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42. 本当に後悔していたこと(後編)

「高木……」

「斎藤さん……」


顔を上げると暗くどんよりした雰囲気の斎藤さんが立っていた。

そこには普段の明るい様子がかけらもない。


「チンコ出して。口でしてあげる」

「希望と付き合うことになったからもう出来ない」

「どうして!? 気持ちよくなるだけだよ!?」

「性欲を満たしたい訳じゃないんだ」

「なら高木がやってきたこと全部ばらす」

「構わないよ」


もうそんなことどうでもいい。

それで山本さんに振られるなら自業自得だ。

大木さんと真紀を傷つけたことと比べたら大したことない。


「なんで……あんたたちはなんで」

「もう話は終わりだよね」


相手にしていられない。

愕然としている斎藤さんを尻目に立ち去る。


そのまま部室棟の廊下を歩く。

(俺はどうしたらいいんだ……)

二人を傷つけたのは取り返しがつかない。

少しでも謝罪したいけど、

それは自己満足でしかないんじゃないか?

二人をさらに傷つけることになるならやってはいけない。

でもそれなら何をすれば……。


「ふざけるな!!」

「俺に当たるなよ」

「お前がやったんだろうが!!」


大きな声と倒れ込むような音。

喧嘩か何かだろうか?


「二度と面見せるな!!」

「学校に通うんだから無理な話だな」

「くそが!!」


田中が出てきたけど、

まったくこちらを見ることなく去っていった。

(あいつが激怒するなんて初めてみた)

いたっておとなしい田中が喧嘩するって相手は誰なんだ?


「なんだ哲也か」


そこにいたのは西野だった。

顔を殴られたようで押さえている。


「大丈夫か?」

「ああ」

「田中が手を出したのか?」

「そうだな」

「一体何をやらかしたんだよ」

「クラスの女ほぼ全員とやろうと思ってな」

「は?」


会話が繋がってないと指摘しようと思うより先に声が出た。

全員とやるってセックスを?

え、意味が分からない。


「ああ、島村と大木には手を出していないぞ、お前には世話になってるからな」

「な……んで?」

「お前の彼女とセフレじゃないのか?」


不思議そうな顔で聞き返してくる。

(違う、そうじゃない)

俺が疑問なのはなんでそんなことをしようとしているのかであって……。


「別に無理やりはしてねぇぞ、ちゃんと口説いてる」


心外そうな顔をしている。

でも俺が聞きたいのはそれじゃない。


「まあ佐藤についてはちょっと声かけたらすぐ股開いたけどな」

「お前、それを田中に?」

「田中が聞いてきたからな」


それは田中がブチ切れるのもわかる。

でもあんなに仲良さそうだったのに……。


「にしても哲也には勝てねーな」

「は?」

「クラスの美人独り占めしてるとはな」

「は? は?」

「斎藤はなんとかやれたけど山本と佐々木は駄目だった」

「斎藤さん? え、は?」


いま西野が話しているのが日本語と思えない。

山本さんと佐々木さんと斎藤さんが何だって?


「何を言ってるんだ?」

「山本からは「死んでから出直せ」、佐々木からは「哲也くん並みの男になったらね」だそうだ」

「意味が分からない」

「お前のどこがいいんだろうな?」


心底不思議そうに思っているのが伝わってくる。

そこでようやく西野の言葉を理解出来た。

山本さん達を口説いて断られたということか。


「……なんでクラスメイトほぼ全員としようとしてるんだ?」

「そこに女がいたら攻略したくなるだろ?」


そういえばやり直し前の西野もギャルゲーを全キャラクリアする主義だった。

もしかして俺がギャルゲーを勧めなかったからこんなことになったのか?

人畜無害だった西野がこんなヤリチンになって周りに迷惑をかけるなんて……。


「そうか……」

「とりあえず治療してもらってくるわ、じゃあな」

「ああ」


西野と別れて教室に戻ると男子が騒いでいたので、

何かあったのかと思い手近な男子に聞いてみた。


「田中と佐藤が別れたってさ」

「はぁ!?」

「あれだけ仲良かったのにな」

「田中が泣いてすがってたけどあっさり切り捨てられていた」

「あれは見ていて気の毒だった」

「今から残念会を開くから高木も来いよ」


耐えきれなくなって教室から飛び出した。

(どうして、どうして、どうして)

ひたすら家まで走り布団に飛び込む。


俺が安易にやり直しを願ったから

こんなことになったのか?

大木さんと真紀を傷つけ、

あんなに幸せそうだった田中と佐藤さんが別れた。

どうやってリカバリーすればいい?

何か方法はないか? 何か……。

……どんなに考えても何も浮かばない。


考え続けたまま寝入ってしまった。


「はぁ……、ご無沙汰だったね」

「お前は!?」

「君の後悔はこれでなくなったね」


夢の中で少年、いや神の使いとやらが出てきた。

やけに不機嫌な様子でまともにこちらを見ようとしない。

でもこいつなら!!


「おい、やり直し前の世界に戻る方法はあるか?」

「はぁ? 好き放題やって後悔はなくなったんだろう?」


やけに悪意のある言い回しだ。

こいつに嫌われるようなこと何かしたか?

いや、今はそんなことどうでもいい。


「ああ、そうだな。後悔はなくなったしいろいろいいこともあった」

「ならそれでいいだろ」

「みんなにはみんなの選択があったはずなんだ」

「?」

「俺はあの時選択を誤ったんだ、自分に都合がいいからってみんなの人生を捻じ曲げたくない」

「ああ、責任が重くて投げ出したいんだ?」


偉そうなことを。

やっぱりこいつ全部見てやがったんだ。


「違う」

「でも戻ったら全てなかったことになるよね?」

「俺は忘れない」


真紀に告白してもらったことも、

大木さんに口でしてもらったことも、

佐々木さんに初体験させてもらったことも、

山本さんに告白をOKしてもらったことも、

田中と佐藤さんの幸せを壊してしまったことも全て。


「俺は選択を誤らなければ成功していた、それが分かれば十分だ」

「でも元の世界の君は独りぼっちなんだよ?」

「元々それが俺の選択だ」

「でm…ん、待てよ?」


なおも反論しようとしてきたのに、

途中で何かを考え始めた。


「ちょっと聞いてくる」


いきなりそう言ってどこかに消えてしまった。

しばらくして戻ってくると、

さっきまでとは一転してご機嫌な様子になっていた。


「OK、OK、戻してあげるよ」


また以前のように世界が回転し始めた。


・・・


目が……霞む……。そうか、眼鏡がないのか……。

眼の前には女性がいる。


「大丈夫ですか!! しっかりしてください!! 今救急車が来ます!!」


最近ずっと聞いていた声。

声は劣化しづらいというけど本当だな。

顔が見えないのは残念だけどね。

年をとった姿も見てみたかった。


「あの時、謝りたかったんだ」

「え、もしかして意識がおかしい? 大丈夫、すぐ救急車が」

「高校一年の文化祭のことは覚えているだろうか」

「え…高校一年の文化祭……?」

「好きだったから意地を張ってしまった。それであなたを傷つけてしまった」

「あ……」

「ずっと謝りたかった。ごめん…なさい……」


ああ、これで後悔はない。

俺が本当に後悔していたのは、

失敗したことではなく失敗したことを謝れなかったことだったのだから。

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