彩花ちゃんの家に寄って装備を回収するとき、私もそこで降ろしてもらった。蓮と聖弥くんを車に乗せた大泉先生には先に行ってもらう。
最優先なのは、ダンジョンからモンスターが溢れないようにすること。
既に溢れちゃった分は走り回って潰すしかないけど、これ以上の市街地への流出を防ぐのが大事。
私は彩花ちゃんの家の前から、自分の家に向かって走る。
そうだ、ママにヤマトを庭に出しておいてもらおう――そう思ってスマホを取り出したら、パパからLIMEメッセージが入っていたことに気づく。
『パパとママはモンスターを倒してくる。ヤマトは庭に出しておいたよ』
「パパ……」
いつもと何も変わらない調子なのに、書いてあることはあまりに普通じゃなくて。
ママばかりか、パパもモンスターを食い止めるために行動してるんだ。ううん、パパは冒険者の先駆けだから、きっと動いて当然だったんだろうな。
スタンピードなんてことが起きてるのに、街中はパニックにはなっていない。こういう時、本当に日本凄いって思う。
私が家に近付いたら、暴走犬Tシャツを着たヤマトがこちらに向かって駆けてきた。庭に出されただけじゃなくて、リードもついてないから暴れ放題だったんじゃないかな!?
「ヤマト!」
「ワンワン!」
私に向かって飛びついてきたヤマトは、ジャンプすると私の伸ばした腕の中にすっぽりと収まった。パタパタと振っている巻き尾が可愛い!
「ヤマト、なんでかはわからないけど、モンスターがダンジョンから溢れてるんだって。私は江ノ島ダンジョンに行くから、街中に出て来ちゃったモンスターを倒してくれる?」
「ワンッ!」
昔は「いいお返事の時ほど言うこと聞いてくれない」ってことがあったヤマトだけど、今はそんなことはない。
私の話を聞いて、ひょいと地面に飛び降りると矢のように駆け去って行った。
……これで、少なくともこの辺りは大丈夫。
大泉先生に言われたようにヤマトを解き放ったから、家の中に入る必要はない。通りすがりにひょいと覗いたけど車もないし、カーテンも閉まっている。
……学校にアイテムバッグ持って行っててよかったなあ。起きて欲しくはないけど、非常事態の時にすぐに動けたのって大きい。
私が走って江ノ島ダンジョンに向かう間に、蓮が鎌倉ダンジョンの出入り口を氷で封鎖したって連絡が来た。蓮たちはそっちに寄り道したせいか、私の方が江ノ島ダンジョンには先に着いちゃったよ。
「メイルシュトロム! フロストスフィア!」
江ノ島ダンジョンから出てきてしまっている巨大ガニのカルキノスを村雨丸で真っ二つにして、メイルシュトロムで出現させた巨大な水の渦を凍らせ……られない!
ギリギリ、私の魔法じゃ威力が足りない! 蓮だったら行けたんだけどなあ。
「わっ……アクアフロウ、フロストスフィア、アクアフロウ、フロストスフィア!」
地面に水塊がぶつかったときに、盛大に頭から水を被ってしまった。でも悠長に拭いている場合じゃないので、アクアフロウを凍らせる作戦に切り替える。
これなら私の魔力でも凍らせられる。氷コンボは何度もやってるからそこはちゃんと把握してたんだけど。
「ゆーちゃーん!」
「あいちゃん!?」
蓮が来たら補強してもらおうと思っていたら、あいちゃんが翠玉に乗って来た!
学校を出るときは班で行動する方のメンバーに入ってなかったけ!?
「聖弥くんから連絡が来て、翠玉の風水術でダンジョンの入り口を封鎖して欲しいって。先生たちもそれは有効だって言うから、急いで家に戻ったの!」
「なるほど、翠玉の風水術!」
私たちが状況を摺り合わせている間に、翠玉は真珠色の角を光らせて地形操作を発動させた。ゴゴゴ、と私が作った氷を押し上げて地面が盛り上がり、ちょうど入り口を塞ぐ。
……わあ、これは凄いけど、中に人がいた場合本気で出られない奴じゃん……。
颯姫さんの角材並みの打撃か、蓮クラスの魔法でないと破壊できない。
「あとはこの辺のモンスの掃討をすればいいね」
「来る途中で遭遇したのは倒してきたけどさ。いや、凄いよね、みんな建物に避難してるからほとんど被害なさそう」
「……それでも、ゼロじゃないと思うけど」
モンスターは基本的に人間に攻撃してくるのであって、ダンジョンでも構造物を攻撃したりはしない。
だから、建物の中に避難するってシンプルだけど最高の対応なんだよね。建物を壊してでも押し入ってくるって行動はしないはず――多分。
モンスターはダンジョンから出られないはずなのに、そこの前提が覆されてる。ということは、ダンジョンシステムのコードが書き換えられたってことだよね。
「上野さんに頼めばいいんだ!」
あの新宿ダンジョンを作った人だもん、コードの書き換えくらいできるはず。
震える指でLIMEを起動して颯姫さんに通話をかけると、10秒くらいしてから颯姫さんが出てくれた。
「颯姫さん、どこにいますか? 上野さんにお願いしたいことがあるんです!」