上野さんに言われてステータスをみてみたら、数字の方はよくわからなかったけど、文字の方で明らかに新しく付いたものがあった。
ジョブの「ソードベテラン」と、称号の「海神の愛し子」って奴だね。
項目をタップしてみたら、詳細が出てきた。
ソードベテランは、剣での戦いが熟練の域に達したことを示すものらしい。ボーナスはSTRとDEXに+10。
これは、割と大きいね。私がベテランだったら、更に上がありそう。ソードマスターとか。
問題は「海神の愛し子」の方なんだけど……これって、やっぱり前世で生け贄になってることから来てるんだよねえ?
怖々と「海神の愛し子」をタップして出てきた説明文に、私は思わず「ハッ」と鼻から笑いを漏らしてしまった。
だって――。
【海神の愛し子】神の加護を得ていることを示す。溺れない。
大層な名前なのに、効果が「溺れない」って何よ!?
そういえば前にママから「溺れた事がない」って聞いてたのを思いだしたけど、まさかアクティブになってなかったにしろこれが付いてたからなの?
「各項目について説明をいただきたいんですが!?」
「俺は既にあった設定を有効にしただけです。内容については一切関与してません。細かい設定は神様にでも訊いてください」
顔面蒼白になった職員さんが上野さんに向かって悲鳴のような声で叫んでたけど、上野さんは無責任に笑ってそれを躱す。
「その部分を参照したりできないんですか?」
「今日の接続で消耗したので、当分俺はシステムに触れられません。これ以上働くと、死にます」
「シャレにならない!」
職員さんの当然の質問に、笑顔のままとんでもない事を上野さんが返し、颯姫さんが更に悲鳴を上げた。
あー、うん、わかる。
アカシックレコードへの接続って、すっごい脳に負荷が掛かるもんね……。身をもって知ってるよ。
「さすが上野、一度死の淵を覗いた男だ。今度はデッドラインを把握したか」
「違う、そうだけどそうじゃない!」
赤城さんはまた笑顔で拍手してるし、あまりな内容に颯姫さんが赤城さんに噛みついた。
「それで、凡百では為し得ぬことをした我が弟子よ、
「当然です。俺は同じ失敗は繰り返さない」
笑顔の赤城さんと上野さんの間に、どす黒い空気が漂ってるのが見える気がする……。颯姫さんが「嘘だぁ」って小さく呟いたのが聞こえたけど、確かに前にも死にかけたくせに過労で救急搬送された人間の言う事じゃないね。
「ライトさん、さっきのものを出して欲しい」
「了解」
上野さんが声を掛けて、ライトさんがアイテムバッグを長机の上に置いた。
そして、うわーーー!
なんかいろいろやばげなものがどんどんと出てくるよー!
「状態異常の対策用に不滅の指輪20個と、従魔用に調節した不滅の首輪5個。装備を新調するためにアポイタカラ100キロと、強化素材最高位の『賢者の石』を100個用意しました」
「まあ、おまえにしては上出来だ。スキルクリスタルを忘れているが賢者の石に免じて今回は目を瞑ろう」
「ちょっちょっ、待って! こんなものをどうやって用意したんです!?」
賢者の石と聞いてふらりと上体を揺らしたあいちゃんが、長机をドンと叩いて叫んだ。
だよねー! 知らなかったらびっくりするよね! 知っててもこれは驚くけど。
「マナ溜まりはダンジョンシステムへの接続端末だからね。ドロップアイテムやダンジョン内で生成されるアイテムに関してはダンジョンの維持管理に使ってるリソースを消費して生み出す事はできるんだよ。今後のヘルとの戦いに備えて、必要そうな物をとりあえず生成してみた」
「ひえ……」
何事もないように言った上野さんに、寧々ちゃんや一部の職員さんが小さな悲鳴を漏らす。
聖弥くんとママは笑顔で固まってるし、蓮は口開けっぱなしになってるし……。
「ダンジョンリソースへの影響度は?」
「まあ……影響を直接感じない程度のドロップの減少が、10年くらい続きますかね」
「それくらいで済んだなら良いだろう。ここで負ければ後がないのだからもっと派手にやっても良かったが。――それで、皆さんに来ていただいた理由をそろそろ説明しよう」
恐ろしいやりとりを上野さんと交わした後、赤城さんが立ち上がる。瞬時に空気が引き締まって、彼の元に注目が集まった。
「各国にある冒険者協会は協力体制をつくり、特級ダンジョンエーリューズニル攻略、及びヘル討伐のための冒険者を選出して派遣することを決定した。日本冒険者協会が選出したのが、あなた方だ」
手のひらに、冷たい汗が滲む。
薄々覚悟はしてた。どう考えてもこの国どころか全世界規模でも私のステータスは特異だろうから。
蓮も魔法に関して世界屈指の能力があるし、Y quartetというパーティーの運用で考えたら聖弥くんも外せない。
ライトニング・グロウとママだって新宿ダンジョン攻略の実績が赤城さんに把握されてる。
そこまでは、仕方ないと思える。
でも、あいちゃんと寧々ちゃんは――?
ふたりはクラフトだし、まだLVだって60前後。毛利さんよりも戦闘力としては劣るはず……。
「Y quartetとライトニング・グロウ、そして柳川果穂氏は、従魔も含めたその傑出した戦闘力が選定の理由。そして、法月寧々嬢と平原愛莉嬢は、クイーン・アルミラージと麒麟というレア従魔の強さと共に、カスタムクラフトを習得した世界有数のクラフトマンとして同行を願う」
赤城さんは私の心を読んだように、理由を蕩々と語る。
「エーリューズニルでの戦いは、未だかつて体験した事のないほど厳しいものになるだろう。武器や防具の破損の可能性が十分に考えられる。そのメンテナンス要員として、クラフトマンの同行は必須だ。それに、時には武器を作り替えて戦う必要も考えられる。臨機応変な対応ができるクラフトマンは、日本国内にあなた方だけだ」
赤城さんに集まっていた視線が、あいちゃんと寧々ちゃんに向けられている。
ふたりは一度目を見合わせ、頷いた。
「行きます。――私に、守れるものがあるなら」
力強く宣言したあいちゃんの目は、はっきりと聖弥くんを見つめていた。