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第30話 女神のお使い……

女神は不干渉の誓いがある。


これは、人の世界に直接干渉してはならないというものだ。


今から数千年の昔、神と悪魔の戦いは壮絶なものだった。


その争いに多くの罪なき人間を巻き込み、殺してしまった。


それを悔い、神々が不干渉の誓いを立てたのだ。


直接的な干渉はしてならない。


だから創造の神ソラーナはこの世界の人間がどうなろうとも一切関与しない。


それは創造の神であるソラーナ自身が一番よくわかっていることだ。


だが――そうは言っていられない事態が起きた。


これまで、人間は魔物を悪とし一致団結して、戦い続けてきた。


しかし、魔王ロランの誕生により人間は考え方を変えた。


倒せないのなら放置すればいい。


そもそも魔王ロラン自身が平和主義で、世界を滅ぼそうとしないことで人間たちは害がないと考えた。


なら、わざわざ討伐する必要などない。



放っておけばよいと。


もちろん、そんな考えを持つ者は極少数だ。


そうだったはずだ。


勇者を送り出し魔王と戦わせることで人間の世界はある意味で平和だった。


ひとつの悪を共に倒すという団結力が人々をこれまで、導いてきたのだ。


だが、やがて、人間は欲を出し始めた。


力と名声、土地を求めて、あろうことか人間同士で争いを始めたのである。


殺し合い、奪い合う。


街は燃え、田畑は腐り、海へと流れる川は赤い血で染まった。


それを見た創造の女神ソラーナは深く悲しんだ。


ここは天界のとある神殿。


女神がいる場所である。


閉鎖された空間ともいっていい。


白を基調とした部屋に白いテーブルに椅子。


そこにソラーナは腰をかけていた。


そこではいつも本を読み、小鳥たちと一緒に歌を歌い、琴を奏でる。


ときに紅茶を飲みながら、地上の様子を眺めていた。


だが、今は違う。


「なんと愚かなことを……」


下界で繰り広げられる光景を「エンペルア』という特別な水晶石で見ていた。


街は真っ赤な炎に包まれている。



この街の歴史は古く、神聖な場所でもあった。



そこが今、襲われているのである。



そして、映し出される一人の白銀の長髪の女性。



細い剣を持ち、敵を無慈悲に殺していく姿。



返り血を浴びて真っ赤に染まったその姿はまるで鬼のようであった。



右手のあざは勇者の証。



本来は人々を救い、導く存在。そのつもりで選んだはずだった。



それが今では真逆の行動をとっている。彼女の進む先に殺戮の嵐が吹き荒れていた。


街は冷たい氷に包まれ、閉ざされる。


(―――― あの子には素質があったはず。なのにどうしてこうなったのか……)


すると白銀の女性が剣先を自分に向けて、何かを叫んでいるように見えた。


眉尾を寄せて、口を大きく開けている。


必死に訴えかけるような表情。


何を言っているかはわからないが、彼女の声だけは聞こえた気がした。


『お前を必ず殺す!! 待っていろソラーナ!!』


創造の女神ソラーナは背筋に冷たいものが走った。


そして恐怖した。


睨み上げて来る彼女の目力は凄まじく、プレッシャーを与えてくる。


間接的に見ているはずなのに、なぜ……そう思っているとなんと、『エンペルシア』に亀裂が入り、粉々に砕け散った。


思わず、驚いた。


こんなこと、初めてのことだ。


それほど、シルビアが強い力を持っているという証拠だった。


「……なるほど。この私を殺すつもりなのね。本気で……」


女神は自分の右手を見つめる。


小刻みに震えていたのがわかった。


その震えを止めるため、左手で抑える。


自分が怯えている。


女神の自分がだ。


世界を創造した女神がだ。


そのまさか。


神は絶対的な力を持つ。


神に触れることすら人間には許されられない。


神を殺す。


そんなこと、不可能はなずなのだ。


しかし、ソラーナには一つ神を殺すことができる者を知っている。


それは勇者として、選ばれた者、もしくは勇者の血を引き継ぐ者たち。


神の恩恵を与えられし者たちは唯一絶対的な神に対して、触れることができ、そして、勇者のために造られた聖剣エクスによって、殺すことができるのだ。


ソラーナは椅子から立ち上がると指を鳴らした。


右手に白木の杖が現れるとそのまま大理石の床を二度、叩いた。


すると目の前に時空の歪みが発生しソラーナはそこへ入っていく。




♦♦♦♦♦



ソリアの街、領主の屋敷にて、ロランは執務室にいた。


めんどくさい事務作業をひたすらに行っていた。


本当は誰かに任せてしまいたいのだが、こればかりは魔王として、やらなければならない仕事だ。


街の復興に関すること。


街の経済状況など、帝国の動きに関する報告書、フェレン聖騎士団の動向についての報告書の確認と、やることが多かった。


一つ終わらせたと思うと一つ増える。終わりなき戦いが続いてるように思えた。


だんだん、目が回り始めたロランは羽ペンとピタリと止める。


書類をにらみつけ、今にでもあぁーと叫んで、破り捨てたい気持ちになったが、それをしたらそれをしたで、後々面倒なことになるのでしなかった。


一回やったので、どうなるのか、経験済みだったので。こと切れたかのように机の上に力なく突っ伏した。


「ああ、もう……だめ……殺してくれ……」


そんなことを言いながら、おもむろに顔を横に向けると、そこにはいつの間にか応接のために置かれている椅子に創造の女神ソラーナが座っていた。


淹れたての紅茶を優雅に飲んでいる。


ロランは目を見開いて驚いた。


「うわっ?!!! なんでお前がいるんだ!!!」


突然現れた女神に対して驚くロランだったがすぐに冷静になる。


そして、先ほどの自分の言動を思い出し、少し恥ずかしくなった。


顔が熱くなるのを感じる。


そんなロランの様子を気にも留めず、女神は紅茶を飲み干すとカップを置いてから言った。


その声にはどこか呆れてしまう。


「え? だって私、暇だから」


そう言うと、また新しい紅茶をティーポットから注いだ。


今度は砂糖を入れずにそのまま飲むらしい。


一口すすると満足そうな笑みを浮かべる。


そんな女神の様子を見て、ため息をつくロランだった。


「いや、暇って……僕は忙しいんだ!」

「知ってる。随分と忙しそうにしているじゃないの」


そういって、窓から見える街へと一瞥した。


窓の外から聞こえる喧騒は、この屋敷まで届いている。それは復興作業が行われている証であった。


しかし、それでもまだ作業は続いているらしく、あちこちで作業員たちが走り回っているのが見える。


その様子を眺めている女神の顔は楽しげだ。


ロランは机に肘をついて頭を抱えた。


「帰れ……ここは暇つぶしの場所じゃないんだぞ……」

「嫌よ。あ、おかわりある?」


空になったカップを差し出す女神に対しロランは無言で睨むことで応えた。


女神はそれを見ると肩をすくめて立ち上がる。


「ひどいわね」

「何の用だ?」


ぶっきらぼうに聞くロランに対して、女神は少しだけ考える素振りを見せると、やがてニヤリと笑って言った。


その表情はとても悪戯っぽいもので、これから何かを企んでいるようなものだった。


それを見た瞬間、ロクなことにならないと思ったロランだが、逃げようにも扉の前に立ちふさがっている。


先回りされた、くそ、と心の中でつぶやく。


「一つ、お願いごとがあるのだけれど」


この状況で、もはや、聞くしかないと思った。


でないといつまでも居座りそうだったからだ。


とにかくさっさと帰ってもらいたかったロランは聞くことにした。


「なんだ?  僕もあまり時間がないから簡潔に頼む」

「もぉーせかせかしちゃって~」


そういうと、女神は人差し指を立てると言った。


まるで教師のように。


ロランは苛立ち、机を叩いた。


「いいから早く言えよ!!」


女神はわざとらしく驚いて見せると、仕方ないとばかりにため息をついた。


そして話し始める。


「ちょっとお使いに行ってほしいのよ」

「……どこにだ?」

「あら、そこは前向きなのね」

「うるさい。早くいえ」

「私を祀るために造られたトゥダム神殿という場所で、あるものを取りに行ってもらいたいのよ」


ロランはその言葉を聞いて首を傾げた。


聞いたことのない場所の名前が出てきたからである。


魔王領の北の方角にはいくつかの大きな山があり、その先には深い森が広がっていることまでは知っているがそれ以外は何も知らない。


というより引きこもり歴が長いため、記憶が定かではないのだ。

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