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第59話 風の冷たさは

風の冷たさは心を温かくしてくれる

世界は凍える話に満ちて親を不安にさせるから

どんなに真面目に生きていても

娘も息子も疑われるよ


とはいえ不思議

なにやら組み合わせなのか

寛容な親のもとで悪事を働く娘がいたり

慈愛あふれる親のもとで息子が壊しまくる

どんなに大丈夫だよと説得しても

うちは疑われてばかりだけどね


ニュースで不安をあおられて

びくびくしているのは父だ

おいおまえ 大丈夫なんだろうな

ひとりごとのように家族を責めて

ここにいないモンスターを警戒してばかりだ


信じてくれとはいわないけれど

朝も夜も疑われて追い込まれてると

だったらいっそそうしてやろうか

それをお望みなんでしょう

なきたくなる


潮の香りは濃いほうがいい

せきこむくらいのべたつき

体が痛くてきしんでいるけど

心を暖かくできるのは

見晴らしのいいここだけ



カツンカツンと響く靴音は

なさけないおれを知る彼女だろう

近づいてくる

会える嬉しさ

こんな顔を見せたくない

約束したわけじゃないのに

缶コーヒー持ってきてくれてないかな

なんて期待してる

その笑顔

ちょっと心配してそうでも

やっぱり笑顔

嬉しくて

こんな顔を観察されたくなくて


駆け寄って抱きしめた


どんな顔で話せばいいのか

わからないよ

すべて聞いてほしいのに

なにも訊かないでほしい


どんなウソでごまかせばいい

どんなウソで安心してくれる

なにも癒えない

冷たい真実だけが治してくれるのだから



風の冷たさが心を温かくしてくれる

世界の凍える話が散って

すべての繁みが枯れ落ちたら

今度こそ自分たちの芽を育ててみせる



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