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第414話 災厄の日・1

 テレビからけたたましいアラームが鳴り、柳川家では祐司ゆうじと果穂が慌ててそちらに視線を向けた。昼の情報バラエティは番組を中断して、報道フロアのアナウンサーを映している。


「ただいま入りました情報です。現在、全国のダンジョンにおいて、通常では考えられないモンスターの地上出現が確認されています。

 在宅中の方は、玄関・窓などすべてを施錠してください。外出中の方は、近くの商業施設・駅構内・学校などに避難し、安全を確保してください」


 原稿を手にした男性アナウンサーが、緊迫感を煽るように険しい表情で安全確保を促していた。

 夫婦は一瞬顔を見合わせ、ふたり同時に動き出した。


 階段を駆け上がって部屋に飛び込み、果穂は服を脱ぎ捨てるとヒヒイロカネ製の防具に身を包む。暗色迷彩のそれは、新宿ダンジョンの攻略以来着ていなかった物だ。

 祐司はクローゼットの奥にしまわれていたカイトシールドとショートソードを取り出す。残念ながら防具は体型の変化で着ることができなくなっていた。


「私は大山へ行くわ、パパは駅方面にお願い。あっちは人が多いから被害が出たら大変」

「わかった、頼むよ。柚香には俺が連絡しておく。……ヤマト、おいで」


 祐司が呼ぶと柚香の部屋からヤマトが走り出てきた。

 既に何かを察知しているのか、「柳川家の飼い犬」としての可愛らしい顔つきではなく、低く唸り声を上げている。


「柚香はきっとヤマトを迎えに来るから、それまで庭でこの家を守ってくれないか」

「ワン!」


 ヤマトは一声吠えた。祐司が慣れた手つきでヤマトに「暴走犬」と書かれたTシャツを着せると、ヤマトは「早く出して」と言わんばかりに玄関へ走って行く。


「……また、SNSやネット上には混乱を煽る未確認情報が流れています。正確な情報は、テレビ・ラジオ・自治体の公式発表など、信頼できる情報源をご確認ください。

 繰り返します。安全を確保するために行動してください。冒険者以外の方はモンスターとの戦闘行為はできるだけ避けてください」


 付けっぱなしのテレビから男性アナウンサーの声が流れ続けている。

 祐司が玄関を開けると、ヤマトが弾丸のように飛び出して行った。そして道路にいたミニアルミラージを一撃で仕留めている。


 東海道線の線路よりも海側にある柳川家は、比較的サザンビーチダンジョンに近い。それでも、モンスターが既に住宅街にまで侵入していることに祐司は戦慄した。


 妻が車で慌ただしく出て行くのを横目に、祐司は娘の柚香にメッセージを送る。


「パパとママはモンスターを倒してくる。ヤマトは庭に出しておいたよ」


 それはこの非常事態の中で、あまりに普段通りの調子の一文だった。



 冒険者協会からの一斉送信メールでは、普段活動していない冒険者へ「一般市民の安全を守るために、実力に適したダンジョン近辺でのモンスター討伐」を請われていた。

 都道府県の教育委員会の下にある高校の冒険者科には、援助要請が既に入っているらしい。


「ゆうちゃん!」

「たけやん!?」


 祐司が茅ヶ崎駅のロータリーに駆け込むと、階段の上から引き締まった体躯の中年男性が声を掛けてきた。

 法月のりつき寧々の父で現役冒険者でもある法月たけしは、祐司のかつてのパーティーメンバーだ。


 祐司は柚香が生まれる前に冒険者を引退し、ステータスこそ一般人よりは遥かに高いが実戦の勘は鈍ってしまっている。

 今も本職のクラフトの傍ら上級ダンジョンで活動する毅の合流は、心強いものだった。


「北口から駅を突っ切って来たよ。最寄りのダンジョンから攻め上がって、一番被害が出るならここだからな」

「ああ、そうだな。学校とかは門を閉ざせるけども……今は駅はシャッターを下ろせない」

「寧々や柚香ちゃんも冒険者科で動いてるだろうな。学校関係のことは学校に任せた方がいい。俺たちよりよっぽど把握してる」


 ふたりが武器を構えながら相談している間にも、ジャージ姿の北峰高校生が横を駆け抜けていく。彼らが手にしている実技演習で使う刃を潰された装備品は攻撃力に乏しいが、振るう人間の腕次第では十分な武器となる。


 そう、例えば果穂や柚香ならば、あの武器でも上級ダンジョンの敵に対応できるだろう。

 自分は情けないことに、せいぜい中級のモンスターくらいしか相手取ることはできないが――自嘲の混じった笑みを浮かべた祐司は、毅の肩を叩いた。


「たけやん、ここだったら階段に陣取れば俺ひとりでもモンスターを防げる。だから、鎌倉ダンジョンや江ノ島ダンジョンの方面に行ってくれないか」

「ゆうちゃん?」


 驚いて目を見開く毅に、「頼む」と祐司はもう一度彼の肩を叩く。


「大丈夫だ。初級ダンジョンのモンスターは足が遅い。ミニアルミラージくらいならもうすぐ着くかもしれないが、奴らはばらけて到着する。そうしたらもう、集団戦じゃなくて1対1が100回なんだよ。俺にもできる、だから――」

「いや、……んー、まあ、じゃあ俺は反対側の階段に行くわ。どっちにしろ両方封鎖しないといけないしな」

「あ」


 冒険者としては既に使い物にはならないが、戦場さえ選べば戦える――その覚悟で祐司が告げた言葉は、茅ヶ崎駅南口の構造によってあっさりと無駄になった。


「ゆうちゃん、無理すんな。歩く災害のかほたんや柚香ちゃんと自分を比べるんじゃないよ。……俺だって、寧々にクラフトマンとして追い抜かれて悔しい思いをしてる」


 毅の言葉は優しかった。祐司から見れば一線に立ち続けているように見えた彼も、歯がゆい思いをしていたと思い知らされる。


「だけどな、俺たちが切り開いてきたから、今は何もかも昔より進歩してるんだ。娘たちが強くなれるのは昔俺たちが頑張ってきたからだろう? 今の若い奴らは俺たちよりずっとずっと優秀だけど、俺たちは最古参の老兵ロートルだぜ。往生際悪く戦おうじゃん」


 娘が生まれるよりも前、一緒にダンジョンで暴れ回ってきた友人は、ニカリと笑って拳を見せている。

 冷静なつもりでいたが、非常事態に焦った気持ちがあったのだと祐司は気づいてため息をついた。


 そして、毅の拳に自分の拳をごつりとぶつけた。


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