目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報

第419話 裏ボス登場

 あいちゃんとふたりで、江ノ島ダンジョンの5階くらいまでを探索する事にした。もし取り残された冒険者がいたら負傷してる可能性が高いだろうから、私たちの能力は役に立つ。


「誰か残ってますかー!」


 鍛えた大声で声かけをしてみるけど、特に反応はなし。

 江ノ島ダンジョンの上の方は海エリアで、モンスターも足が遅いのばかりだから、少し助かる。追いかけられても私と翠玉のスピードなら振り切れるから。


 戦闘はせずにスピードだけで敵を振り切りで5層までを調べて、私たちは取り残されてる人がそこにいない事を確認した。


「もしかしたらさ、モンスたちが地上に向かってるのを見て、むしろ下層に向かって避難したりしてるのかも?」

「でも、そうすると途中で行き会うモンスターと戦闘になるよ」

「そっかー、じゃあ、一刻も早く地上に出なきゃって思うよね」


 あいちゃんがなかなか面白い視点の推理をしたけども、私は否定する。最下層近辺にいたならそれもひとつの手だとは思うけど……。


 私たちが地上に出たとき、スマホがギュインギュインと物凄い音で鳴り出した。緊急地震速報かと思って慌てたけど、違うっぽい。

 あれ……でも防災アプリが立ち上がってるな。


『日本冒険者協会が、モンスター地上出現の終息を発表』


 飛び込んできたバナーの文字に、私は思わず息を呑んだ。


「冒険者協会、対応早くない!?」


 同時にスマホを確認したあいちゃんも、隣で叫ぶ。

 いや……上野さんの素早い対応はわかるよ。それを颯姫さんが冒険者協会に報告したかも、ということまでならわかる。

 でも、冒険者協会がそれを信じるのかな?


 防災アプリで報じてるくらいなんだから、何か情報が出てるかもしれない。

 そう思ってX‘sを開いた私が目にしたのは、信じられない光景だった。



 先生から連絡が来て、今日はこのまま下校になった。

 食べ損ねたお弁当を家で広げつつ、私たちはぼそぼそと喋りあう。


「頭が追いつかない」

「一生分の驚きを今日で使い果たした気がするよー」


 うちのリビングダイニングには、蓮と聖弥くん、そして彩花ちゃんとあいちゃんが揃っていた。


 スタンピードが起きた後に全世界で同時に起きた電波ジャックの映像は、ネットでもとんでもない回数の再生をされている。

 私たちにはそれが誰なのかはわからなかったけど、あっという間に考察サイトが立ち上がって、北欧神話のヘルという冥界の支配者であることが確定してた。


 まあ、一目見て人間じゃないというのがよくわかったし、1万歩くらい譲って「半身はなんともないけど半身は腐っている」のが特殊メイクだとしても、「別の言語でしゃべっているのに頭の中に直接意味が流れ込んでくる」のは異様だもんね。


 考察サイトではなんと私の名前まで挙げられていた。

 そう、去年の撫子騒動の時の話だ。

「どうも相手は神霊の類いらしくて普通の武器が一切効かないので、神様を殺した逸話のある武器で対抗したい」って私が話してるX‘sの動画まで引用されててさ!

 ダンジョンには神が現れるって論拠の根拠にされてるー!!


 それも、頭が痛い理由。

 でも個人的にもっと頭が痛くなったのは――。


「冒険者協会の公式見解として、スタンピードはもう起こりません」

「それは、言い切れるのでしょうか!? それを信じて被害が出たとき、あなたは責任をどうとるおつもりですか?」

「もしそんな事が起きたら――はっはっは、私の首でも差し出しましょうか。それとも、責任を取るために最前線で戦い続けましょうか」


 付けっぱなしのテレビから流れるバリトンのイケボの主は、お腹を揺すって笑っている。戦闘力が高そうには見えないけど、なら何ができてもおかしくない。


「日本冒険者協会理事長って、赤城さんだったんだな……」


 心底嫌そうな蓮の声が、テレビからの音声の隙間にぽとんと落ちた。


 赤城さん――上野さんの上司で、上野さんにマナ溜まりを利用する事を吹き込んだ人で、新宿ダンジョン構築の片割れ。

 病気で弱っていた上野さんを横須賀ダンジョンのマナ溜まりまで連れて行ったらしいから、見た目通りの人じゃないとは思ってたけど……。


「確かに、赤城さんが理事長だったら、上野さんがコード書き換えでスタンピードを終わらせた事を信じるだろうね」

「うわー、今HP見てみたら、確かに理事長のところに赤城って書いてあるわー」


 聖弥くんは神妙に頷き、彩花ちゃんは右手に箸を持ったまま左手でスマホを弄っている。


「そういえば、ヤマトに使った自己強化のスキルクリスタルって、赤城さんが持ってきたんだもんね……冒険者でもおかしくないんだ」

「えー、冒険者に見えない」

「魔法使いなら、ワンチャンあるかな」


 私たちがテンション低く話し合っていると、パパがヤマトを抱っこして帰ってきた。

 カイトシールドとショートソード持ってる! ひえー、見た事なかったよ、そんな格好!


「ただいま、ユズ、怪我はないかい?」

「パパとヤマト! お帰りなさい、パパは大丈夫?」


 お箸を置いてパパに駆け寄ると、パパはよっこらしょと声を上げながらカイトシールドを置いた。


「茅ヶ崎駅でたけやんと会って、一緒に戦ったんだよ。ミニアルミラージがちょっと来たくらいで、それ以上の敵は来なかった。かすり傷もないよ」

「よかった~。ヤマトも、ありがとうね」


冒険者引退してから16年のパパが戦いに出るって、本当に危機的状況だよね。無事でほっとした。

 ヤマトは鼻が利くから、駆け回れる範囲のモンスターを駆逐してきたんだろう。私がわしわしと体を撫でると、一声鳴いてからペット用のウォーターサーバーへ走って行ってガブガブとお水を飲んだ。


「そういえば、パパは茅ヶ崎駅で戦ってたんだよね。ママは?」

「ママは車で大山に向かったんだよ。もう少ししたら戻ってくるんじゃないかな」


 パパはそう言ったけど、予想に反してママが戻ってきたのは大分後だった。


「もう大山阿夫利ダンジョンにアグさんを置いておけないわ!」


 ママが激怒しながら帰ってきた。みんなでその剣幕に震え上がっていると、うちの庭に赤い塊が突如現れた。長い首がこちらに向いて、くりっとした目が庭に面した窓からこちらを覗き込んでいる。


「えっ、アグさん連れてきたの?」

「あったり前よ! スタンピードが終息しても、ダンジョンにいるだけで人間からもモンスターからも攻撃される可能性があるわ。ヘル、許すまじ!」


 ひええええ……推しくんのグッズ転売を見たときくらいの怒りっぷりだ。これはまずい。


「モリモリからも連絡が来たし、何かあったときのためにアグさんにはとりあえず庭にいてもらうわ。狭いけど仕方ないわね」

「車は?」

「一番近い駐車場に駐めてきたわよ、この際料金なんて気にしてられない。そうそう、涼子さんに連絡して車出してもらえるようにお願いしたから、着き次第冒険者協会の神奈川支部に行くわよ」

「えっ」


 涼子さん――蓮ママの車まで使うってことは、ママと私と蓮と聖弥くんだけじゃないってことだよね? それならうちの車で足りるもん。


「Y quarte+1とライトニング・グロウと寧々ちゃんと愛莉ちゃんを、赤城さんが呼んでるのよ。モリモリ――毛利さんから連絡が入ってね」

「赤城さんって、さっき本部で記者会見してましたよね!?」

「東京から横浜なんてすぐよ。電車ももう動いてるし、神奈川支部まで来るんでしょ」


 つまり、ここにいるパパ以外と寧々ちゃんで、赤城さんに会いに行くと!?

 うっわー! だいたい内容の予測は付くけど、嫌な予感しかしないなー!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?