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第44話 聖剣エクス争奪戦 その2

少年騎士の名はレイモンド。シルビアの親衛隊の中では最年少であり、そして、アストラインとは一番付き合いの長い部下でもある。


アストラインにとってはレイモンドは邪魔な存在で仕方がなかった。


冷静沈着で、物静かな印象を受けるが、時折見せる感情的な発言には苛立ちを覚える。


しかし、頭がかなりキレるので、何度か、危機を救われたことがあるので、殺さないでおいた。


更には、シルビアのお気に入りということもあって、殺してしまうと彼女の激高に繋がってしまうので、手は出さないようにしていた。それを彼は知っているのか、アストラインに対しても臆することなく、口を挟んでくる。


レイモンドの問いは痛いところ突いてきたので、誤魔化すように言い訳をした。


「……威力偵察だよ。相手がどれだけ強いのか、戦力はどれだけあるのか。それを確かめただけじゃないか」


それにレイモンドは明らかに嘘をついていると見抜く、不愉快そうに眉を寄せた。


「……仲間をなんだと思っているんだ」


そこには怒気が孕んでいた。どうやら、彼は仲間のことを思って言っているようだ。それが余計に腹立たしく感じられた。アストラインは思ってもないことを口にする。


「大切な仲間さ」

「じゃあ、あの三人はなんなんだ?」

「なんなんだ、とは?」


アストラインはその質問に対して、わざとらしく首を傾げた。レイモンドは怒りのあまり、手を拳にしてしまう。しかし、近くにいた仲間が肩に手を添えて、制された。


「よせ」


アストラインは親衛隊の隊長であり、シルビアの次に強いと言われている。そんな彼女を相手に勝てるはずがないことを誰もが理解していた。


だから、彼女の命令に対して、逆らおうとも思わない。彼女の命令はシルビアの意向でもあるからだ。それを知っていても、レイモンドは納得がいかなかった。


「でも……」

「それよりもあいつらを見て見ろ」


そういって、顎で指さす。仲間にそう言われたレイモンドは気に食わないという顔で、掴まれた手を振り払い、丘の下を見下ろす。


すると野営地では骸骨騎士たちが盾を持って、黒髪の少年ではなく、黒髪の少女を守ろうと集まっていた。円陣を組み、盾を並べて、剣を構える。その動きに一切の無駄はない。


黒髪の少年はというと、退屈そうな顔で欠伸をしていた。その姿に思わず、レイモンドは舌打ちする。


そして、アストラインは口角をつり上げる。


「重要人物はあの女だ。おそらく、この魔物の群れのリーダーだろうな」

「あいつがか?」

「あぁ。魔女かもしれんな」


 それにレイモンドはもう一度、黒髪の少女を見つめる。確かに他の連中よりも強い魔力を持っているように感じるが、ただそれだけだ。あの程度の少女ならば、いくらでも倒せる。そう思った。


「どうするんだ?」


 それにアストラインは不敵な笑みを浮かべる。


「もちろん、殺すんだよ。それが私たちの仕事だ」

「だが、かなりの数だ。僕たちだけでは無理がある」

「ヨルマン」


 後方で待機していた親衛隊員の一人が前に出てきた。


「ここの領主に兵を出してもらえるように頼んでくれないか? シルビア様の名前も使っても構わない」


それにヨルマンは短く返事した後、足早に馬に跨り、去っていった。小さくなっていくヨルマンの背中を見届けたあと、待機している他の親衛隊員へアストラインは指示を出した。


「よし。援軍が来るまでは待機だ。相手の動きを常に監視しろ」


それに全員が無言でうなずき、行動を開始した。アストラインは再び、丘に野営する魔物たちを見下ろす。


「さて、どうなるかな」


彼女はそう呟くと、腰に下げている剣の柄を強く握りしめた。




♦♦♦♦♦




トゥーダム神殿があるヴァニアス地方を納める領主ゴムルは、突然のシルビア将軍の親衛隊が訪問してきたことに困惑していた。


辺境の領地ともあって、監査が入らないと思い込み、やましいことはたくさんしていたからである。帝国へ納める上納金の額を誤魔化していたし、奴隷売買だって行っている。それに対しての追及のために訪問してきたのか、と思いつつどうすればいいのか、と考えながらとりあえず、客間に通しておいた。


しかし、いつまでも待たせるわけにもいはず、良案が思いつくこともなかった。


一層のこと、殺してしまって、行方不明にすれば……と考えたが、より疑いの目が向けられる可能性があるので、それはやめた。


緊張した面立ちで、大きな身体を揺らしながら溜まった生唾を飲み込み、客間へと入る。そこにはすでに訪れていた親衛隊員ヨルマンが腰を下ろして待っていた。


片手には紅茶が入れられたティーカップが握られている。


「こ、これはこれは、シルビア将軍様の親衛隊員がこのような辺境の地へわざわざお越しくださるとは光栄ですな」


そういって、ゴムルは愛想笑いを浮かべた。それにヨルマンは鼻を鳴らす。


「いやはやシルビア将軍様の偉大さはこの地にも轟いております。まさに帝国の救世主と呼ぶに相応しい御方だと思っておりますよ。私としてもシルビア将軍の為ならばこの命を捧げても構わないとすら思っておりまして……」


そう言って、両手を広げ、これでもかとシルビアを褒め称えた。


シルビアの存在は古くから帝国に仕えている諸侯からしたら、鼻に付く存在だった。その美貌も相まって、妬みや僻みといった感情を抱いている者も少なくない。特にここ最近、皇帝によって、帝国軍全軍の指揮権委譲という前代未聞のことが起きてから諸侯らは揺れ動いていた。尚更、そういった感情を抱くものが増えていたのだ。


ヨルマン自身、そんな感情を抱いていないといえば嘘になる。ヨルマンの爵位は男爵。元は帝都に住まう貴族であったが、先代の失態で没落し、栄光も地位も失った。


そして、帝都から追い出されるように辺境の地へとやってきたのだ。いつか、帝都へ返り咲くことを夢見て、資金を集め、裏工作もしてきた。多くの地元の豪族とも話をつけていた。


しかし、一向にそれが実ることはなかった。


そんな中、彗星の如く現れたのがシルビアであった。元は身寄りのない戦争孤児だという。貴族でもなければ、軍属でもない人間が、帝国軍の指揮を執り、領地を拡大させていることに嫉妬していた。


皇帝に気に入られようと身体でも差し出したのだろう、と陰口を叩いていた。


俺の方がもっとうまくできる。そんな想いを抱きながら、日々を過ごしてきた。


だが、目の前にいる男のようにあからさまな態度を見せることはない。


何せ相手はあのシルビアなのだ。機嫌を損ねればどんな仕打ちがくるのか。ここは慎重に言葉を選ばなければならない。


そんなことを考えながら、ヨルマンはまずは媚を売ることにした。


使用人に事前に用意させていた一級品のお菓子をテーブルの上に置き、それを勧める。


「これは、ここでしか取れない貴重な砂糖と小麦で作られたクッキーです。香ばしい香りと触感がもうたまりませんよ。ささ、どうぞご賞味ください」


ヨルマンはそれに視線を落とした後、手に取ることはなかった。


「シルビア様に気に入られたいのなら、そんな菓子など必要ない。必要なのは力と結果だ」


それにヨルマンは思わず、眉を顰めてしまう。どういうこと、だと思うとヨルマンは話を続けた。


「貴様の領内に魔物が侵入している。直ちに兵を向かわせこれを討伐しろ」


ヨルマンはかなり高圧的な態度をとってきた。自分は男爵だ。爵位がある。しかし、目の前にいる男はただの親衛隊にすぎない。地位もなければ、命令するだけの権力もないはず。それなのにどうしてここまで強気なのか。理由は簡単である。


シルビアの存在があったからだ。シルビアがいる限り、ヨルマンには大きな後ろ盾があるからこそ、こうして威張ることが出来るのだ。


そんなことも知らずに、ゴムルは怒りを覚えながらも冷静さを保とうとした。


「ま、魔物ですか??? これは一大事ですな! 承知いたしました。直ちに我が兵を派遣いたしましよう!! おい!! 兵を集めよ!!」


大声で怒鳴ると、部屋の中に待機していた兵が慌ただしく動き始めた。


その様子を満足そうにヨルマンは頷く。

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