際はチェストとか言わないよ?」


 次々と中森くんへのツッコミが降り注ぐ。中森くんは一瞬だけ「えっ?」という驚きを見せたけど、また堂々と胸を張った。


「いいじゃん、気合いの叫びだからさ。宝箱出ろって意味のチェストー! だよ」

「それ、違わない?」

「……一説に薩摩弁とも聞いたことがあるけど」

「あれ? 胸に向かって攻撃を繰り出すからチェストじゃないの?」


 魔石と鱗を回収して階段に向かって退避しながら、ぐだぐだとした話が続く。

 私たちが階段に滑り込んだとき、背後をずっと守ってくれていた蓮がドロップアイテムを回収してテレポートで移動してきた。


「お疲れ。やったじゃん」

「マジで疲れた」

「主に中森に疲れさせられた」


 蓮の率直な賞賛に、中森くん以外は脱力したまま応える。

 ……私もさすがに疲れたよ。見ているだけってのは精神的にきつかったし、中森くんがやったことには情緒が追いつかない。


 まあ、終わり良ければ全て良しってことで納得するしかないかな。

 室伏くんと金子くんは防具があちこち破れたけど、他は無傷で戦い終えたんだし。


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