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第49話 種子

ぼくたちは球根のまま大気中に放り出されて

花を求められる宿命

ていねいに育ててほしいけれど

きびしくしたほうがキレイに咲くらしい

迷惑だよと伝えたい

勘弁してよとわめきたい

ぼくたちが球根じゃないことくらい

きちんと見ていればわかるだろうに

学校の成績順位と

模試の合格判定が

親の機嫌を左右する

だから僕は自分で自分のご機嫌をとってみることにした


いちばん大好きなひとに会う

いちばん大好きな曲を聴く

だからどうしたと言われてしまえば

ただそれだけさと答えるだけ


休みの日くらい遊べばいいのに

わかるよそれ

なんで休みの日まで勉強を

うまく説明できないけれど

喫茶店で元素の会話

どんな色なの話がつきない

ときどき歴史について質問され

年表にない物語を話す

宙に浮いてる柱のことや

海を渡ってきた僧侶が残した言葉を

なぜだろう

けっこう楽しめる

説明しているつもりが学ばされるし

教えているのにさらに深く理解する

同じだよ

きみがぼくに教えているとき

ますますきみは賢くなるし

きみがぼくに説明すればするほど

きみ自身の理解が深まっていく


この球根どうしようか


デパートは家族連れで賑わい

ときどきぼくは若い夫婦のふりをして

きみの手をつなぐけれど

きみはもっと軽めの感覚で

一緒に歩いているだけかもしれない

だからときどき思うんだ


おれだけかよ

おれだけかよ

おれだけ空想で悶えてるのかよ


ぼくは呼吸を荒げることなく

階段を一気に駆け登れるさ

自分が一年草の種子だと気づいて

カウントダウンも始まったけど

きみといられる時間があるからいい


わざわざぼくの好みを気にして

短いスカートで来てくれるけど

ぼくはきみの足を見たいだけであって

誰かに見せびらかしたいんじゃないよ

たいらな道は並んで歩くけど

階段はきみの後ろで登る

ときどきのぞいて見たくなるけれど

なんにも知らない顔で決める


期待されて

不安にさせて

愛ゆえに厳しく怒られまくり

「あなたは私たちの大切な球根よ」と

涙ながらにビンタくらったけど

安心してください

この素晴らしき命をありがとう

努力の有無にかかわらず

花は咲くことでしょう

ぼくたちは一年草の種子でした


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