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第85話 前

小麦粉の焼ける香りなのかなパン屋のほうから

砂糖や塩も影響するのか

うっすらと甘く深いブレンド感

通り過ぎるだけの数秒間ほんのひととき

いつか寄ってみたい

そう考えながら

時間の厳しさが許さないのを知っている


与えられた猶予とは

与えられる恐怖であろう

もう時間がないんだぞ

こんなことしている場合じゃないんだぞ

いままでなにをしていた

いままでなにをしてきた

残された時間なんて

たった


たった


たった


小学六年生が中学受験に挑むにあたり

残された時間を計算することは可能だ

五年生なら一年未満

四年生なら二年未満だが

タイミングによっては一年半以上もある

では三年生なら?

小学校の休みを利用して予備校が開催する授業では

決まり文句というより殺し文句だろう

三年もないんだよ

たった二年ちょっとだぞ

おまえら本気で勝つつもりなのか

いままでどこでなにをしていた

いままでなにをどこでして

たった これっぽっちしか時間がないのに

あいつらに勝てると思ってるのか


答は簡単

ただのビジネスさ

感情を制御して冷静に判断すれば

誰にだって見抜くことは可能だろう

なのに

なぜ


なぜ?

って


あたりまえだろ

漬け込まれるのさ

おまえらは金づるだからな

たった四年間しか熟成できない

その怒りと恨めしさに

身震いしながら

付け込んでいく

怖れで思考の余地を削れ

急かせば無意味に走り出す

考える余地を失えば

なにもかも思うようにできる

もし仮にキミがそうしなくても

他の誰かがするだけだ

答は単純


あとは生き方の問題

その自問自答を乗り越えていけ


夕暮れの商店街は買い物客で賑わい

やがて仕事帰りの大人たちを迎える


高層マンションの窓灯りが増える頃

子供たちの授業は最高潮だ

日々の戦火の渦中にいるとも知らずに

大人たちの期待に応えて戦果を生み出す


逃げられないよ

というよりも

逃げたいとすら思わない

前へ進むしかないのなら

前へ進むだけってことさ


じゃあ前とは

いったい


自分の目で見えている世界が

前だよ


そのとき誰が背中にいるのかな

そのとき誰の呼び止める声を振り切るのだろう

大丈夫だから安心してください

導く声が体の内側から湧いてくるから

それは設計図に描かれたとおり

まさに設計図で指定した時刻に

きっちり動き始めてくれるから


まずは胸に疑問符を刻み込め

その問いかけを売り渡すな

なにも持てない

なにも変えられない

なにも信じられなくなったとき

きっちり動き始めてくれるから


心の目を ひらいて 直視しよう

前後左右上下 関係なく

その目が しっかり 見据えている


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