「そのトゥダム神殿に何があるんだ?」
ロランの質問にソラーナは目を縮めた。
どこか言いたくなさそうな雰囲気で、考え込んでいる。
黙っていること数秒、話さないのなら別にそれでいい、と思ったロランは追及しようと思わなかった。
めんどくさそうだったので、欠伸を一つ。
それから頬杖をついて、気だるそうにソラーナを見つめる。
「あのさー言わなんなら、さっさと帰ってもらえますかー」
とても迷惑なんですけどー、と小さくつぶやく。
それにソラーナはとても不服そうな顔をした。
しかし、このまま黙っていても取って来てほしいと言ったからにはそれが何なのかはくらいは説明すべき、だと考えた。
仕方ないので、渋々口を開く。
大きくため息をついた。
「……選ばれし勇者のために造った“聖剣エクス”があるわ」
「え、なんだって?」
自分の耳を疑った。
聖剣エクスという呼び名の武器はロランもどこかで聞いた記憶があった。
聖剣エクス―――選ばれし勇者が持つことを許される伝説の武器で一振りで、山を二つに割り、雷が轟くといわれている。
破壊力は絶大であるが故に扱える勇者は現れなかった。
ロランに挑んできた人間も誰一人として、いなかったのだ。
だから、伝説的な武器であり、本当に実在していたことには驚きだった。
だが、そんなものを手に入れてどうするつもりなのか、と疑問に思うロランだった。
そして、聖剣エクスは神をも殺せる力を持っているという話を聞いたことがあるのを思い出す。
殺したがっている相手に自分を殺せる武器の在り処を教えることにロランは理解ができなかった。
「あのさ、僕は魔王なんだけど? なんで、魔王の僕に自分を殺せる武器の場所を教えるんだ、バカなの? いや、バカだろ」
自ら墓穴を掘るとはこういうことをいうのか。
ロランはずっと勇者を送り込んでくる女神が鬱陶しく、恨んでいた。
彼女が世界の常識を作り、魔物を悪と決めつけた張本人だ。
人間にめんどうな知恵を吹き込み、戦争を引き起こさせた。
勇者に魔王は世界を滅ぼそうとしていると教え、次々に勇者は正義と平和のためにと戦いを挑んでくる。
ロランは殺されてなるものかと、その勇者のすべてを死へと導いた。
いくら殺しても次の勇者が現れる。
もううんざりだとロランは思っていた。
全ての元凶が彼女である。
だから、恨みを抱いているのだ。
それなのに当本人の女神様が自分の首を絞めているような状況に陥っていたことを見て、思わず苦笑してしまう。
この女、頭おかしいんじゃないかと。
しかし、ソラーナはバカではなかった。それは百も承知というように言う。
「……私だって教えたくて教えてるんじゃないわよ。でもね。まだあなたの方がマシだし、なんだって、話ができるもの」
「話ができる?」
「そう。話よ。今、こうして話せているのもあなたが聞く耳を持っているから」
見透かされたような気持になったロランは眉間にしわを寄せる。
しかし、ソラーナの言葉に否定はしようとは思わなかった。
「もしも、聖剣エクスがシルビアに渡ってしまえばそれこそ、世界は終わり。彼女はこの世界を破壊し私を殺して、自分が神になろうと考えているわ」
それは聞き捨てならない言葉だった。
ロランにとって世界を壊すということには賛成した部分もあるが、世界が作り変えられるとなると話は別だ。
なんだかんだっで今、ロランたち魔物たちは平和に過ごせていた。
それが一変するとなると許せない暴挙だ。
新たな神の誕生などもっと許されないことだった。
もし、それを実行しようとしているのならば止めなければならないだろう。
ソラーナが自分に聖剣エクスの在り処を教えたことがなんとなくだが理解した。
「……わかった。取りに行ってやるよ」
「ロランがそういうと思っていたわ」
嬉しそうに微笑むソラーナ。
最初から自分が協力することをわかっていたかのようだ。
そう思うとソラーナのことをさらに嫌いになりそうになる。
「君はどこまでも僕を利用するつもりなんだな……」
ロランは苦笑いを浮かべるとソラーナは静かに頷いた。
♦♦♦♦♦
翌日の朝、さっそくロランはレオと護衛としてゾンビ騎士団の騎士団長ヨナとゾンビ騎士100名をつれてトゥダム神殿へと向かうことにした。
ロランの留守中はリベルが指揮を執り、オドが街を守ることになっている。
出発前にロランはリベルたちに何かあったらすぐに連絡するようにと伝えた。
ソリアの街の入り口、正門前でロランとレオはいた。
破壊されていた門はオドたちオークのおかげで修理が完了しており、完全に元通りになっている。
人間の大工たちは数年以上かかかると言っていた門の修繕を半分以下の期間で完全に修復して済んでいる。
それにはさすがオドたちだな、と感嘆してしまう。
正面門の前に並ぶ石の石像にはどう考えてもロランをモチーフにしているような気がした。
いや、絶対にそうだ!
城壁の上にはオークの兵士が外へ睨みを利かせていた。
その姿も頼もしい限りだとロランは思った。
そして、ゾンビ騎士たちがロランの前に整列し始める。
ゾンビ騎士たちの装備はまばらだ。統一はされていない。
それには理由がある。
彼らは生前、つまりは生きていた時、今は滅んだ国の騎士をしていた者たちがほとんどだ。
そのため、武器や防具もバラバラなのだ。
彼らに共通することは、命をかけて守った祖国が大陸上から抹消され、帰る場所を失った者たちであり、死を嘆き、弔ってもらうことすらされない悲しき者たちだ。
名誉ある死とはなにか。
死して、祖国を守った彼らのそんな彷徨う魂をロランは救った。
仕える者がいない、使えるべき国がない、帰るべき祖国がない、ならば僕の国に来るがいい。
そう言ったロランは彼らを自分の国に迎え入れた。
普通のゾンビとは違い、魂があり意思がある。
彷徨う時が長く、言葉を忘れてしまっている者はいるものの剣の技量は衰えていない。
今では立派な戦力となっている。
そして、ゾンビ騎士団の騎士団長であるヨナは特別な存在だった。
ノスクアール王国の筆頭騎士ヨナ・セイファ。『炎の騎士』と呼ばれる最強の騎士で、彼女の振るう剣技はあらゆるものを焼き尽くすと言われている。
彼女もまた、壮絶な死を体験した一人だった。
無念さと悲しみから成仏できずに荒れ果てた荒野を一人彷徨っているとき、ロランと出会った。
死人として、人々は恐怖の目で向け、悪霊扱いまでされた。
フェレン聖騎士団に追いかけ回され、殺される寸前だったところをロランが助ける。
ヨナは自我を取り戻し自分の意志でロランに従うことを決め、忠誠を誓った。
ロランの右腕と言ってもいい存在で、彼の命令には忠実に従う。
「ゾンビ騎士団100名、御身の前に」
そう言って、片膝をつくヨナ。
それに続くように他のゾンビ騎士たちも片膝をついた。
その様子に満足そうにロランはうなずく。
「ヨナ、君がついてきてくれるなんて、僕はうれしいよ」
ヨナはロランの傍にいつも控えている側近の一人だ。
ロランの信頼も厚い。
彼女は顔を上げずに答える。
彼女の表情は兜に隠れていて見えないが、きっと照れていることだろうとロランは思った。
そんな彼女に近づき、そっと肩に手を置く。
びくりと震える彼女。
ロランは優しく語り掛ける。
彼女は無言のままじっとしている。
「じゃあ、行こうか」
そう言うと、彼女はこくりと小さく、しかしはっきりと首肯した。
ヨナは立ち上がると後方に控えるゾンビ騎士たちに号令をかけた。
「出陣!!」
彼女の気合の入った声に呼応するかのようにゾンビ騎士たちは一斉に立ち上がり、胸を叩く。
そして、角笛が鳴らされた合図とともに行軍を始める。
それを見て、街の住民たちがそれを見送りの声をかけた。
こうして、ロランたちはソリアの街を出発してトゥダム神殿へと向かったのであった。
ロランたちはこの時、予測できなかった。
まさか、こんなにも早くフェレン聖騎士団が動いているとは――――――