目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

41. 本当に後悔していたこと(中編)

うろうろ歩き回っていると、

大木さんの方が俺を見つけて声をかけてきた。


「あ、哲也、よかった、部室に来てほしい」

「ああ、俺も用事があったから丁度よかった」


二人で並んで部室に向かう。

もう通いなれた部室のドアを開けて中に入る。

でも今日が最後になると思うと少し残念だなと思う。


「哲也が初めて来た時のこと覚えてる?」

「覚えてる、すごく緊張した」


覗き見の件で何を言われるんだろうと、

戦々恐々としていたことを覚えている。


「最初私は哲也から脅されると思ってた」

「ええ!?」

「だってあんなの見られたし股間を大きくしてたから」


たしかに興奮して大きくなっていた。

でも脅すってそんな……。


「あの時、体を要求されると思ったから先手を打って部室に連れ込んだの」

「え? なんで部室に?」

「部屋の中は録画してあるから」

「は!?」

「私を襲った動画を盾に脅し返そうと思ってた」

「あ、もしかして掃除のときのカメラって」

「そう」


カメラがセットされていたのはそういう理由だったのか。


「いざ連れてきたら土下座はするし要求は仕事をしてほしいというだけ、笑っちゃうわ」


だからきょとんとした表情してたのか。

(あっ、掃除の時も同じか)

あの時もそんな表情だったのは何か要求されると思ってたのか。


「それでこの人は他の男と違うって思ったの」

「そうだったのか」

「そして忍から助けてもらった時、この気持ちが恋だって気づいた」

「あ……」

「好き、大好き……ようやく言えた」


真剣なまなざしで俺を見る大木さん。

(まさか……本当に?)

大木さんが俺のことを好きだなんて夢か幻か見ている気分だ。

でも……。


「……ごめん」

「え?」

「ごめん、さっき希望に告白して付き合うことになったんだ」

「はぁ!? どうして山本なんかに!?」

「ずっと好きだったんだ」

「……そんな」


大木さんがショックを受けた表情をしている。

しばらく沈黙の時が続いた。


「じゃあお祭りの時のことはなんだったの!?」


腹の底から響くような声だった。


「勢いに流されたんだと……」

「勢い!? 私にキスしたのは勢いだったっていうの!?」

「いやそうじゃなくて」

「胸も触ったし佐々木が来なければ絶対最後までしていた!!」


それは間違いない。

あの時佐々木さんが来なければ絶対そうなっていた。


「てっきり同情とか善意でやってくれていると……」

「同情や善意でチンコなんて咥えないわよ!!」


強い口調で怒鳴られる。

大木さんの眼には涙が浮かんでいた。


「最初は打算だった、けどあの時は違う」

「……」

「哲也が、哲也が好きだからしてあげたし、させてあげた」

「小夜……」

「なんで、なんで山本なの?」

「それは……」

「ああ、そうか」


何かに気づいたようで大木さんの目が虚ろになる。


「私みたいな汚い女を彼女に出来ないわよね」

「違う!!」

「山本は処女だろうし、他の男のチンコなんて咥えていないから」

「そんな理由じゃない!!」

「ならどうだって言うの!? ただの公衆便所だと思ってたんでしょ!?」

「絶対にそんなことはない!!」


絶対にそれだけは否定しなければならない。

大木さんを一度たりとも汚いなんて思ったことはないし、

俺みたいな男にいつもしてくれて申し訳ないと思っていた。


「俺は大木さんを女神だと思っている」「俺にしてくれているのは女神のきまぐれなだけで俺なんかに振り向いてくれないとずっと思っていた」「もし振り向いてくれるなら喜んで付き合った」


もし告白して振られたら今の関係は維持できない。

やり直し前のことを考えたら俺がモテる訳ないし、

少ない確率に賭ける勇気は持てなかった。


「じゃあ今すぐ山本と別れて私と付き合ってよ!!」

「それは……」

「出来ないんでしょ!? どうせ口だけでしょ!?」


交際をOKしてもらった時の山本さんの笑顔を思い出す。

そしてさっきの山本さんと斎藤さんとの会話から感じた俺への信頼。


「……わかった、別れてくる。それで信じてもらえるなら」


ついさっき告白して即座に手の平を返すんだから、

きっと激怒されるだろう。

やり直し前よりひどいことになるかもしれない。

それでも自分の招いたことだ。

こんなに大木さんに好きでいてもらっていたことを気づかなかった。

いや、気づいていたけど信じていなかった。

俺みたいな男がモテるなんて信じることが出来なかった。


部室から出ていこうとする俺の手を大木さんがつかむ。


「もういい、もういいよ」

「小夜……」

「私は哲也の心が欲しかったの、体なんて欲しくない」

「……」

「出て行って、もう二度と近づかないで」

「……うん」


弱弱しく手を離される。

俺は振り向くことなく部室から出ていく。


「うっ、うっ、うっ」


大木さんの泣く声が漏れ聞こえる。

すぐにでも駆け寄りたいと思ってしまう。

でも泣いている原因は俺だ。

(俺は最低だ……)

あれだけいろいろしてもらった彼女に、

恩を仇で返してしまった。


とぼとぼと歩いていると佐々木さんが見えた。

(そうだ、佐々木さんにも報告しないと……)


「哲也くん、山本さんと上手くいった?」


そう思っていたら先手で佐々木さんから話を振られた。

けどついさっきのことなのにどうして?


「な、なんでそれを」

「その様子だと上手くいったみたいね」


知ってた訳ではなく、かまをかけられたようだ。


「山本さんも哲也くんのこと好きなの知ってたから邪魔してたんだ」

「え?」


何を言ってるか意味が分からない。

邪魔する理由と言っても浮かぶことなんて……。

(え、もしかして佐々木さんも俺のことを?)


「ああ、哲也くんに対して恋愛感情はないよ」

「ならどうして」

「真紀はね、哲也くんのことが好きなの」

「え?」

「きっと今日、告白してくると思う」

「真紀が……」

「真紀のために山本さんをけん制してたんだよね」

「そんな」

「あまり意味なかったみたいだけど。じゃ、またね」


去り際に俺の頬にキスをして去っていった。

(え……、真紀が俺のことを好き? けん制? キス?)

大木さんのこともあって受け止めきれない。

一体何が起きてるんだ。


「あの……哲也くん、ちょっといいかな?」

「あ、うん……」


大分呆然としていたらしい。

いつの間にか目の前には真紀がいた。

下唇を噛んでまっすぐな目で俺を見ている。

覚悟を決めた時の真紀の仕草だ。


「小学校の頃からキミのことが好きでした、付き合ってください」


懐かしい「キミ」呼び。

そうだ初めて会った時はそう呼ばれていた。

無理やり遊びに連れ出して仲良くなったんだ。

あれから何年たつのだろうか。

初めて会った時より明るく綺麗になった。

クレオパトラに例えても良いくらい絶世の美少女だと思う。


もし文化祭前に言われていたら二つ返事でOKしただろう。

でも今はもう山本さんと付き合っている。


「気持ちはとても嬉しい。でももう山本さんと付き合ってるんだ」

「そうなんだ……、ごめん、ごめんね、私……」


泣きながら去っていく真紀。

でも追うことは出来ない。俺に出来ることはないのだから。


立っていられなくて廊下の壁に寄りかかる。

好意を持ってもらっているかもしれないと思っていた。

でも自意識過剰なだけで勘違いだと思い込もうとしていた。

それがこの結果を招いた。

佐々木さんや丸井から忠告を受けていたのに、

まるで理解できていなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?