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第420話 波乱の日はまだ終わらない

 冒険者協会の神奈川支部は、JRの関内駅から歩いて行ける場所にある。古い建物が多くて、旧官庁街って言われる辺りだ。

 ちょっと足を延ばせば横浜中華街があるから、普段だったら「帰りに寄って行こうよー」って言うところだけど……。


「肉まん食べたい」

「ときどき、あんたの事を大物だって思う」


 建物の外観に比べて新しい内装の会議室で、緊張感無く呟いたバス屋さんに颯姫さんがツッコんだ。

 この状況で、肉まん食べたいとか言えるんだ……。

 いや、私たちも「スタンピード収まったから、まずはご飯を食べよう」ってお弁当食べてたけどさ。

 肉まん食べたいって私もチラッと思ったけど、さすがに言わなかったよ。


 会議室には私たちY quartetとライトニング・グロウの4人の他に、彩花ちゃんとあいちゃんと寧々ちゃん、そしてママと上野さんと毛利さんと、もうひとり初対面の女性がいる。毛利さんと同じで冒険者協会の人だろう。


「やあやあ、お待たせして申し訳なかった。電車は動いたがまだダイヤは乱れていてね」


 冒険者協会にとっては緊急事態のはずなのに、にこやかな表情で赤城さんが会議室に入ってくる。それに続いて、スーツ姿の3人の人も。

 このメンバーの中ではあいちゃんと寧々ちゃんだけが緊張していて、他の人はうさんくさいものを見る視線を赤城さんに向けていた。


「理事長、お疲れ様です。WEB会議でも良かったんですよ?」

「ダメですよ、接続が途切れたとか、肝心な場所で変な感じに言いくるめられるから。絶対来いって俺が言ったんです」


 毛利さんが少し赤城さんをいたわるような言葉を発したんだけど、上野さんがぴしゃりとそれを否定する。

 この場で一番赤城さんとの付き合いが長くて、関係も密なのは上野さんだもんね……。


「はっはっは、私の弟子は手厳しい」

「鰻を掴むコツを延々叩き込まれてるみたいなものなんで」


 お腹が出た体型の赤城さんが、ぬるりぬるりと動く様を想像してしまった……。


「ひとまず、お忙しい中お集まりいただきありがとう。スタンピード中のモンスター制圧にもご協力いただき感謝する」


 議長的な席に着いた赤城さんが、私たちに頭を下げた。赤城さんの後ろに立っている人たちも一緒にお辞儀をするから、私も釣られてお辞儀を返してしまった。


「まず、今回の事件を時系列で整理しよう」


 赤城さんの言葉で、職員らしきひとりの男性がペンを持ってホワイトボードに向かう。キュキュッと音を立てながら書き込まれたのは、「午前11時30分頃 スタンピード発生」という文字。

 ……うん、4時間目の授業中に緊急放送が入ったもんね。第一報はその頃だったのか。


「モンスターがダンジョン外に溢れていると東京本部宛に最初に通報されたのが、11時32分。通報者から動画を提供してもらい、協会でも事実を確認した。同時に、各都道府県の支部に同様の通報が入り始めた。複数名の協会理事がダンジョンに居合わせた事もあり、特定のダンジョンに限った事象ではなく全てのダンジョンで起きていると想定した」


 すらすらとよどみなく赤城さんは話している。協会理事がダンジョンに……って、そうか、毛利さんも神奈川支部の理事だって言ってたけど高LV冒険者だもんね。

 ダンジョン研究家だけじゃなくて、現役冒険者も結構役職に就いてるんだなあ。


「まず報道機関を使って国民に対し注意喚起を行い、メーリングリストに登録している冒険者全てにモンスター討伐協力を依頼した。同時に他国の冒険者協会と連絡を取り、日本だけではなく全世界規模で発生している事を確認。そして、高等学校冒険者科の生徒への協力を要請している最中に全世界の電波がジャックされ、正体不明の人物による人類への宣戦布告が行われた。同時に、衛星がアイスランドの火山地帯での小規模な噴火と、ダンジョン出現を観測した」


 冒険者への協力要請、全世界でのスタンピード確認、電波ジャック――そして、アイスランドに新ダンジョン出現。

 それらの言葉が箇条書きでホワイトボードの上に綴られ、私たちは黙ってそれを見つめていた。


「電波ジャックをした人物はヘルと仮定され、暫定的に新ダンジョンはエーリューズニルと名付けられた。これは北欧神話でヘルの館とされる名前だな。

 さて、この先は上野に話してもらうとしよう。この場にいる人間には何も伏せる必要はない」


 器用に片眉を上げて、赤城さんがニヤリと笑う。その笑いを受け止めて、上野さんが立ち上がった。


「上野智秋です。この場にいる人は大半が知り合いだけど……ダンジョンのマナ溜まりから地球そのものの抱えるデータベース――いわゆるアカシックレコードへの接続成功者です」

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