「てつやー、電話よ、女の子から」
母親が大きな声で俺を呼んでるけどもう少し小さくできないものか。
恥ずかしくて仕方ない。
……ん? 今女の子って言った?
「誰からだってー?」
「女の子よ、礼儀正しい子」
本当に女の子からだったのかよ!?
急いで階段を駆け下りる。
(礼儀正しいって誰だ? 佐々木さん? 大木さん?)
「電話代わりました」
「あ、哲也、明日あたしの家で勉強しない?」
電話をかけてきたのは山本さんだった。
普段のイメージとは違うけど、
よく考えたら先生には礼儀正しいから当たり前か。
「喜んで」
「昼から始めるから直接家に来て」
「わかった」
短い会話で電話を切る。
一緒に勉強か。楽しみだな。
……あれ? 他に誰かいるとか言ってたっけ?
思い出してみても言ってない気がする。
つまり二人きり……、やばい、今からドキドキしてきた。
「なに、あんたの彼女?」
「なわけないだろ!?」
「そこは「彼女になる女だ」とか言えないもんかねぇ」
「そうホイホイ彼女なんて出来んわ」
「洋平彼女出来たって」
「まじで!?」
「孫の顔を見せてくれるのは洋平が先かもね」
母親の言葉に言い返せない。
(やり直し前は本当にそうだった、でも今回はもしかしたら……)
次の日の昼
前に丸井に言われたことを参考にして手土産を買ってきた。
ケーキはティラミスとフルーツタルトにしてみた。
二つあるのは弟くんの分だ。
大分迷惑かけたしこの程度で謝罪になるかは分からないけど。
ちょっと緊張しながら山本さんの家のチャイムを鳴らす。
「はいはーい」
扉を開けて出てきたのは男の子。
うちの弟ぐらいの年齢に見える。
もしかして弟くんかな?
「希望さんの弟くんかな?」
「兄ちゃんは?」
「俺は高木、希望さんと約束があって来たんだ」
「姉ちゃん、用事があって出かけるって言ってたぞ」
「え?」
「家に連絡したけどもう出たって言ってた」
そうか、ケーキ選ぶのに時間がかかると思って、
かなり早く家を出たんだ。
でもそれなら携帯にかけてくれれば……。
あ、携帯忘れてる!?
「もし来たら今日は帰ってもらえって言ってた」
「そうだったのか……」
相変わらず失敗が多い……。
携帯に関しては普段あんまり使わないし、
忘れること多いんだよな。
今後はちゃんと持つようにしよう。
「ケーキ買ってきたから渡してほしい、君の分もあるよ」
「え、まじで!? ちょっと待ってくれよ」
ケーキを受け取ると家に引っ込んだ。
(何か渡すものでもあるのかな?)
しばらく待つとドアが開いた。
「OK、OK、上がってよ」
「え? 希望さんいないんじゃ?」
「ケーキもらって相手をもてなさず帰したとか男の名折れだよ」
(そういうものかな?)
まあもてなしてくれると言うなら受けようか。
「ならせっかくなので」
「どうぞどうぞ」
前と違って一階の居間に通される。
大きなソファーがあるけど座っていいのだろうか?
「適当に座っていいぜ」
「わかった、ありがとう」
ソファーに座るとお尻が包み込まれる。
(うわっ、何これ、ふかふかだ)
高級ソファーなんだろうか?
絵とか壺とかも置いてあるし、もしかしてお金持ち?
「粗茶ですが」
そういって出てきたのはグラスに入った麦茶だった。
部屋のイメージと違うものが出てきてちょっと面白い。
「粗茶と言って冷たい麦茶とはなかなか斬新」
「え? そうなの?」
「大抵温かいお茶のイメージだけど今は麦茶の方が助かる」
コップを手に取って一気に飲み干す。
キンキンに冷えていて体の熱が下がるのが分かる。
そうだ、俺はお金持ちの家に来たんじゃなくて山本さんの家に来たんだ。
別に気負う必要なんてない。
「姉ちゃんのクラスメイト?」
「そうそう、そっちは中学?」
「一年」
「お、うちの弟と同じか」
「弟……もしかして洋平の兄ちゃん?」
「あ、洋平知ってるんだ」
「へー、これがあの兄ちゃんか」
感心そうに俺を見てるけど「あの」ってなんだろうか。
特にやらかしたことなんてないと思うけど。
「ゲーム上手いって聞いたぜ」
「ほどほどには」
「ストIIやろーぜ」
「いいだろう」
挑まれたら受けて立つ。
これは男社会の基本。
弟くんがテレビ台からスーファミとソフトの箱を取り出してきた。
その際に他にもけっこうたくさんのソフトが見えた。
(意外と種類あるな)
DQ・FF・ロマサガ・FE・桃鉄・マリカ・いたスト2。
箱ごと保管しているのでぱっと見でもそれだけ識別出来た。
(やっぱりいいとこの子っぽい)
俺だと速攻箱なんて捨ててカセットだけだ。
透は箱から丁寧にカセットを取り出して差し込み起動する。
(それにしても懐かしい)
もうしばらくやっていないので勘が鈍っているかもしれない。
俺はいつも使っていたケンを選ぶ。
「あ、俺、ケン使いたかったのに」
「早いもの勝ちだ、って同キャラ使えるだろ?」
「え? 選択できないよ?」
「裏技があるんだよ」
やり直し前の小学生のころに覚えたから、
もう何十年前の記憶になるんだろう。
本屋で立ち読みして知って、必死に覚えて帰ったんだ。
「起動後のCAPCOM表示が出ている時に下R上LYBXAを押すんだ」
「ちょっとやってみる……なんか音がした!!」
「これで普通にスタートすると」
「わっ、同キャラ選べる、すげー!!」
裏技を初めて知った時って感動だよな。
今回みたいに不便だったのが解消するのは特に。
ただストIIに関しては最初からその設定にしておけよとは思う。
・・・
「聞いた通りけっこうつえーな」
「弟くんもうちの弟より強いぞ」
「俺、透」
「透くんか、俺は哲也っていうんだ」
「哲也兄ちゃんだな」
「実の弟にすら呼ばれたことのない呼び方だな」
「じゃあ兄ちゃんでいいか」
まるで弟が増えたみたいだな。
ただまあ弟は既に二人いるからもう一人増えた所で問題ない。
それにしてもストII久々にやると難しいな。
数発当たればHPなくなるから一瞬で勝負が決まる。
後々の格ゲーは長いコンボをつないでようやくだから、
新鮮な気分になる。
「格ゲー飽きた、マリカやろうぜ」
「いいだろう」
レースゲームのマリオカートは男子が集まった時の定番だ。
ストIIのような対戦格闘ゲームと違って運要素が強く、
下手でもそれなりに楽しめる。
「緑甲羅を壁に当てて反射で当ててくるのかよ!?」
「三クッションまではある程度狙えるぞ」
「無茶苦茶だ!?」
ふっふっふ、マリカなら勝てると思ったんだろうな。
ストIIはそんなに上手くないけどマリカなら別だ。
ひたすらやりこんだからそうそう負けることはない。
男の上下関係はこういう所で決まるので容赦はしない。
「やーい、羽の使い場所失敗して溶岩ポチャー」
「失敗? 違うな、よく見てみろ」
「はぁ!? なんで溶岩落ちからの復帰がそんなとこなんだよ!?」
「ジュゲムは買収済みだからな」
「そんなシステムないだろ!?」
透くんはなかなかリアクションが良いな。
一緒にプレイしてて楽しい。
ついつい時間を忘れてプレイしてしまった。