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第418話 ダンジョン・プロトコル

「上野さんにお願いしたいことがあるんです!」


 舌を噛みかけながら叫んだ私と対照的に、穏やかな颯姫さんの声が私に応えてくれた。


『ゆ~かちゃん、大丈夫よ。ちょうど今、取り急ぎ智秋さんがモンスターの行動パターンで書き換えられてたところを元に戻したから。スタンピードはもうおしまい』


 話が早すぎて唖然とした……。

 私がスマホを持ったまま口をポカンと開けて黙っていたら、電話の向こうで颯姫さんが慌てる声がする。


『あれ? もしかして別件!? ダンジョンの異変のことならまだシステムと繋がってる智秋さんがすぐ気づいたから、私たちは即横須賀ダンジョンのマナ溜まりに向かったの』

「そうなんですねーーーー! はぁ……安心しました。私もコードがいじられてるんだって気づいたから、上野さんならどうにかしてくれると思って」


 あまりに気が抜けて、思わずしゃべりながらへなへなとその場に座り込んでしまった。そんな私を心配したのか、翠玉が「大丈夫?」と言わんばかりに顔を寄せてくれる。


『でも根本的なところは解決してないから、ヘルのことは今後対処が必要だけど』

「ヘル?」

『あっ、ニュース見てないのね? ちょっと話が長くなっちゃうから、それはまた後で。地上に出たモンスターは倒さないといけないから、私たちも地上に出るわ……あ、智秋さんはもう少しコードを弄りたいらしいから、また夜にでも連絡するね』


 颯姫さんが今ダンジョンにいるってことがわかったから、私は通話を終わらせた。


「あいちゃん、ちょっと手伝って。この中を確認しなきゃ」


 スタンピードが終わったって颯姫さんが言うからには信頼できるけど、念のために自分の目でもモンスターの動向を見ないと。


 せっかく翠玉に入り口を塞いでもらったけど、また元に戻してもらって私とあいちゃんと翠玉はダンジョンに踏み込んだ。

 1層にもモンスターがいるけど、外に出ようとはしてないね。

 手分けして全部片付けると、2層から上がってこようとするモンスターはいないようで、1層に関してはいつもの状態に戻った。


「中に取り残されてる人とかいないかな?」


 あいちゃんが心配そうに階段を覗き込む。さすが、仁獣麒麟のマスター。


「確認しに行こう……っと、その前に」


 こっちに向かってるはずの蓮に連絡しておかないとね。

 翠玉が封鎖したはずの入り口が開いてて、私もあいちゃんもいないとなったら、物凄く慌てるのが簡単に想像できる。


「柚香、無事か!?」


 通話が繋がった途端、凄い勢いで蓮が話し掛けてくる。


「うん、なんともないよ。あのさ、スタンピード終わったって」

「……は?」


 終わったよ、じゃなくて「終わったって」と私が伝聞系で話したからか、蓮がすっごい間の抜けた声で返事をしてくる。


「ほら、ダンジョンってコードでできてるって話。上野さんなら書き換えられると思って颯姫さんに連絡したら、先に上野さんが気づいて横須賀ダンジョンのマナ溜まりに行ったんだって」


 私が蓮に向かって話した内容で、あいちゃんがぴくりと眉を上げた。

 あ。

 そういえば、上野さんのことはあいちゃんには話してなかったっけ……。アカシックレコードに接続したばかりか、人間がダンジョンを生成したってあまりにやばい話だったからね。


 あいちゃんに向かって片手で「ごめーん」とジェスチャーしつつ、私は蓮への説明を優先する事にした。


「それで、とりあえずスタンピードは止めたって教えてもらって。なんかもう少し弄りたいところがあるって言ってたけど、実際ダンジョンに入ったらモンスターもいつも通りになってるっぽい」

「あー、上野さんが。なるほど……じゃあ、とりあえずモンスが地上に出る心配はなくなったってことか。氷は……まあいいか、そのうち溶けるし」


 確かに、氷の場合放っておけば溶けて元通りになるのが楽だわ。

 地形操作は翠玉がやらないといけないけどね。


「念のため、取り残されてる人がいないか、5層くらいまであいちゃんと確認してから戻るよ」

「わかった。気を付けろよ」


 通話を終わらせてから、私は腰に手を当てて仁王立ちになってるあいちゃんに向かって土下座した。


「大変申し訳ございません、ヤバすぎて表に出せなくて」

「前世云々の話の時? あれよりもっとヤバい話があったの?」


 踏まれるくらいするかなと思ったんだけど、私の目の前にしゃがみ込むあいちゃんの声は心配そうで。

 怒ってるように見えたけど、私の事を心配してくれてるんだなっていうのがわかった。


「今年の始め、新宿ダンジョンが消えたって騒ぎになったの覚えてる?」


 そして私は、ごく簡単に上野さんと新宿ダンジョンの事を説明した。

 私は撫子に刺されたときにアカシックレコードとの接続も切られたけど、上野さんは今でも繋がったままなこと。

 ダンジョンの生成コードを理解した上野さんは、自分が生き延びる可能性を颯姫さんのリザレクションに託して、彼女を育成するためのダンジョンを作り出したこと。

 そして、目的を達成したためにダンジョンは消滅したこと――。


「どこでLV上げしたのか聖弥くんも教えてくれなかったけど、そんなことになってたんだ」


 はぁぁぁぁ、とあいちゃんは深くため息をつき、私の手を取って立ち上がらせた。それで、ぎゅーっと抱きしめられる。


「ゆーちゃん、私が言えることじゃないかもしれないけどさ……あんまり危ないことしないでよ? ゆーちゃんも彩ちゃんも、聖弥くんも、それに蓮くんも、本当に大事な事は私に言ってくれない」

「それは……あいちゃんを巻き込みたくなかったからだよ。アカシックレコードの話とか、ヤバいじゃん。そんな話が広まったら、『落ちたら発狂する』とか言われてるあのマナ溜まりに飛び込んだり、人を突き落としたりする奴が出るよ」


 幼稚園の頃からの付き合いがある親友のジャージを、私はぎゅっと握りしめた。

 寧々ちゃんは天之尻羽張を作るっていう仕事があったから、どうしても新宿ダンジョンに関わらないといけなかったけど。

 知ってるだけで危険があるかもしれないなら、知らない方がいい。私も聖弥くんも、そう思ったんだよね。


「あいちゃんがそういう話を他に漏らしたりしないって信じてるし、ダンジョンがコードでできてるって話はしたことあったけど――上野さんみたいに、とんでもないことができるなんて絶対知らない方がいいよ。もしもその情報目当てであいちゃんが狙われたりしたら、私は嫌だもん」

「ゆーちゃん……」


 少しだけ思い悩んだ様子だったあいちゃんは、がばっと体を離すと拳を握りしめた。


「私、もっと強くなるよ! 聖弥くんやゆーちゃんの弱みにならないように! もし誰かに捕まりそうになっても、100パー返り討ちにできるように!」

「そっちなんだ」


 仁――思いやり(ただし物理)だなあ……。

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